第10話 だからこそ

 坂を駆け上がり逃げていく至垂の背中を、複雑な思いの視線で追っていたアサキは、


「どうして……」


 そうぼそり唇を動かすことしか出来なかった。

 予想出来るはずもない突然の出来事に、表情を固まらせたまま。


 傾斜の上に、四人の人影が見えた。

 黒い衣服に身を包んだ四人。

 それは、シュヴァルツたちであった。

 シュヴァルツと、それを元に作られた汎用個体であるアインス、 ツヴァイ、 ドライ。

 本来は、彼女たちに名前はない。

 ヴァイス同様に、呼ぶに不便であるためカズミたちが勝手に名付けたものだ。


「生命を奪う必要は……なかったでしょう!」


 アサキは激しい疲労の中なんとかすり鉢の坂を登りながら、シュヴァルツたちを睨んで糾弾の声を張り上げた。


「だが、生かす必要もなかったろう? そもそもこいつは、遊びの世界でのことといえ、お前の両親を殺した相手なのだぞ。ここでも、お前を殺そうとしていた者だぞ。理解、しているのか?」


 反対に、シュヴァルツは冷静だ。

 アサキをただ動揺させるだけでなく、否定、小馬鹿にするような言葉をやたらと混ぜ込んでくる。


「だからって、生命の奪い合いではなんにも解決しない」

「つまり、死んだ者たちへの思いがその程度だったということだ。仮想だからな」


 声を出さず、笑った。


「違う!」

「どっちでもいいよ」


 鼻で笑うシュヴァルツ。


「よくない! それと、取り消して。遊びの世界といったこと、取り消して!」


 アサキたちが生きていた世界。

 超次元量子コンピュータが作り出した、仮想世界だ。

 そこは現実と同じであり、いまなおたくさんの人間が、生物が、生きている。

 死に絶えたこの世界と違って、無数の、暖かさがある。

 笑顔がある。

 幸せがある。

 自分は、そこで十四年を生きてきた。

 楽しいことも、辛いことだって、経験した。


 だからこそ、アサキは本気で頭にきていた。

 それを遊びなどといわれて。


「だから、どうでもいいんだって。……だってお前は、ここでくたばる。消滅すんだからなあ!」


 シュヴァルツが地を蹴った。

 すり鉢状の地形を滑り降り、一瞬にして姿はアサキの眼前。

 両手の間に生じた光の球体を、両手を突き出し解き放つ。先ほどヴァイスが至垂の腕を切り落とした、あの光弾と同じ性質のエネルギーであろうか。


 いずれにせよ、アサキには通じなかったが。

 眼前から放たれたエネルギーを瞬時に見切って、手の甲で難なく弾き飛ばしたのである。


 でもそれは想定内か、シュヴァルツの顔色に一切変化はない。

 さんと地を蹴り跳躍し、アサキの頭上から振り上げた踵を落とした。


 と、ほとんど同時に地上からアインス、ツヴァイ、ドライの三人が、アサキへと猛然飛び込んでいた。

 連係か、勝手な判断かは分からないが、とにかく彼女たちは、アサキへと四人同時の攻撃を見せたのである。


 アサキは少しも慌てなかった。

 膝を屈めて身を沈め、まずはシュヴァルツの蹴りをかわした。

 膝を伸ばした勢いで、ドライへと肩で体当たり。ドライとツヴァイを鉢合わせさせると、その瞬間にドライの胸を蹴って、その勢いで、アインスの顔面へと跳び膝蹴りを叩き込んだのである。

 変身しておらず生身というのに、アサキの凄まじい身体能力による離れ技であった。


 着地したアサキは、回転しながら落ちてくる剣を掴み取りながら地を蹴った。シュヴァルツへと身を飛び込ませながら、剣を打ち下ろした。


 ここまでアサキの神憑り的な早業であったが、シュヴァルツも慌てることなく冷静に剣で受け止めていた。

 鍔迫り合いにはならなかった。黒い衣装の少女シュヴァルツが、さっと身を後ろに跳躍させたのである。距離を取りながら、手から作り出した二つの光球をアサキへと飛ばした。


 アサキには通用しなかった。

 一つは、剣で弾いた。

 もう一つは、左手で掴み取り手のひらの中で握り消滅させた。


 ほんの少し前まで、疲労にぜいはあ息を切らせていたというのに、アサキの圧倒的な強さであった。


「強いなあ」


 シュヴァルツは笑う。

 不敵に、ただしどこか機械的に。


 その機械的な笑顔へとアサキは、剣を構え直して飛び込んでいた。

 だが、剣は獲物を捉えるどころか、振り下ろされることすらなかった。シュヴァルツの身体が、ふっと溶けるように消えてしまったのである。

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