第02話 どこだ

 異様な光景であった。


 遊園地にも似た大きな遊具のたくさんある公園の、敷地の中。

 河馬二頭分ほどもあるとてつもない大きさの蜘蛛がおり、その背からは中性的な顔立ちの人間の上半身が、ケンタウロスよろしく生えている。


 それだけでも異様たるに充分であるというのに、さらにはその巨大な蜘蛛の前に赤毛の少女の首が転がっている。

 首を失った、少女の胴体が倒れている。


 異様でなくてなんであろう。


「アサキイイイイイイ!」


 二人の少女が立ち尽くしており、その凄惨な光景に青ざめを通り越した真っ白な顔で絶叫している。


「たわいないものだ!」


 巨蜘蛛の背から生えている魔道着を着た人間の上半身、だれとくゆうは、あっけのない勝利に中性的かつ端正な顔の口元を片端歪めて笑った。


「朽ち果てて、永遠の闇に溶け消えるがいい」


 巨蜘蛛の巨大な前足が、目の前に転がる赤毛の少女の首を踏み潰していた。微塵の躊躇いすらもなく、むしろ恍惚とした表情さえ浮かべて、赤毛の少女、りようどうさきの首を。


 恍惚感に、もう片端も釣り上が……りかけた至垂の口元であったが、一瞬にして真顔へと戻っていた。

 顔全体に、なんともいえない違和感が浮かんでいた。


 少女の首を踏み付けたはずの、前足を持ち上げた。

 ぴくり、

 端正な顔立ちの眉を微かに震わせた。


 足元には、ぐじゃり潰れた赤毛の少女の首があるはずなのに、ただ地面には巨大な自分の足跡が付いているだけだったのだ。

 首だけではない。すぐそばに倒れていたはずの、首と別れた胴体もいつの間にか消えていた。


「どこだ……」


 六本の足をわさわさ、背から生える人の身体も顔をきょろきょろ。周囲を見回す至垂であったが、なにかを察したのか不意に天を見上げた。

 その勘は、正しかった。

 見上げたその瞬間、上空から落ちてきたのである。

 なにと比較しようかという、それは猛烈な速度で、至垂の頭上へと、降り、迫ったのである。

 なにが?

 赤毛の少女、アサキが。


「やあああああああああ!」


 雄叫びを張り上げながら、巨蜘蛛の背から生える至垂の白銀魔道着へと、輝くなにかを叩き下ろしていた。

 それは両手に握った、魔力により作り出した光の剣であった。

 アサキは光の剣を、落下の勢いを加えて思い切り至垂へと振り下ろした。


 至垂の身体は、頭頂から完全に真っ二つになっていた、はずであった。

 勘か、予測経験か、運も含めてなにかの要素がほんの僅かでも、至垂に足りなかったならば、きっと。

 つまりは、アサキの攻撃は命中しなかったのである。

 紙一重のタイミングで、受け止められていたのである。

 水平に寝かせた、長剣の平で。


「幻影魔法か」


 至垂の端正な顔が、ふっと鼻での笑いに歪んだ。


 幻影とは、先ほどアサキの首が飛んだに見えたことをいっているのだろう。


 本物はすぐ目の前。赤毛の少女アサキは、至垂と剣を合わせたまま巨蜘蛛の背へと降り立っていた。

 そのままぎりぎりと、剣と剣とを押し合う格好になる。

 だが、腕力ではアサキに分が悪く、奇襲に失敗したこともあり、光の剣を消しながら、いったん後ろへと跳んで距離を取った。


 とっ、とカズミたちのそばへ着地し、ため息一つ吐いた。


 ぼっかん、

 後頭部を殴られた。


「アホ! 味方まで騙すなよ! バーカ! アホ毛! ヘタレ! 貧乳! お子様パンツ!」


 カズミは殴った腕はすぐ下ろしたものの、気持ちはまったくおさまらないようで、怒鳴り声という見えない拳でガスガス殴りまくった。


「ご、ごめん、咄嗟だったから」


 アサキは、真顔で謝った。


「ったくよ」


 よく見ると、カズミも治奈も涙目であった。

 気付いたアサキは、


「ごめん」


 もう一回、謝った。

 驚かせただけではなく、悲しませてしまった罪悪感に。

 説明している暇がなかったのだとはいえ。


 なにをしたのかというと、至垂がいっていた通りの幻影魔法だ。

 巨蜘蛛による地中からの攻撃を受けたその気配を察した瞬間、呪文を非詠唱し、殺された姿を投影したのである。

 至垂の油断を誘って、反撃をするためだ。


 さすがは、魔道器魔法使いという戦闘特化の合成生物キマイラであり、奇襲は読まれて失敗したが。


「まあ、無事だったんだからええじゃろ」


 治奈は、指で目の涙を拭った。


「まあな。……あたしら三人で今度こそ、至垂、てめえをぶっ倒す!」


 カズミは、人差し指をびしっと向けた。軽トラックほどもある巨大な蜘蛛の、その背から生えた人の身の、薄笑いを浮かべている至垂徳柳の顔へと。


「おう、変身じゃ!」


 治奈が、そしてカズミが、それぞれ両腕を振り上げた。

 左腕には銀と青、銀と紫のリストフォン、右の手のひらで覆い、掴んだ。

 側面にあるクラフト機能起動のスイッチを、人差し指でカチリ押し込ん……いや、押そうとしたところで、


「待って!」


 アサキが前に出ながら、伸ばした右腕を横に上げて二人の変身にストップを掛けた。


「なにが待ってだ、お前!」


 さあ決戦ではないが、とにかくノッた気分をそがれ、イライラじれったそうにカズミは地を踏みつけた。


 その後のアサキの行動、言動、誰が予測出来ただろうか。


「わたし一人で、戦う」


 赤毛の少女、アサキはそういいながら、ゆっくりと前へ出たのである。

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