第09話 わたしの世界である!

 なりふり構わない必死さで、逃げようとしていた。

 だというのに、彼女を救ってくれたアサキのその言動もそれはそれで自尊心を傷付けるようで、


「後悔するな!」


 陳腐な捨て台詞を吐いていた。

 すり鉢状の坂を六本の足で駆け上がりながら、だれとくゆうは、吐きつつすぐに前を向く。

 前を向きつつ顔を上げる。

 砂に足を滑らせつつも、懸命に傾斜を駆け上る。


「屈辱はここに置く。わたしは、あの地下で意思を見た。感じたのだ。触れたのだ。……ここで無駄に死ぬわけには、いかぬ」


 走り続ける至垂の、口元には笑みが浮かんでいた。


「呼ばれたのだ。呼び掛けられたのだ。これは暗示。代われと。神の座につけと! 神。わたしが神。ここは、わたしの世界である!」


 傾斜を駆け上り切り、勢い余って蜘蛛の巨体が大きく跳ねた。


 ひゃはははは、と笑い叫ぶ至垂であったが、その動きが止まっていた。

 その笑みが固まっていた。

 そして、地に落ちた。

 勢い余って僅か跳ね上がっただけなのに、巨体が故か地がどおんと噴き上がってぐらぐら揺れた。


 つう、

 地に落ちた至垂の、笑み固まった口の端から、血が垂れていた。


 ぶっ

 蜘蛛から生える魔道着の胸から、なにかが突き出していた。


 ぶっ

 ぶっ

 青白く光り輝く、それは槍? 矢?

 背から、胸へと。


 至垂の表情が動き出す。

 じわりと、笑みから驚きへと、ゆっくり変わっていく。

 加え、苦悶、苦痛の色が、浮かんでいた。


 ぐ、が、と呻き声を上げた瞬間、首が飛んでいた。

 白銀の魔道着を着た胴体から、首が切り離されていた。

 至垂の首は、空中に跳ね上がって、くるくる回りながら地に落ちて、転がった。


 意思マスターを失い、蜘蛛の巨体は地に崩れた。

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