第06話 女の子はみんな魔法使いなんだ

 暗黒の空である。

 だけれども、カズミ、治奈はるな、アサキの三人には、日の暮れ掛かる茜色の空に見えていた。


 三人は、公園の傾斜した芝の上にごろり転がって、手を繋ぎ合いながら空を見上げている。


「将来の夢!」


 寝転びながら、不意にカズミが叫んだ。


「な、なんよいきなり。しょ、将来の?」

「夢?」


 治奈もアサキも、不意過ぎて目が点だ。


「そう! 将来の夢! あたしはねえ……金持ちと結婚してえ、子供は五人!」

「え、けけっ結婚、って、カズミちゃん……」


 アサキの、点になってた目がさらに点になって、ほとんど見えなくなっていた。


「お前は、したくないんかよ」


 諸々を否定されたとでも思ったか、カズミは不満げに唇をとがらせた。


「え、え、そ、そんな、こといわれても……」


 もちろん漠然とは考えていた。

 自分は恋愛に疎く、あまり興味もないけれど、一般常識的に、いつかは誰かと新たな家庭を築くことを。


 でもそれは、なんにも知らなかったから。

 現実がこんな世界だなんて、知らなかったから。

 宇宙が終わり掛けていて、地球ももうないだなんて、知らなかったから。こんな、滅び掛けた、生命の存在しない宇宙だなんて。


 自分たちが生活していた超次元量子コンピュータによる仮想世界が、仮に誰もが認める現実であったとしても、でも、ならばわたしは合成生物キマイラなわけで。


 でも人間だ。って、思ってはいるけど、やっぱり生物学的には人間じゃないわけで。


「いつか、するんだろうな、って、思っては、いたけど……」


 叶って、いただろうか。

 世界がこんなでなく、わたしが合成生物キマイラでなかったならば。


 どんな人と、結婚していたんだろうな。

 どんな家庭を、築いたんだろうな。

 まあ、いいや。

 ないことを考えても仕方ない。


 と、その話は自分の中で終わりにしようと思っていたのに、


「何歳で? 相手の職は? 顔のタイプは? 子供は何人? 男? 女? マンション派? 一戸建て? 変態性癖どこまで許せる?」


 カズミが、まったく離してくれない。

 それどころか、やたら具体的に、しつこく聞いてくる。


「え、に、二十五、までには。あっ相手はっ、えっと、普通の、サラリーマンで。……ふ、二人くらいかな。男の子と女の子、一人ずつ。でも、でも……」


 でも、わたしたちは……

 ここは……現在は……

 わたしは……


「でもじゃねえよ! 願えばなんだって叶うんだよ! あたしたちは、魔法使いマギマイスターなんだぞ!」


 願えば、叶う。

 わたしたちは……


「あっと、えっと、いまのちょっといい直すな。……女の子はみんな、魔法使まほうつかいなんだ!」


 しーん。

 静寂が訪れていた。

 せっかく暗闇じゃなくなったのに、暗闇にいるかのような静かさだった。


 カズミが一人で盛り上がるのはよいが、隣で寝そべる治奈とアサキはついて行かれずに、唖然呆然と口半開きになってしまっている。


 その凍った空気にはっと我に返ったカズミも、口を開いたまま黙ってしまった。


 だが、どれくらいが過ぎただろうか。


 ぷっ

 アサキが、吹き出した。

 あははは笑い出した。

 足をバタ付かせながら、無邪気な顔で。


 その首に、


「ギロチンドロップ!」


 顔を赤らめたカズミの踵が、ガスリ振り下ろされた。


「むぎゃ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る