第06話 世界で一番大切な

 浮かんでいる。

 重力のまるでない中を飛んでいる。


 身体、なのか。

 心、なのか。

 自分という存在は。


 たくさんの、高層ビルが見える。

 その上に、浮いている。

 遥か眼下には、ごった返す、人や、自動車。


 懐かしい世界。

 自分の世界。

 でもここはどこ?

 東京?


 方向転換し、ちょっとある場所を意識をしてみると、もう風景が変わっていた。


 自分の暮らしていた町に、戻っていた。


 目の前にあるのは、駅近くにあるお好み焼き屋。

 戸をするり通り抜けて中へと入る。


 そんなにお客さんは入っていないようだけど、でも、まあまあ入ってはいるのかな。

 よかった。


 ヘラを持ち、汗だくで鉄板と具材と睨めっこしている父。

 妹、ふみもいる。小さな身体でテーブルの間を縫って、お皿を運んだりしている。


 フミ、ちっちゃいくせにしっかり働いておるな。

 いつか焼きを覚えて、お婿さんでもとるのかな。

 ああ、常連客も何人かおる。


 ほっとした。

 みんながいることに。

 世界が変わらずあることに。


 うち、守ったよ。

 みんなを。

 世界を。

 これからも、守り続けるよ。

 いつまでも。

 ほじゃから、安心してね。


 笑いながら、

 いや、笑えているのかは分からないけど、とにかくそおっと手を伸ばした。

 フミ、世界で一番大切な、妹へと。


 重ねた皿を持って厨房へ戻ろうとしている史奈の背中へと、伸びる手があとほんの僅かで触れそう、というところで、


 あきらぎはるの意識は、光の風にさらさらと粉になって、吹き飛んでいた。

 妹のいる世界を守ったのだという満足の中、魂の粒子は風に溶けて消えた。

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