第05話 やっぱり昼の空は青くないと

 暗闇の中に、浮いている。


 正確には、地に立っている。

 だが、空も地面も等しく漆黒であるため、浮いているように感じてしまうのだ。


 ちょっと意識を切り替えれば、この空は青色にも茜色にもなるのだが、その意識のスイッチを、ちょっとの間、切っているのである。


 ここは光源のなに一つない、宇宙空間に漂う人工惑星。

 太古には天に輝いていたはずの星々も、すでに朽ちている。

 宇宙の終焉も近く、新たな星が誕生することもない。


 そんな暗黒の中で彼女たちがものを見ることが出来るのは魔力の目が無意識に働いているためだが、でも現在はその意識を切っている。

 お互いの姿だけは見えるようにしているが、地に立っているのか空中に浮いているのかも分からない状態だ。

 いや、いつの間にか、しっかりとした地面が足元に現れており、辺りを見れば歪んだ奇妙な建物の数々に囲まれていた。


 さらには頭上を、


「よおし。みんな、青空に見えてっかあ?」


 見上げれば、綺麗に晴れ渡る青い空。

 カズミの言葉に、治奈とアサキは頷いた。


 実際には光などなんにもない真っ暗闇だが、三人の脳内では陽光に照らされ光り輝く世界へと変わっていた。


 彼女たちは、なにをしているのか?

 魔力の目による視界を、みなで調整し、見え方を共有しているのである。


 青空に見えるのは、仮想世界の中の日本が昼だからだ。

 魔法による小細工で脳内にタイマーセットして、仮想世界の日本と同じ昼夜が訪れるように調整したのだ。


 仮想世界は、現実世界と時間が同期しており、つまり現実世界こそが時間の基準だ。

 しかしこの通り、この現実世界は昼も夜もない。

 ならば、と昼夜に関しては、仮想世界側の日本に合わせることにしたのである。


「雲とか、雨なんかは、どうしようかのう」

「そこまでは余計だろ。実際には降らないんだから」

「ほうじゃね。とりあえずは二十四時間の中で、朝昼晩を回すだけでええね」


 共有基準を作るための調整をすっかり二人に任せて、アサキは先ほどから、周囲の建物群をきょろきょろと見回している。


 シュヴァルツやだれがいつ気配を殺し襲ってくるかも分からないから、と警戒していたのだが、いつの間にかそのことそっちのけで、この変な形の建物に心を奪われていた。

 低層、高層、様々なビルがあり、みな、倒れないのが不思議なほどに、歪みに歪んでいる。


「なんだか、異空みたいだ……」


 建物のねじくれ具合をまじまじと見ていると、本当にそう思う。


「住むこと出来のかな? でも、暮らしにくそうだな」


 建物の中は通路が無意味にうねっていて、上か下かも分からないくらいだったし、外観にしても奇抜さ先行が過ぎて、住心地がよいかもなどとても想像出来るものではない。


「異星人の感覚や価値観など分かるはずもないし、もしも地球人が使うことになった場合には有事の際に敵の侵入を退けるため、このようデザインにしたらしいです」


 ブロンド髪の少女、ヴァイスが説明する。


「ん。ああ、そうか」


 アサキは納得し、小さく頷いた。


「でも結局、異星人はここへはやってこなかったんだ」

「はい。この星系には、微生物、バクテリアの類しか、生命の確認は出来ませんでした」

「そうなんだ。地球に生物がいるって、考えてみれば凄いことだったんだね」


 自分が知る地球とは違うが、とにかく地球が存在したというそれ自体が奇跡と思うし、その奇跡があったからこそ、人類が生まれて、進化した。超次元量子コンピュータによる仮想世界なるものが作り出され、そして、


「わたしたちは、そこからこの現実世界へと、この地に、いまこうして立っている」


 しみじみと奇跡を実感していると、どの部分から話を聞いていたのかカズミが楽しげな顔で乗ってきた。


「なあ、あたしたちだけじゃなくてさあ、仮想世界の人間を、いや、仮想世界そのものを、すべてこっちに持ってきてさ、みんなでこっちの世界で暮らすとか、面白くない?」

だれだけ、メダカの水槽なみに狭くした仮想世界に押し込めてな」


 治奈も話に参加し、カズミは「鑑賞魚かよ」と楽しそうに笑った。


「技術的には、可能です」


 というヴァイスの言葉に、カズミたち三人は飛び上がって驚いた。


「ほ、本当かよ!」

「もともと、行く末に相互往来を考えての、転造技術なのですから。アサキさんたちがこちらへきたのは、仮想世界側の達成条件を考えると奇跡的というだけで、こちらの側からすれば、単に陽子配列式を元に転写復元させただけ」

「身も蓋もねえいい方だな」


 ぼそり突っ込むカズミ。


「ただし、転造で物質化しようにも、その素材が限られています。この惑星に資源はなく、恒星間移動の手段もないため、これ以上の物質化は不可能でしょう」

「くそ、だれのアホがこっちくるから」

「あなたたち二人も同じということを、お忘れなく」


 ヴァイスにさらりいわれて、カズミは、


「す、好きできたわけじゃねえやい!」


 まともな二の句がつげず、声荒らげてごまかすしかなかった。


「そもそも、このような滅び掛けた宇宙に、何億もの人間が仮想世界から出てきたところで、ここでなにをすればよいのです? やはりまずは、なにをおいても、この宇宙を救う、すべてはそれからなのです。そのためには、神になること」

「紙に……」


 と、カズミがボケるが、ヴァイスは完全に無視して赤毛の少女へと、尋ねた。


「アサキさん、あなたは、どんな神になりたいのですか?」


 急に振られて、アサキはびっくり慌ててしまう。


「え、わ、わたし? 何故そんなことを。……神だとか、そんなものに、別になりたくなんか、ないな。わたしは、力なんか欲しいとは思わない。平和な日々を送れれば、それだけで幸せだ」

「でも、現実はこんなですよ。ならば、平和な日々を送るためには、やはり神の力を手に入れるか、または、宇宙が消滅した方がよいということになりますけど」

「消滅は、困るけど……」


 問われても困ってしまう。

 だったら神になれだなんて、そんなこといわれも。


 そんな欲望がまったくないのだから、答えられないのは仕方がないじゃないか。

 誰もが神とか、強さとか、権力とか、そんなことを望むものと思っているなら大間違いだぞ。


 もちろん、出来る限りの力は貸すよ。

 出来る、限りのだ。

 でも、もともとが、仮想世界の中で科学技術を進歩させて技術や人類の叡智を取り出す、などといっていたんじゃないか。じゃあ計画通りに、それを進めればいいじゃないか。


 時間を同期させる関係で、あと一回しか仮想地球を試せない、という話だけど。それにしたって、宇宙の終焉まであと百億年くらいあるじゃないか。


 わたしはまだ十三、いや十四歳になったばかりだよ。

 なんだか、話というか感覚が途方もなさ過ぎる。

 途方もなくて、現実感がわかなさ過ぎる。


 ヴァイスに掛けられた言葉から、そんなあれこれをアサキが思っていると、


「あたしは、歌の神様にでもなるかあ!」


 カズミがバカでかい声で、アサキの心の吹き出し台詞に横槍をぶっ刺してきた。


「神の資質を持っているのは、アサキさんだけです。あなたたちは、ただ一緒にいるだけですので、履き違えないよう願います」

「なんだよ、くそ、かわいい冗談に本気突っ込みやがって。……じゃあ、じゃあ、あたしの分まで歌の神になれ、アサキ!」

「え、ええっ」


 いきなり変というか恥ずかしいこと振られて、アサキは肩を震わせ、顔を赤くした。


「う、歌の、とか、いわれても、わたし……」


 わたしが音痴なの、知ってるだろう。

 いや自分ではそう思ってないけど、みんなメチャクチャからかうじゃないか。こんな大変な時に、あんまりふざけないで欲しいんだけど。


「大丈夫大丈夫」

「なにが大丈夫なんですかあ?」

「うん、こっちの世界ならきっと、たぶん被害少ないから。……それではあ、ほしかわの名曲を、ちょっとオバカな宇宙世紀アイドルのアサキちゃんが歌いむああす。♪ ずっちゃーらちゃちゃちゃちゃからりらりらりいいん、ちゃっちゃーらちゃちゃか、はい!」

「♪ ながれぼおしいぃぃキラキラァァァあああがくよおおおおおお ♪」


 マイクに見立てた拳を突き付けられた瞬間、アサキの口から漏れて出たのは、歌といっていいのか、単なる唸り声というべきか。


「でたあ、殺人音波あああ!」


 カズミはげらげらと笑いながら、両手で自分の耳を塞いだ。


「アサキちゃん、相変わらず強烈じゃけえね!」


 治奈もだ。

 楽しげな表情で、耳を塞いでいる。


「う、歌わせておいてそれは酷いよお!」


 自分の歌のどこが悪いのか、まったく分からないけど、それだけに恥ずかしくて、アサキは涙目になった顔を赤らめ、怒った顔で拳を振り上げた。


 でもすぐに、自分もなんだかおかしくなってしまって、けらけらと楽しげに笑い始めた。


「いや、ごめんごめん。でもさ、アサキがアサキ過ぎて……安心したよ」


 カズミは耳から手を離すと、目尻の涙を指で拭った。そして、


「だからさ……大丈夫だよ、あたしたち。この先さ、どんな困難があろうともさ」


 優しく、微笑んだ。


「話が飛躍して、よく分からんのじゃけど」

「そもそも、わたしの歌からそういう雰囲気に持ってくのやめてよ」


 突っ込む二人。

 まあまあ、とカズミに引き寄せられて、三人は肩を寄せ合い円陣を作っていた。


 仕方ない、カズミちゃんのノリに付き合いますか。と、アサキと治奈は、笑みを浮かべた顔を見合わせた。


「あたしがあたしであり、治奈が治奈であり、そしてアサキがバカで、アホで、赤毛のアホ毛で、歌が捕まったら死刑間違いないレベルで、胸がぺったんこで、こないだお風呂で見ちゃったけど下ツルツルで、思わずブン殴りたくなる顔で、すぐ泣くクソヘタレで、お笑いセンスも最悪で、でも……誰よりも強くて、誰よりも優しいアサキであり。そんな、あたしたち三人である以上は、立ち向かう困難なんか、なにもない!」


 叫ぶと同時に、カズミの寄せる肩にぎゅっと力が入る。

 アサキと治奈も、つい同じように、力を込めた。

 強く、肩を寄せ合い、抱き合い、真顔でお互いを見つめ合った。


 なんで自分だけこんな酷くいわれないとならないんだろう、とも思うアサキであったが、


 でも、

 ありがとう、カズミちゃん。

 なんだか、元気が出たよ。

 おかげで、わたしたち三人の絆は、深まったよ。

 大丈夫。

 なんとかなるよね、この先。


「やるぞおーーーーっ!」

「おーーーーっ!」


 カズミの音頭に、アサキと治奈は大声で叫ぶ。

 そして三人、右腕を高く、天へと突き上げた。

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