第05話 託すんじゃ
まだ
続いて、槍の柄を振り下ろし頭部を殴り付けた。
込められた力に耐えきれず柄が真ん中から折れたが、未練なく投げ捨てて、両手が自由になった治奈は、
「おおおりゃ!」
右の拳を突き出した。
シュヴァルツの顔面が、ぐしゃり歪んだ。
背から吹き飛びそうになる上半身であるが、巨蜘蛛と完全に融合しているためそうはならず、それはつまり今度は左の拳を顔面に受けるということであった。
右、左。
どおん、どおん、
遥か遠くにまで聞こえそうなほどに、破壊の音が鈍く低く響く。
治奈は小さく飛んで、巨蜘蛛の背中から降りる。
巨蜘蛛の前足を手で払ってこじ開けると、隙間に自らの身体をねじ入れて、そして蹴った。巨蜘蛛の腹部を、蹴り上げた。
象ほどもある巨体が、軽々と舞い上がっていた。
床に落ちている折れた槍の穂先を、治奈は拾い上げると目にも止まらぬ速さで腕を振った。
穂先は、投げられたその瞬間に巨蜘蛛の胴体を貫通し、突き刺し突き抜けて天井に深々刺さっていた。
「ふがう!」
シュヴァルツの、呻き、悲鳴。
巨体が、床に落ちた。魔法や科学による速度緩衝や姿勢制御が出来なかったのか、受け身の取れない真っ逆さまの体勢で。
床が砕け、爆発し、噴き上がるが、その瞬間にはもう治奈は巨蜘蛛へと拳を打ち込んでいた。その下敷きになっている至垂の身体や、シュヴァルツの顔を蹴り付けていた。
どおん、
重たい音が、真空中に響く。
勢いがあり過ぎて、巨蜘蛛の姿勢が横回転して戻ってしまうが、治奈はすぐ背中に飛び乗ると、潰れ掛けている至垂の身体を殴り、ハイキックでシュヴァルツの顔面を打ち抜き蹴り砕いた。
どおん、どおん、
凄まじい破壊力を感じさせる鈍く低い音が響く。
伝って周囲が震える。
崩れていた……
殴りながら、治奈の右手が、左手が。
ぼろぼろと、崩れていた。
骨から皮膚が剥がれて、消失していく。
構わず骨で殴り続けていた。
拳だけではない。
肩、頭、胸、腹、足……
骨だけになった拳が重たい衝撃を放つ都度、ぼろぼろと、治奈の肉体が溶けて崩れていく。
「はる、な!」
カズミが、叫んだ。
胴体をほぼ両断された、半死半生の身で横たわっていた彼女であるが、この状況に、この、不自然な状況に、悲鳴に似た叫び声をあげていた。
「カズミちゃん……」
治奈は、骨のむき出しになった拳をだらり下げて、カズミの方を向いた。
そして、浮かべるは安堵の微笑。
鬼神の勢いとは裏腹に、その顔は優しかった。
カズミの、薄皮一枚繋がっているだけだった胴体がかなり治癒していたからである。
戦いを見ている間に、自分で自分を治療していたのだろう。
それよりも……
と、友の無事に安堵した治奈はシュヴァルツの顔へと視線を戻して睨み付けた。
すると不意に、
ぶるぶるっ、立つ足元である巨蜘蛛の背が激しく震え、治奈はたまらず振るい落とされていた。
「貴様などはいつでも倒せる」
切っ先の折れた長剣で威嚇牽制しながら、巨蜘蛛は全力で走り出したのである。
明らかな捨て台詞であった。
焦りと屈辱の滲み出た負け台詞であった。
だが、治奈には相手に合わせる義理などない。
「ここで逃がすわけにはいかん」
まるで瞬間移動といった素早さで巨蜘蛛の前へと回り込むと、再び胴体へと拳を叩き付けたのである。
「守るために!」
どおん!
蜘蛛の巨体が揺れた。
治奈の剥き出しになった指の骨が何本か、砕けて散った。
「託すために!」
どおん!
さらに手の骨が砕ける。
全身の皮膚が、肉が、ぼろぼろと崩れ、削げ落ちる。
「やめ、ろ、治奈あ! その力、なんかおかしい!」
カズミが叫ぶが治奈は聞かず、さらに一撃を巨蜘蛛の胴体へと打ち込んだ。
治奈の右腕が、なくなっていた。肩から、ぼろりと崩れて地に落ちて砕けていた。
「ほじゃから、託すんじゃ!」
どおん!
「がふ」
シュヴァルツの悲鳴。
代償に、治奈の左拳がなくなっていた。
託すんじゃ!
治奈は心の中でも思いを叫ぶ。
もう、この身体はボロボロだ。でも、降参するしかないと思っていたのに、反撃する力を自分は得た。
どこから沸いてくる力なのか分からないけれど、守るための力を得た。
ならば、戦わなければ嘘じゃろが。
現実世界を消滅させるためにまず仮想世界を滅ぼそうとしている。至垂の肉体を得てそのような力を身に付けたシュヴァルツを、ここで逃しては大変なことになってしまう。ここで、必ず倒さんといけん。
自分の身体はもう、過ぎたる力にボロボロじゃ。
ほじゃけど、ほじゃから託すんじゃ。
アサキちゃん、カズミちゃんへと。
すべては明日のために。
どおん!
治奈の左腕が砕けて吹き飛んでいた。
殴る拳がもうないから腕を振り回して巨蜘蛛の足を一本砕いたのだが、代償に左腕が肩からなくなった。
「思ったより手強いとは思ったが、しかしお前には手に余る力だったようだな。であれば、やはりここで殺しておくか」
至垂シュヴァルツの顔が変わっていた。
シュヴァルツから、白銀の魔法使い至垂徳柳の顔へと。
殴られ続けて肉は弾け飛んで、全身がひしゃげた巨大な蜘蛛。その背中から生えている、やはりぐしゃぐしゃに潰れた白銀の魔道着を着た上半身が、両腕を高々と上げた。
「リヒクーゲル・イーゼヒ」
至垂の口が、呪文を唱え始める。
彼女はアサキと同様に非詠唱の使い手であるはずだが、念には念を入れようということだろうか。
いや、そうではないようだ。高く上げた両手の間に生じた真っ白な球形は、見た目そのままであるがどんどん濃密なものになっいく。エネルギーが、どんどん練られ凝縮されている。
超魔法だ。
膨大な魔力と、制御するための精神力が必要であり、確実を期すために有声詠唱をしていたのであろう。
すっと両腕を広げると、広げる動きに合わせて光の球は大きくなった。
両肩から先を失った治奈は、その前に立ち、なすすべなく、でも逃げるわけにもいかず、はあはあと息を切らせている。
なおボロリボロリ全身を崩しながら。
巨蜘蛛の上の、至垂の上の至垂の顔が、喜悦の笑みに歪む。
「死ね!」
と、叫んだ瞬間、笑みに歪んだその顔の、目が驚きに大きく見開かれていた。
「待っとった!」
紫色の魔法使いの、怒鳴りにもにた叫び声。
彼女の足元を中心に、巨大な五芒星魔法陣が青白く輝いていた。
巨蜘蛛の身体も、その中にあった。
輝きの伝播を受けた治奈は、身に纏う真っ白な炎をさらに真っ白に燃え上がらせて魔法陣を蹴った。
雄叫びを、張り上げながら、
肉を、骨を、ぼろぼろと崩壊させながら、
自らの身体を、巨蜘蛛、至垂、シュヴァルツへと、突っ込ませたのである。
大爆発。
大激震。
彼女たちを捉えている大きな魔法陣から、柱状に輝きの粒子が噴き上がる。
その真っ白な炎にすべては包まれて、すべては溶けて、消えた。
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