第40話 アキナ先輩のため息
「でも俺はウージナを離れた事はほとんど無いですよ。勿論人間が入れ替わったという事も無い。その辺はミド・リーに訊いてもらえばわかると思います」
俺は悪あがきをしてみる。
アキナ先輩は素直に頷いた。
「ええ、ミタキ君が入れ替わったりしたらミド・リーさんが間違いなく気づくでしょう。その通りなのです。そういう意味ではミタキ君自身が他の世界に行ってきたという可能性は極めて低いのです。
それでも私は信じたいのです。他の世界があって、そこに行くことが出来るという夢を」
合宿中の夜に聞いた話を思い出す。
今いる場所ではない場所に行きたい、か。
かつての俺も入院中そんな事ばかり考えていた。
あの時の俺は病院敷地から外へ出ることが出来ない状態だったけれど。
あれと似たような閉塞感をアキナ先輩も感じているのだろうか。
置かれた状況はかなり違うけれど。
そうだとしたら残酷な、しかし事実として正しい台詞を俺は問いの形で口にする。
「他の世界はある、あるいはあった。でも行くことは出来ない。それが答えだとしたらどうしますか」
「もしもそれがミタキ君の答えでしたら。そしてその答えが正しいとしたら。私はこの世界を私の知っている世界とは別のものにしようと試みるでしょう。
今の答えの中には『ミタキ君は違う世界を知っている』という事実が含まれています。ですので私はその知識を最大限に使って、この世界をその違う世界に近づけようとします。この世界を違う世界に変えることによって私は違う明日を迎えることが出来る。それが夢のような世界なのか悪夢のような世界なのかわかりませんけれど」
「悪夢のような世界でも?」
聞き返した俺に彼女は頷く。
「悪夢も夢のうちですから。ただ実際はきっとそんな事は無いのでしょう。ここと同じくらい良くて、ここと同じくらい悪い世界なのだろうと思います。それでも私は違う明日を迎えたいのです。今と違う明日を見たいのです。
例えば船や石鹸製造に使っている蒸気を利用したあの機械。あれが広まるだけで世界は少し変わるでしょう。今回は内部を公開しませんでした。でもああいう物が存在するという事を知るだけで物事は動き始めます」
「なら蒸気ボートの件はその事も考えて」
「ええ」
アキナ先輩は頷く。
「ここまで話がうまくまとまるとは思いませんでした。これで少しは世界が変わったと思います。まだまだ見たい明日には遠いですけれどね」
変えたいという先輩の気持ちはわかった。
でも疑問は色々ある。
「でも何故世界を変えたい、違う明日にしたいと思うのですか。先輩は家の階級も、失礼ですけれど見た目も学力も恵まれていると思うのですけれど」
「私やヨーコさん等は恵まれている故に自由が無いのです。学校では優等生でなければならないですから、家庭教師をつけられたりして無理やり努力させられます。将来も自分の好みに関わらず軍に進み、そのうち家柄とか自分の意志以外で選ばれた相手とくっつけられる。そんな面白くない未来に向かってがちがちに進路が固められているのです。だからこそそれを壊せる何かを求めている訳ですわ。
よくある無い物ねだり、そうかもしれません。私が錬金術研究会でホムンクルスを作ろうとしていたのもホムンクルスの知識で世界を変えるためです。フールイさんが亡くなった父親を蘇らせるために賢者の石を錬成しようとしていたのと同じ。きっと人は自分に無い物を欲しがるものなのでしょう」
無い物ねだりと言えば否定は出来ない。
何せ俺やシンハ君なんて『金が欲しい』で色々始めた訳だしさ。
俺の場合はそれプラス病院から外に出られなかった前世の俺の影響も大きい。
自分の手で何かを作りたいとか、知らない物を探したいとか。
店員がサンドイッチと冷たいお茶、そしてジュースを持ってくる。
「ではいただきましょうか」
「そうですね」
俺は頷き、ミックスサンドの右側野菜サンドから手に取って口に運ぶ。
案外美味しい。一口食べると俺も少し頭の中が落ち着いた。
そのおかげで思い出す。
そういえば先輩に言いたいことがあったなと。
「違う明日を夢見たいのはわかりましたけれど、とりあえずお願いがあります」
「何でしょうか」
アキナ先輩はあくまでいつもと同じ様子で問い返す。
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