第08話 あなたは調子に乗りすぎた
不意打ちに色をなくした瞳、表情をなくした顔の、赤毛の少女の背後には、巨蜘蛛の姿があった。
こっそり治療して治癒しかけていた巨蜘蛛の身体であるが、またところどころごっそりえぐり取られてとろとろ血が流れ出ている。
自分の身体をちぎって、邪気を含ませて飛ばすという、以前に空飛ぶ悪霊ザーヴェラーが見せた攻撃方法である。超魔法は連発が効かず、通常魔法は破壊エネルギーがすぐに減衰するため、至垂は魔閃塊を使ってアサキを攻撃したのだ。
不意打ちの結果にほくそ笑む至垂、であったが、それはすぐ驚きそして苛立ちへと変わっていた。
そして、舌打ち。
アサキの身体は、そこにはなかったのである。
数歩の横で、まだぜいはあ息を切らせながらもなにごともなく立っていたのである。
まだ疲労困憊の最中であるというのに、またもや幻影魔法で至垂を騙したのだ。
しかも今度は冷静に至垂だけに幻影を見せた。
カズミたちからすると、至垂がいきなり自身の肉片をまるで関係ない方へと飛ばし始めたとしか映らなかっただろう。
それはある種、滑稽な姿であったが、
だけど、
例え滑稽であろうとも、
白い衣装の少女、ヴァイスの、内面に燃える怒りを消すには、なんの意味もないようであった。
「服従? 共闘? 無理ですね。どちらも」
ふんわり白装束の、ブロンド髪の少女は、小柄な身体で小さく二歩、三歩、アサキと至垂との間に割って入った。
いまの言葉は、アサキが生身で至垂と戦った、その思惑の背景についての気持ちであろう。
共闘は無理でもせめて無駄な戦いはしたくない、というアサキの。
「わたしにとって、世界にとって、アサキさんは必要な存在です。……至垂徳柳、あなたの数々の行いは、とても許せるものではない。アサキさんが優しすぎるのならば、ならば代わって、わたしが……」
ヴァイスの頭上に、浮かぶものがあった。
オレンジ色の、人の頭ほどの球体が二つ。
それ自体に意思があるかのように、くるんくるんと頭上を回っている。
「わたしが、どうした?」
蜘蛛の上の、魔道着の至垂はにやり笑みを浮かべながら左腕を持ち上げる。
開いた手のひら、指先を、すべてヴァイスへと向ける。
また、魔閃塊を放とうとしているのだろう。
今度は指をちぎって、弾丸として飛ばそうというのだろう。
「死ね!」
至垂の叫び声。
腕が切り落とされて、飛んでいた。
ヴァイスの?
違う。至垂の腕である。
至垂の左腕がちぎれ、頭上へ舞い上がり、回りながら地に落ちた。
「ぐ」
目を細めて、至垂は呻く。
顔を苦痛に歪ませる。
腕だけではなく、右の脇腹が消失していた。
内臓が見えておかしくないほどに、ごっそりとえぐられていた。
ヴァイスが、自らの頭上にあった光弾を飛ばしたのである。
魔閃塊が発射される、寸前に。
それが一瞬にして、左腕を切り飛ばしたのだ。
続けざまの二発目は胴体の中心を貫くはずであったのが、本能的になのかかわされて致命傷には至らなかったようである。
だけどこれで終わりではない。
またヴァイスの頭上に二つの球体が回り出した。
電光石火で怖ろしい切れ味を持った、オレンジ色の球体が。
「あなたは調子に乗りすぎました。……わたしは、容赦はしない」
そのヴァイスの、一見表情のないその目に、本気であること、そして実力がまるで違うこと、それらを認識したということであろうか、至垂は。ぴくり、頬が引きつったかに見えた瞬間、
「けえい!」
蜘蛛の両前足で地を蹴った。
激しく小石を飛ばし撒き散らしながら、既に身体はくるり反転、走り出していた。
切り落とされた自分の左腕を拾って。
疲労の蓄積も顧みず。
残る体力を、すべて走ることに回して。
地を蹴る、蹴る。
蹴って、すり鉢状の坂を駆け上がっていく。
「逃さない」
動きにくそうなふわふわの白衣装ながら、すうっと滑るように走り出すヴァイスであるが、
「いいよ追わなくて! ヴァイスちゃん!」
掛けられた声に、動きを止めた。
何故? という不満げな様子なども特に見せず、ヴァイスは逃げる至垂へとくるり背を向けた。
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