第41話 違う明日
主犯はアキナ先輩ではなくヨーコ先輩。
でも昨日は間違いなくアキナ先輩も犯人だった。
だから俺の切なるお願いを言わせてもらう。
「あの俺の教室までお迎えに来るのと、その後ぴったり横について歩くのは勘弁してください」
あ、アキナ先輩の笑顔がいつもと違う。
いつもは上品で余裕があるけれど何処か作り笑い臭さがあるのだ。
今回は初めて見る素直なそれでいてちょっとはにかんだような笑み。
思わず一瞬見惚れそうになる。
危ないぞこれは。
「せっかく私とヨーコさんが青春を謳歌しようとしているのです。多少は付き合っていただくと嬉しいのですけれど」
おいおい。
「どうせならもっと似合う相手に対してやって下さい。例えば2年のチョーラ・クジ先輩とか」
チョーラ先輩は伯爵家の御曹司だ。
金髪のいかにもという美男子で、成績も優秀だと聞いている。
「ごめんなさい。ああいうタイプは私もヨーコも一番遠慮したいタイプですわ。まさに私達の逃げられない明日という感じで」
そうなのか。
「これでも愛とか夢とかを抱えて恋愛ごっこを楽しみたい年頃なのです。ですから大目に見ていただけると助かるのですわ」
おいおい。
「周りからの嫉妬が入った視線で俺が死にそうです」
すでにクラス内での俺の立場は大分やばい。
「だったら俺以外の相手でやって下さい」
「私やヨーコさんにとってミタキ君が一番夢に近いのですわ。先程まで説明させていただいたとおりで」
まずいな。押されている。
しかもアキナ先輩、この会話を大分楽しんでいる感じだ。
元々綺麗な人なのだけれど、今浮かべている滅多に見ない極上の笑みは反則だ。
気をつけろ俺!
こいつは
「それともミタキ君は私のことが嫌いでしょうか」
こら俺、アキナ先輩の悲しそうな顔にだまされるんじゃない。
これは俺をからかっているだけだ。
そう思ってもここからどう反撃すべきかがわからない。
悪いが俺には女性経験は無いのだ。
ミド・リーは近所の遊び友達というカテゴリーだし。
ついでに言うと前世にも有用な知識はなさそうだ。
仕方ない、話題を変えよう。
いささか強引でもいい。
どうせ相手はアキナ先輩だけなんだし。
「でも正直言って俺もそろそろ手詰まりですよ。ひととおり出せる範囲の知識は出してしまいましたし」
「そうでしょうか」
こうやって見るとアキナ先輩、結構表情が豊かなんだな。
学校ではいつものあの決まり切った微笑しか見た事が無いけれど。
それに気づく俺もちょっとまずいかも。
正直今ちょっとアキナ先輩に惹かれかけていないこともないし。
間違いなく一時の気の迷いだとは思うけれど。
彼女いない歴が長いせいだろう、きっと。
「あの蒸気の機械だけでも充分世界を変える事が出来ると思いますわ。例えばあれを使った汎用動力なんて作ったら幾らでも買い手がつくでしょう」
「蒸気機関については既にやり過ぎたと思っているんです。これ以上自分から積極的に手を出そうとは思いません」
間違いなく産業革命一直線になってしまう。
俺にはまだその覚悟は無い。
「ところで先程出せる範囲の知識と言っていましたね。そういう事はやはりこの国の一般的なものとは違う知識を持っていたんですね」
おっとしまった。
痛いところを突いてきたな、先輩。
全く油断も隙も無い。
「異国の商人から聞いた夢物語ですよ。今はそう思っていただけると助かります」
「異国なら行くことが出来る場所ですわね」
先輩の追及が厳しい。
「残念ながら既に行くことが出来ない世界の話だと思って下さい」
「正直に話した方が楽だと思いますわ」
「俺自身でも聞かされたら信じられないような話なので」
「私はどんな話でも信じますよ。信じたい、という方が本音ですけれど」
先輩はそう言った後、ふっと表情を苦笑に変える。
「まあ今日はここまでにしましょうか。それでは色々話を聞いてくれいたお礼に、もしかしたら違う世界の知識を持っているかもしれないミタキ君に助言をひとつだけ」
助言とは何だろう。
先輩は一呼吸おいて話を続ける。
「私が世界を変えるために欲しいと思っているのは物だけではありません。考え方も欲しいのですわ。こことは違う世界で育った考え方が。
他の世界で培った原理や法則等の知識、それはきっとこの世界独自のものや人、そのほかいろいろなものに適用出来る筈なのです。その辺りを考えてみると、また新しい何かを見つけることが出来ると思います」
この世界に適用出来る原理や法則か。
例えば電気とか化学の知識は材料さえあればそのまま使うことが出来た。
だから俺は化粧品だのマヨネーズだのを作ることが出来た。
それらの知識をこの世界独自の他のものに適用するか。
でもこの世界独自のものとは何があるだろうか。
今は思い浮かばない。
しかし何処かに糸口はあるような気がする。
「ありがとうございます。今は何も思いつきませんけれど」
「是非思いついて、違う明日を連れてきて下さいね」
そう言って微笑んだアキナ先輩はやはりいつもより魅力的に見えた。
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