第04話 新たな力?
巨大な蜘蛛の背中に、女性が二人。
その背中から上半身を生やしている、
紫の魔道着を着た少女、
二人は、剣と槍の柄とで押し合っている。
生える至垂の身体は上半身のみであるが、非常に大柄であるため二人の体長差はあまりない。僅かに治奈の方が高い程度だ。
「うちらには、大切な世界なんじゃ。うちらには、仮想なんかじゃなく、現実なんじゃ。都合のよい願いかも知れん。残しておいては、くれんかのう?」
ぎりぎりと、槍の柄を押す。
せめてもの力を誇示しようというわけではない。一剣のもと殺されていては、降参も出来ないというだけだ。
「わたしにとっては、邪魔なだけなんだよ。恨み一杯だ。こんな、わたしのような生き物を、生み出した世界だからな」
至垂の顔が、いやらしい笑みに歪んだ。
「悪いが、宇宙は滅びたがっているんでね」
至垂の上半身に乗っている至垂の顔が、シュヴァルツの幼く端正な顔へと変わっていた。
不意のことに驚く治奈であるが、そのまま柄を持つ両手両腕に力を込める。話し合いのためにも押し合いを均衡させて……いや、圧倒的に形勢不利な力比べでいつしか押される一方になっていた。
逃げ出そうにも無防備の一瞬に背後を狙われそうで、こらえ続けるしかなかった。
「誰が、いっておる……そがいな、ことを……」
「だから、宇宙だって」
話をしても無理なのか。
でも、話すしかない。
少しでも有利に、交渉をするしかなかった。
するしか、なかったけれど……
「辛いことがあっても、頑張れる。強くなれる。そんな、心の支えなんじゃ。妹も生きておる。うちらの、世界なんじゃ。大切な、もう一つの現実なんじゃ」
堪えるに精一杯で、交渉の言葉などなにも浮かばなかった。
世界を大切に思う気持ちが、無意識にぽろぽろとこぼれるだけだった。
「どこが?」
シュヴァルツの顔に、薄い笑みが浮かんでいた。
「強くなれる、って、どこが?」
その薄い笑みに、治奈は戦慄を覚えていた。
「嘘ばかりだ。なってなんか、いないだろう。……お前、もう死ねよ」
よ、の声と同時に、治奈の身体は真横へと転がっていた。
透明な、巨大な拳に殴られたかのように。
いつ、いかなる攻撃をしたというのか。魔道着の上に装着されている強化プラスチックによる防具が、すべて粉々に破壊されていた。魔道着の布地も、胸や腹がズタボロに切り裂かれており、皮膚がえぐられ、ぐちゃぐちゃになっていた。
踏み潰そうと巨蜘蛛が突進するが、治奈は呻きながら間一髪ごろり横へ転がってかわす。かわしながら、その勢いを使って起き上がった。
だが膝に力が入らず、よろけてしまう。
必死に踏ん張りながら、ちらり後ろにいるカズミへと視線を向けた。
「はや、く、逃げろよ。お前、だけなら……」
カズミは青い魔道着ごとほとんど胴体を両断されいる。だというのに自分のことを心配してくれる、その優しさに治奈は泣きそうな微笑を浮かべた。
毅然とした顔で槍を構え前へと向き直ると、眼前には巨大な蜘蛛。
蜘蛛、至垂シュヴァルツがゆっくりと近付く。
蜘蛛の背から生える、白銀魔道着を着た至垂徳柳の上半身。男性のような、筋骨隆々とした肉体、その上には幼いながら高慢な、整いながらも歪んだシュヴァルツの顔。
治奈の、槍を持っている手がだらりと下がった。
がくり、頭を落としていた。
きっちり二つに分けている黒い前髪が、ばさり顔を覆い隠す。
「……じゃ」
なにかを、呟いている。
「お願いじゃ……」
微かに聞こえるその声に、シュヴァルツの唇が喜悦に歪んだ。
「世界を助けて? それとも命乞い? はっ、バカは死ね!」
巨蜘蛛の身体が不意に治奈へと突進する。
至垂の逞しい肉体に、長剣を持ち振り上げて、突進する。
上に乗ったシュヴァルツの顔が、喜悦に歪む。
治奈は動かない。
動かない。
ただ呟き続け、いや、顔を上げ叫んだ。
「お願いじゃ! みんな! フミ! うちに力を! 強い気持ちを!」
魂からの絶叫がなにを呼んだか、地が揺れた。
治奈の身体が、青白いを突き抜けてただ真っ白に、光り輝いていた。
「うあああああああ!」
真っ白な輝きが大爆発、その輝きは散り消えることなくむしろうねりながら彼女の身体を大きく包み込んでいた。
「悪あがきのコケ脅しかあ!」
蜘蛛の巨体が突進する。
至垂の肉体が剣を振り上げ、シュヴァルツが怒鳴り声を張り上げる。
ただしというべきか、目の前の小癪に怒鳴りながらも口元には笑みが浮かんでいる。己の優位を微塵も疑っていない、絶対強者としての笑みが。
ぴたり。
巨蜘蛛の突進が止まっていた。
絶対強者の笑みが、一瞬にして凍り付いていた。
焦り、疑念の、表情へと変わっていた。
治奈が受け止めていたのである。
突進を。
巨蜘蛛の頭部を、左腕一本で。
巨体による猛烈な勢いを片手で止めておきながら、治奈のその身体はしっかり両足を着いてふわりともぴくりとも揺らがなかった。
治奈の全身を、ゆらゆらとした炎にも似た白い輝きが包んでいる。髪の毛が逆だって、白い炎に合わせて微かに揺らめいている。
シュヴァルツは舌打ちしながら剣を振り上げた。いや、そうする素振りを見せつつそのまま治奈へと突き出していた。
至近距離からの不意打ちに、治奈は動かなかった。
反応出来なかったのではない。
反応したから、避けなかったのだ。
突き出される剣の切っ先が、治奈の額を捉えた。だが、その瞬間、切っ先は見るも簡単に折れていた。
どう、
と鈍い音。
嘔吐をこらえるような、声。
シュヴァルツの持つ、先の折れた剣が床に落ちた。
治奈の槍の柄尻が、至垂シュヴァルツの魔道着に包まれた腹部へと深々めり込んでいた。
柄を素早く引いた治奈は、巨蜘蛛の背に柄尻を立てて軸にし身体を回転させ、シュヴァルツの顔面へと蹴りを見舞っていた。
鈍い衝撃音。
「ふぐっ」
呻き声。
魔道着を着た上半身が、蜘蛛の背からもげて落ちそうなほどの、重たい音であった。
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