第04話 でも、ならばわたしは……
「お前、どうせ今度はウメのこと考えてんだろ」
カズミには、完全に見通されていた。
隠しても意味はないので、こくり、頷いた。
鼻をすすった。
「だ、だって、
アサキはそこまでいうと、俯いたまま黙ってしまう。
時折、鼻をすすっていたが、やがて、顔を上げた。
ぱしっ、
両手で、自分の頬を叩いた。
「ごめんね。ここで、こんなこと。頑張っているというなら、誰もが頑張っている。ヴァイスちゃんだって宇宙のために、こんな、無限にも等しい時間を、ずうっと生きてきたんだ」
「宇宙のために、だけ肯定します。わたしは、いわゆる生体ロボットで退屈という感覚はないため、無限の時間に対して苦痛はないのです」
「それでも感謝だ」
本心から、思う。
遥か昔の人類が、宇宙延命のために思案、実行した、その仮想世界があればこそ、わたしたちも生まれたのだから。
こうして、真実を知ることが出来たのだから。
宇宙を守るための機会を与えて貰うことが出来たのだから。
アサキの言葉の流れを受けて、今度はヴァイスが語り出す。
「確かにわたしは、無限に等しい時間を生き、ずっと待ち続けました。仮想世界内の歴史が進行し、人類に新たな叡智が授かることを。……そしていつしか、奇跡の起こる仮想世界を、願うようになっていた。宇宙の法則を覆す、知識と、力、さらにはその奇跡が、仮想世界に生まれ、よじり合わさって現実世界にも本当の奇跡が起こることを。……それが今回の『魔法のある仮想世界』ではないかと、かなり期待しているのです」
「まず、一つの奇跡は起きた、ってわけだな」
カズミの言葉に、ブロンド髪の少女は幼い顔を縦に小さく振った。
「その通りです。アサキさんという、桁どころかそもそもの規格が違う、絶大な力を持つ
「まあ、アサキはほんっと規格外だからな。……でも、いまさらだけどさ、自分たちがコンピュータのデータだったなんて、複雑な気持ちだよな……」
カズミはこれまで、どちらかといえば楽観的な発言や態度ばかりが目立っていたが、不安な態度をはっきりと見せないだけで思い気持ちはじわじわと蓄積されていたのだろう。
目にじんわり浮かんだ涙は、きっとそういうことなのだ。
そんな彼女へと、
「現実だよ」
アサキは、抱き着いていた。
自分自身も大泣きの涙痕がくっきり浮いているくせに、優しい笑みを浮かべて、そっと優しく、ぎゅっと強く、ポニーテールの少女を抱き締めていた。
「お、おい、アサキ!」
びっくり慌てて、身をよじって離れようとするカズミであるが、
アサキが、離さなかった。
ぎゅうっと、より抱き締める力を腕に込めていた。
「データなんかじゃない。現実なんだよ。……これまでも、そして、これからも。わたしたちは、現実に生まれて、現実を生きていくんだ」
「……そうだよな。ちったあマシなこというようになったじゃんよ」
抱き締め返すカズミ。
嬉しさに溢れた、でもちょっと恥ずかしい、そんな表情で。
ただしそれは、ほんの一瞬だけの表情だった。アサキの様子の変化に、カズミの顔には驚き、疑問、焦り、不安といった色が生じていた。
「アサキ……」
優しい笑顔が、なんとも苦しげな、なんとも悲しげな、なんとも辛そうな表情へと変わっており、カズミも色々と共感してしまったものだろう。
アサキは、表情の変化のみならず息も荒くなっていた。
この人工惑星に酸素はなく、実際には呼吸はしていないが。精神の乱れが仕草に現れて、そう見えるのである。
「過去も、未来も現実だ……現実、だけど……でも、でも、でもわたしは!」
はっきりと、混じり込んでいた。
乱れる吐息の中に、苦痛の声、苦悩の声が。
いまにも叫び出しそうな、いまにも泣き出しそうな顔で、アサキはぐううと呻いた。
わたしは……
この世界が現実だけど、自分たちが生きてきた世界も現実だ。
だけど、そう認めるということは、つまり自分は人間ではない、ということになるのだ。
それだけならば、構わない。
自分だけのことだ。
だけど、わたしの身体は……
絶望し、世を呪い、死んでいったたくさんの人たちを、合成し、生み出された存在。
いつか、
吹っ切れたつもりでいた。
吹っ切れてなどいなかった。
こちらの世界へと来たことで、
自分がいた世界が仮想世界であると知ったことで、
その真実を、その呪いを、うやむやに出来る。
無意識に、少しでも、そう考えて、楽な気持ちになっていた。
でも現在、その安心した思いの絶対値がそのまま、いやむしろ数倍加して現在の自分を激しく攻撃していた。
自分のせいで、義理の両親が死んだ。
たくさんの人たちが、死んだ。
自分は人間ではない。
呪われた、
カズミちゃん、治奈ちゃん、他の、みんなのいた、あの世界を、現実であると認めるのであれば、それはつまり、自分を呪われた存在と認めることになる。
認めないのであれば、それは親友であるカズミちゃん、治奈ちゃん、死んだ仲間たちの存在を、否定することになる。
仮想世界だからなどと、都合よく割り切れるものではない。
わたしは……
わたしは!
「うああああああああああああああ!」
耐え切れなかった。
張り裂けそうなほどに口を開き、絶叫していた。
頭の中が、真っ白だか、真っ黒だか、わけが分からなくなって。
だけど、絶叫放ったその瞬間に、アサキは包まれていた。
温かな柔らかさの中に、包まれていた。
「大丈夫」
カズミが、アサキの身体を強く、強く、抱き締め返していたのである。
「……あたしたちが、いるだろ」
頬に頬を当て、擦るように押し付けていたのである。
優しく、微笑んでいたのである。
「ほうよ、アサキちゃん」
二人の肩を、治奈が抱え込んでいた。
大きく、腕を広げて、強く、優しく。
「カズミちゃんの、いう通りじゃ。心配ない。……生きておれば、きっとなんとかなる。仲間がおれば、きっとなんとかなる。絶望しなければ、きっとなんとかなる。アサキちゃんはいつも、絶望はしないって、いっておったじゃろが。口癖のように」
「ありがとう、治奈ちゃん。……ありがとう、カズミちゃん。二人とも……本当に、ありがとう」
二人に抱き締められながらアサキは、微笑んだ。
弱々しく、でも嬉しそうに、ちょっと恥ずかしそうに。
微笑んだ途端、ぼろり、涙が出た。
ぼろり、ぼろり、
大粒の涙が頬を伝って、上着を濡らしてしまう。
ひぐっ、
しゃくり上げたアサキは、天井を見上げて、またわんわん大声で泣き出してしまった。
「あ、あ、あり、あ、ありが、う、うれし、のに、な、涙、がっ、うっ、うわあああああああああん」
ぼろり、ぼろり。
ぼろり、ぼろり。
涙が、こぼれる。
止まらなかった。
こんなに嬉しいことはないのに。
ぼろり、ぼろり。
止まらなかった。
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