第9話 ご好評につき……
試供品をうちの家でも使ってみた。
俺や父は今一つありがたみがわからなかったが、母と姉には大変好評。
石鹸より化粧水とトリートメントの方が評判良かった。
「油と違ってベタベタしないのに、乾いても髪がごわごわにならない!」
「この水も普通の水と違って肌にすっと染みこむね。何かちょっと若返ったみたい」
俺の目にはそんなに変わったように見えないのだけれど。
まあこれなら売れるかなとちょっと期待しつつ学校へ。
いつも通り授業を受けて、昼食の際にシンハ君と情報交換する。
「どうだった、家で使った感じは」
「俺自身は良くわからなかった。ただ母と妹が良かったって言っていたな。これくらいの値段なら毎日使えるから買ってもいいかもなんて言ったのは驚いた」
「うちも母と姉には評判良かった。俺はあまり感じなかったけれどさ」
「同じだな」
やっぱり美容系の価値は女性でないとわからないようだ。
「あとは他のテスターの動向だ。今日は俺も真面目に研究会に出てみる」
「わかった。俺も剣術の方に顔を出すよ」
そして午後の授業が終了。
さて今日は研究会で評判を聞くかとのんびり立ち上がった時だ。
前の方から小柄な茶髪ツインテールが凄い勢いでやってきた。
言わずと知れたミド・リーだ。
「ミタキは今日研究会行くよね」
何故そんな事を聞くのだろう。
「ああ。そのつもりだけれど」
「アキナ先輩から今日は絶対連れてこいと言われているの。行くわよ」
えっ?
何故だろう。
ミド・リーに後襟を引っ張られて仕方無く立ち上がる。
左手で通学鞄を抱え右手でシンハ君に手を振り、廊下経由で準備室方面へ。
「何なんだよ一体?」
途中の廊下で尋ねてみる。
「昨日のアレ、何処で売っているの?」
アレって石鹸セットの事か。
「まだ売っていない。試供品という事だけれど」
「凄くさっぱりしっとりするのよ、あれ。お湯で顔を洗った時より確実に色々落ちている気がするし、あの水を肌に塗るとすっとしみ通ってしっとりするし。医療魔法で確認したから効果があるのはわかっている。でも今まであんな物知らない」
そりゃ石鹸以外はこの国には無かっただろうからさ。
知らないのも無理はない。
「まあその辺は商売上の秘密だからさ」
「でも家の商売道具をミタキが試供品として配るのって変だよね? 普通おばさんかお姉さんが得意先に配る筈。今までそうだったし」
「まあその辺は色々と……」
「うちの母なんて肌が10年以上若返ったって驚いていたのよ。髪も石鹸で洗うと普通はごわごわになるのに、あの液体を使うとすっと落ち着いて、乾いてもしなやかだって。檸檬系の果汁が入っていると思うけれどそれだけじゃないよね」
どうもミド・リーのところでも大分効果があったようだな。
これなら量産すればきっと売れるだろう。
かき混ぜ器を早いところお願いした方がいいかもな。
そんな事を思いながら準備室へと引っ張り込まれる。
「こんにちは。お待ちしていました、ミタキ君」
いるのはいつものアキナ先輩と……あれ。
横に見慣れない女子がいる。
髪をふわっと肩まで伸ばした感じの小柄で可愛い感じの美少女系女子生徒。
見覚えはないのだが、何かどこか知っている気配がする人だ。
錬金術研究会には何人か幽霊会員がいるのだが、その辺の誰かかな。
その代わりいつもいるフールイ先輩が見当たらない。
「さて質問ですが、ミタキ君はあのセット、何処で手に入れましたでしょうか。買えるうちに買い占めてこい、そう私はお母様に命令されてしまったのですけれども」
えっ!
「それは困る。私も欲しい」
見知らぬ女子がそう言った声に俺は聞き覚えがあった。
これってひょっとして……
「フールイ先輩ですか」
彼女は頷く。
「べったりするのが嫌で油は嫌い。でもそうすると髪がゴワゴワでまとまらない。でもあれだけでしなやかしっとり。髪が思い通りになったのは短かった時以来」
「うちも欲しいって母が言っていたわ。よほど高いなら別だけれど……」
うーむ、思った以上に好評な模様。
これは早いところ量産にかかった方がいい。
「あれはあくまで試供品で、次に手に入るのは早くて来週半ばの予定です」
「値段はいくらでしょうか?」
「全部1個
「試供品の残りはないのでしょうか。あれば全部買いますわ。何なら倍の値段を出してもかまいません」
おいアキナ先輩、そんな恐ろしい事を言わないでくれ。
思わずはいと言って全部持ってきそうになるじゃないか。
ここは少々落ち着いてだな……
「次の仕入れは来週ですし、あれだけあれば2週間は持つでしょう」
「それは甘いです、ミタキ君」
アキナ先輩は続ける。
「例えばうちには母もいますし義理の姉もいます。それにちょっと髪の調子が違うだけで色々聞かれたりする場もあるのです。そんな訳で何人も使ってしまうとあの量ではとてもとても安心出来ません。ですので母は買い占めてこいと言ったのですわ」
「私のところも同じくよ。乾燥肌の治療用にも使えそうだし」
「髪全体に使う。量が必要」
そうなのか。
「そんな訳でミタキ君、試供品でもいいのであるだけ出していただければ助かるのですけれど……」
「同意」
じわっ、じわっ。
アキナ先輩とフールイ先輩がにじり寄ってくる。
逃げたいがミド・リーに服を掴まれたままだ。
ここはどうやって切り抜けよう。
そう思った時だ。
トントントン。
準備室の扉がノックされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます