第34話 蒸気ボート試運転

 ボートの製造には丸々5日かかった。

 船体が大きくなった影響も無論ある。

 でもシモンさんが色々な機構を取り入れた事の方が遅れた理由として大きい。

 係船する時のために360度回転可能な蒸気スラスターを前後2箇所につけたとか。

 ボイラー等積載部分の船の底を取っ払って、その部分を完全金属製にしたとか。

 サブタービンを付けてポンプ等の一部に電気を使うとか。

 しかも色々な部分が故障しても何とかなるよう、操作系は全て二重にしたり、ボイラーも手動で圧力を抜けるようになっていたりする。


 おかげで船頭の操縦が色々面倒だけれどもとんでもなく高性能な船に仕上がった。

 制作中にシモンさんやり過ぎと何度も思ったものだ。

 でも実際に製作するのがシモンさんなので仕方ない。

 設計図も完全な物はシモンさんの頭の中にしか無いからさ。

 俺もただ助言するだけだし。


 そんな訳で制作開始5日目の夕刻、完成した船体をやっと浮かべる時が来た。

 ドックに注水し、船体をゆっくり下へ降ろしていく。

 俺の鑑定魔法では水漏れとか問題点は無いとの判断が出ている。

 多少の浸水はモーターで動くポンプで排水する事も可能だ。

 

 ボート自体は後部にボイラー等を積んだ為、元と比べてリアヘビーになっている。

 可動スラスター分もあって喫水が元の船体より20指20cm程深くなり、少し船体を作り直した。

 更に最後部にフロートを追加したため、全長が半腕1m程長い。

 これが設計通り水の上に浮かんでくれるか。

 ボートが完全に水の上に乗って、支えのロープが全て外された。

 ボートは予定通りのバランスで浮いている。

 よし、ここまでは大丈夫だな。


「シンハさん、出口を開けて下さいな。試験をしましょう」

 シンハ君がよいしょよいしょと馬鹿力で工場の川側の扉を開ける。

「それじゃ予定通り注水するよ」

「わかった」

 あらかじめ用意した蒸留水を水タンクに詰める。

 普通の水でも大丈夫ではあるが、不純物で中が詰まらないないようにという事で。


「それじゃミタキ、ボイラー頼む」

「わかった」

 石炭は半自動給炭方式。

 俺が操作すると石炭庫から石炭が出て、ボイラー内にばらまかれる。

 2回ほど操作して石炭を適量入れた後、魔法で火をつける。

 圧力計の針が順調に上昇していき、ある値で一度止まった。

 ここで電力用小タービンが回り始める。

 メインの水ポンプ等が動き始め、また圧力が上がっていく。

 やがてボイラーの圧力計が再び上昇をはじめ、大気圧の60倍を超えた。

「圧力充分だ。いつでもいいぞ」


「出発!」

 シモンさんがそう宣言し、弁のひとつを遠隔操作する。

 ヴォーンという騒音を立ててメインタービンが回り始めた。

 ボートはゆっくりと出口に向けて進み始める。


「うわっ、本当に動いた」

「動かないと困るのですわ」

「不思議な感じですね。誰も漕いでいないのに動くのって」

 ボートは歩くくらいの速さでドックから出て、海軍港の中へ。

 今はちょうど他に動いている船は無い。

 多少の波はあるがこれくらいは想定内だ。


「ちょうどいいから一通り試験をするよ。まずは操舵関係の確認」

 港内を右へ左へ回って確認している様子。

「問題ないね。スラスター無しでも充分だったかな。それじゃ加速してみるよ」

 タービンの音が一気に強くなる。

 それと同時に前が浮いて、船は思い切りよく加速した。

 船縁に掴まるのに失敗したフールイ先輩が後ろに滑ってミド・リーにぶつかる。

「すみません!」

「大丈夫よ。でも何これ!」

「ぶつかる! ぶつかる!」


 危険すぎる加速。

 シモンさんが慌ててタービンを絞った。

 更に船底のスラスターを前方向へ動かしブレーキをかけている模様。

 おかげで速度は一気に落ちて、港の反対側にぶつかる大分前でゆっくり回頭する。

「ボイラーを大きくしすぎたかな。まあ流れのある川ならこれくらい力があった方がいいよね」

 いや明らかにこれオーバーパワーだ。

 設計案に賛成した俺も悪いのだけれども。

 パワーがないよりあった方がいいからと思ってさ。


「どうする。性能的に問題が無いことはわかったけれど、元の場所に戻る?」

「そうですね。この船は後退も出来るのですよね」

「後退はかなりゆっくりだけれどね。じゃあドックに戻りますか」

「そうしましょう」

 今度はゆっくりとした速度で進み、ドックの手前で船とは思えない動きでぐるっと回転。

 そしてゆっくり歩くくらいの速度で後退をはじめる。


「後退はまっすぐ進むのが難しいね。大きい船用のドックだから余裕がある分まだ大丈夫だけれど」

「実際に後退で精密な動きをする必要は無いだろ。むしろスラスターで船のくせにその場回転したり後退したり出来る方がおかしい」

「でもボイラーの蒸気圧を利用したスラスター装置を考えたの、ミタキだよね」

「まあそうだけれどさ」

 共犯者かと言われればハイそうですと言わざるを得ないのが俺の立場だ。


 ボートがドック内に完全に入ったところでボイラーの圧を抜く。

 元々スラスターで蒸気を利用したので圧は大分下がっていた。

 あとは中の石炭が消えるまで冷却運転。

 この石炭の量なら半時間30分程度で燃え尽きるだろう。

 空気流入口を閉じて強制的に火を消すことも出来るけれど、このボイラーの形式だと燃え尽きるまで燃やした方が機関のために良さそうだ。


 鑑定魔法で機械の各部分を点検する。

 問題は特に無さそうだ。

 回転軸受けのベアリングやグリス、黒鉛粉末とかが心配だったのだけれども。

 グリスに至っては適当な材料が思いつかず石鹸と蝋を混ぜた物を使っているし。

 水を被る部分は黒鉛粉末の他、場所によっては水そのものも潤滑剤代わり。

 こういった材料系は知識が完全じゃないので結構怖い。

 その分摩耗が早そうだからこまめに確認しようと思っている。


「あとは明日ですね。お父様に確認していただいた後、出港して民間の船着き場に泊めればいいですわ」

「これで川や運河が繋がっている所なら、王都でも北部でも自由に行けるね」

「あれだけ速度が出るなら川を上るのも楽そうだよな」


「どれ位燃料が必要なんだろう」

「今回は石炭を2回投入で、ボイラー圧力を半時間30分以上持たせることが出来そうだった。石炭は20回投入分詰め込めるから、満タンで5時間以上は全開で走ることが出来る」

 自分でそう言いながら考える。

 満タンだと石炭約20重120kgだから、正銀貨1枚1万円という処だ。

 しかも実際はあんなにタービンを高回転させることもないから圧力は低くていい。

 なら満タンで約1日は遊べるだろう。

 8人で乗れば1人あたり小銀貨1枚1000円とちょっと。

 まあ妥当な燃費だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る