第01話 遊園地にファンファーレ

「わあ」


 アサキは思わず、感嘆の声をあげていた。


 芝生の坂を降りて、公園内の敷地に入り込んで人工樹の茂みを抜けたところ、目の前に池や噴水、様々な遊具類などの眺めが広がっていた。

 こんなところにこんなものが、と思わず驚きの声が漏れてしまったのである。


「こりゃあ、まるで遊園地じゃのう」


 治奈はるなのいう通り、敷地には様々な遊具が設置されている。

 ローラーコースターっぽい、列車やレール。

 メリーゴーランドっぽい(ただし馬ではなく、なんだか未知の四足生物)もの。

 何故だか、妙にぐにゃぐにゃと歪んだデザインになっている。さすがに、ローラーコースターのレールが歪んでいたら危険なので、そこは通常のようだが。


 ぽい、というのは、アサキたちの知るものと色々なズレがあるからだ。

 人工惑星が地球から旅立った西暦五千年と、アサキたちの知る仮想世界での西暦二千年、その感覚のズレに起因するものか、それとも別に作り手の思惑があってそこに左右された認識ズレか、そこまでは分からないことだが。


「この人工惑星は、地球の文明を知らしめる役割を兼ねてもいますから。先ほどの居住区と同様、異星人を勝手に想定して、汎用性も持たせた結果、ちょっとズレた感覚になっているのです」


 ヴァイス語るには、そういうことのようである。


「こがいなところ訪れておる間に、シュヴァルツたちにサーバを壊されたりはせんのかのう?」


 遊具を見回し眺めを楽しみながら、不安にもなったか治奈が尋ねる。


 不安になるのも当然というものだろう。

 この惑星の内部にある超次元量子コンピュータが作り出す仮想世界は、まだ現存しており、そこにはふみたち、仮想存在の人類がこれまでと変わらぬ生活をしているのだから。

 少し前まで自分たちのいた、本物と思っていた世界であり、その世界をシュヴァルツたちは破壊しようとしているのだから。


「ま、大丈夫なんだろ」


 言葉を返すのは、茶髪ポニーテールの少女カズミだ。


「あたし、コンピュータとかよく分からないけど。……この惑星全体がコンピュータみたいなものなんだろ? でも、これまで平気だったんだろ?」

「カズミさんの、仰る通りです。地下へはわたし、またはわたしが許可した者しか、行かれません」


 白い衣装を着たブロンド髪の少女ヴァイスの、幼い顔ながらやわらかで落ち着いた声。


「であればこそ、あいつらはなにか画策しているわけだけど、でものんびり対策を立てる時間だけはあるってわけだな」


 さっすがあたし、とでも思ったかカズミは笑みを浮かべてふふんと鼻を鳴らした。


「いえ、そうもいっていられないのです」


 自画自賛も即行で否定されたが。


「なんでだよ! この栗毛!」

「あなたたちに、『呪縛』『制限』を感じません」

「はあ?」


 カズミは、渋皮を口に入れた顔をそのまま横に傾けた。


「転造機により物質化された存在である以上は、権限的には『一般ユーザ』、わたしたち以上に制限があって然るべき。なのに、それを感じない」

「ヘイユー日本語でお願いネ! ……よく分かんねえけど、なんにも出来ないはずのあたしたちが、何故か反対にお前ら以上にやりたい放題やれちゃうってこと?」


 カズミの質問に、ヴァイスは小さく頷いた。

 栗毛といわれたさらさらのブロンド髪が、微かに揺れた。


「何故か、についてですが、元々が『奇跡』によって作られた存在だからだとわたしは推測します。もちろん、この人工惑星自体の意思がある以上は、破壊を望んだところで容易にはままならない。ですが、試みることは、不可能ではない」

「なるほどな」


 手のひら叩くカズミであるが、すぐ顔を真っ赤にして、


「って違うよバカ! あたしらが、ここを破壊しようってのかよ!」


 怒気満面、声を荒らげる。


 暴風浴びようと、ヴァイスの顔色には微塵の変化も見られないが。


「いえ、そうではなく、あなたたちに呪縛がなくて、破壊行動も可能なのだとしたら……」

「ん? んん? ……あ、ああっ! そ、そうか、だれのクソが、ってことか!」

「でもっ、でも、この宇宙が『絶対世界ヴアールハイト』だったんだよ! 考えられない!」


 アサキは動揺しつつも、至垂がそうする可能性を否定をする。


 だれとくゆうは、アサキと同じ合成生物キマイラである。

 幼少より、つまり生み出されてからずっと、実験体とされていた。

 その恨みを晴らすために、神として人類の上に君臨することを決意したのだ。


 どこまでが本心かは分からないが、以前にアサキは本人から直接そう聞いている。

 なんと小さなとは思うが、ともかくそれが本心ならば宇宙を滅ぼそうなどとは実におかしな話ではないか。


「そうだよ。あいつは神になって自分SUGEEEEEE!ってセコい力を誇示したいだけなんだから、対象である世界や人類は必要だろ」

「動機付けの話は、どうでもよいのです。大切なのは、呪縛されていない者があなたたち以外にもいるという事実」


 ヴァイスは、感情動機論をすっぱり切り捨て、でも完全ドライにもなれないのかちょっと弱々しい表情になって、言葉を続ける。


「だから……悠長に構えても、いられないのです。……とはいえ、わたしは無限に等しい時間の流れを生きてきたから、猶予がないといっても、どう急げばよいか分からない。恥ずかしい話ですが、みなさんのお知恵にすがるしかない」

「大丈……」


 ……夫かどうか、分かるはずもないが、でも大丈夫! と、アサキはにこり優しくヴァイスへと微笑み掛けた。


 と、その瞬間であった。

 妙な叫び声が、聞こえてきたのは。


「パラッパッパッパパパパラッパッパラッパアアアアアア!」


 ファンファーレ、のつもりであろうか。

 公園のスピーカーから響く低い声でのスキャットだ。


 声といっても、正しくは、スピーカーの振動による微弱な波動を魔力感知し、脳が勝手に音として捉えているだけだ。

 この人工惑星に空気はないため、普通発声では音など生じないのである。

 アサキたちの声も同様だ。彼女たちは、音声ではなく魔力と脳で会話をしているのだ。

 表現の便宜上、すべて声や音であるとして今後も描写はするが。


だれえええええ、どこにいやがる!」


 カズミの叫び声。

 そう、スピーカーから轟くのは、だれとくゆうの声であった。


男女おとこおんな! シダレ! ハナタレ! 出てこい!」

「さあて諸君、クイズです。第一問。ジャジャッ! わたしは、どこにいるでしょう」


 妙にハイテンションかつ挑発的に、至垂の声が問う。


「うるせえバーカ!」


 カズミは、きょろきょろ周囲を見回しながら、舌打ちし、激しく地面を踏んだ。


 と、まるでなにかスイッチを踏んでしまったかのように、突然、


 どおん、

 少し離れたところで爆発が起き、地面が間欠泉のごとく噴き上がった。


 どおん、

 どおん

 あちらこちらで爆音、地が弾け飛んだ。


「くそ! 畜生! さっき倒しときゃよかったあああああ!」


 どおん、どおん、噴き上がる中、勘か予測か、単なる運か、あちらこちらへ足場を移動し、爆死の未来を回避しながら、カズミはイライラ口調を爆発させた。


「じゃけえ、こっちもまだこの身体に慣れてなくて、ろくに動けなかったけえね」


 治奈も、やはり足場を変え、一瞬前までいた場所が爆発して石や砂が飛び散るのを、腕をひさしに防いでいる。

 どこかにいるはずの至垂を探して、周囲を見回している。


「でも、この近くとは限らないよ……」


 探知のため遠くへ魔力の触手を張り巡らそうと、脳内で呪文を非詠唱しようとするアサキであるが、その瞬間、びくりと肩を震わせた。


 まさか、


「この下っ……」


 連続する爆発や、近すぎるが故に気付かなかったのだろうか。

 でも、いま確かになにかを感じた。

 気配であるのか微かな震えであるのか、足元になにかを。


 アサキが非詠唱をやめて視線を落とした、その瞬間、


「せーかいっ!」


 という叫びとともに、爆発した。

 アサキが立っている地面が、大きく揺れた。


 激しい地面の隆起。

 ぐらぐら揺れて砕ける地面を持ち上げながら、なにか巨大な塊が姿を現した。


 蜘蛛だ。

 背中に白銀の魔道着を着た魔法使い至垂徳柳の上半身を生やしている、足が六本しかない巨体な蜘蛛であった。


「あ、ああ……」


 あまりの質量差に、アサキの目の前、視界が、完全に塞がっていた。


 ざんっ、

 六本のうち右の前足が、振り被った刀のごとく斜めに打ち下ろされていた。


 突然のことに、すっかり油断していたか。

 魔力の目で遠くを意識しようとしていた虚を、巧みに突かれたか……

 袈裟掛けの一撃が、アサキの身体を引き裂いていた。

 ほぼ同時に、巨蜘蛛の左前足が水平に動きガチッと骨と肉を断つ不快な音と共に、アサキの首が空中高く舞っていた。

 飛ばされた首は、くるくる回って地へと落ちた。

 弾み、転がり、続いて、

 どさり、

 首を失った胴体が、地に倒れた。


「うあああああああああ!」


 カズミと治奈の悲鳴が、この人工の大地を震わせた。

 空気もなく音が伝わるはずもないこの空間を、激しく。

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