第11話 黒い服の……
「やっぱり、そうだよね」
アサキは頷いた。
屋外にすらも、まったく光源がないことに。
漆黒の闇であることに。
まさかとも思っていたが、治奈までがそういうのだからもう間違いないことなのだろう。
もしわたしたちが魔法使いでなかったら、完全に盲目と同じだったな。
アサキは、思った。
魔力の目があってよかったけど、でもこの気持ち悪さはまた別だ。
人の作った建物があるというのに、そしてここは外なのに、光がまったくないだなんて。
どうなって、いるんだ。
「そうなってくるとさ、ここはどこか、って話だよな」
カズミは腕を組んで、難しい顔で考え込んだ。まだ地べたにあぐらかいたままで。
「やっぱりリヒトの基地ん中で、すべては立体映像とか。または、現在か遠い未来か分からねえけど、太陽も星々もすべて吹っ飛んで消え去った世界。または、誰かが見てる夢の中とか。または、魔法的な力で幻覚を見せられている、もしくは、結界に閉じ込められている。それか、ここは異空みたいな別次元、または……」
「よう矢継ぎ早に想像が出るけえね。……うちはまだなんにも考えられん。ただ怖いだけじゃ。魔力の目で物体の認識は出来とるとはいえ、か弱い娘が真っ暗闇に三人きりで。どこに至垂が潜んでおるかも、分からんしのう」
治奈は薄ら寒そうに自分の身体を両手に抱く。
「か弱い娘って……。しかしその至垂の件だけど、お前、よくああもどんぴしゃタイミングよく現れたなあ」
「うん。それは、さっきの話に戻るんじゃけどな。真っ暗な部屋で、目覚めたいうたじゃろ。ほいで、わけ分からぬまま壁を手探りしていたら、扉が音もなく開いてな」
「あたしもだよ。扉がぶっ壊れてて閉じ込められていたのは、アサキのバカだけだ」
「部屋を出て、エイリアン出そうな気持ち悪い造りの通路を、うねうねうろうろしている間に、とてつもない音が、骨にガンガン響いてきての」
「ああ、外へと出たら、あたしらが至垂と戦ってたってわけだ」
カズミはうんうん頷いた。
「劣勢のようじゃったから、急ぎ変身してな。こっそり屋上に上ってな。一撃必殺の槍を、狙っとったんよ」
「あんまり役に立たなかったけどな」
ははっ、とカズミの乾いた笑い。
「仕方ないじゃろ! 奇襲の効果は、最初の一撃目にしかないんじゃから」
そして、それをあっさり避けられてしまったのだ。
元々が圧倒的強さの至垂が、さらに別生物と合体してより強力になっているので、仕方がないことではあるのだが。
「まあ、あいつ、本当に手強かったからな。でも……キマイラだからってことなら、こっちも無敵のキマイラが一人いるはずなんだけど」
「ごめん」
アサキは、ぼそっとした声で謝った。
責められているわけでないのは分かるが、でも自分がふがいないせいで、カズミたちの生命を危険に晒したことに変わりはないからだ。
「お前は、強くなることにまるで興味ねえもんなあ。それどころか、大ピンチだってのに、超魔道着も着ねえんだもんな」
カズミは苦笑した。
慣れていないし、どうであれみんなと同じ魔道着で戦いたい。そんな理由でアサキは、元々メンシュヴェルトから支給されていた汎用の魔道着で至垂と戦っていたのだ。
「ごめん……」
「謝んなっていったろがあ!」
ぶあっ
アサキのスカートが、下から地下鉄の風を受けたかのごとく、猛烈全開にめくれ上がっていた。
「ああああああああ!」
アサキは前屈みになって、両手でスカートを押さえ付けた。
「カズミちゃん! なにするの!」
「謝ったら、めくってパンツ下ろすっていったろが」
「いわれてないよ、そんなこと!」
もう謝るなとは、確かにいわれたと思うが。
こんなことをされるだなんて、聞いていない。
「うるせえ、次は本当にパンツ脱がすぞ。ってアサキのお子様パンツのことなんか、どうでもいいや。……なんの話してたっけ? ああ、そうだ、至垂が強かろうとも、こっちは、そのお子様パンツのキマイラ様とあたしたち……」
「どうでもいいならいわないでよ」
「お こ さ ま パンツと、あたしたち精鋭の魔法使いが二人だ。悪かない戦力のはずなんだけどな。でもあの野郎も、あ、いや女だったんだよな、でっけえ怪物と合体して、すげえ化け物になってたから、苦戦は仕方ねえのかな。……でも、次に会ったら絶対にぶっ倒すけどな」
地面にあぐらかいたまま、ぽきぱき指を鳴らした。
「でも、ほんまのところ、さっきのあの子が現れんかったら、うちら危なかったのう」
治奈のいうさっきのあの子とは、白服を着たブロンド髪に幼な顔の少女のこと。
アサキたちが至垂一人に苦戦していた時、ふらり現れて助けてくれた。
至垂を、一撃の元に吹き飛ばしたのだ。
そこだけを取って味方といえるかは、分からないが。
姿を見るなり襲い掛かった至垂を、撃退しただけともいえるからだ。
「そうだね。あの女の子は、なんだったんだろうね」
アサキは、真っ黒な空を見上げ、考える。
でも、目で見た事実以上のことは、想像すら出来なかった。
「魔道着は、着てなかったよな。あのふわっふわっした服が、新型とかでない限り。……じゃあ、この研究所での実験体なんじゃねえの?」
「この研究所とは?」
治奈が問う。
「いや、そうかは分かんねえけどさ。ここ実はリヒトの研究所なんじゃねえの、って話を、さっきしてたじゃんか」
「さっきから、カズミちゃんとアサキちゃんだけのやりとりを、さも当然のこととして話されても困るわ。……味方をしてくれたのじゃから、まあ少なくとも敵ではない、ということじゃろ」
「いや、敵の敵というだけかも知れねえだろ。……なんか焦点定まってない、アサキよりガキくせえ顔のくせして、妙に落ち着いた笑みを浮かべててさ。いずれにせよ、マトモじゃない気がするね、あたしは」
「でもさ……」
アサキが会話に割り込んだ。
ガキくさい、などといわれたにもかかわらず、口元は嬉しそうに、少し緩んでいる。
「なにがなんだか、まださっぱり分からない。けれど、わたしたち三人が、こうして揃ってさ……なんとか、なる気がしてきたね」
ふふっと笑った。
「はあ?」
カズミはあぐらをかいたまま、唖然とした表情になった。
でもすぐに、笑みに変わっていた。
笑みといっても、苦笑であるが。
地に手を付いて、ようやく腰を上げると、アサキへと右の拳を突き出した。
真っ直ぐ、ゆっくりと。
アサキも、腕を伸ばす。
こつん
二人の拳が触れて、ぴたと密着した。
治奈も横から腕を伸ばして、自分の拳をくっつけた。
三人は、腕を伸ばしたまま、拳で触れながら見つめ合った。
それぞれの顔に、笑みが浮かんでいた。
揺らぎのない、信頼に満ちた、笑みが。
ちょっと、照れくさそうに。
でも、心地よさそうに。
だけど……
その表情は、僅か数秒しかもたなかった。
険しい表情へと変わっていた。
三人の顔が一斉に、ぎろり、なにか気配を探ろうとする顔に。
でも、探るまでもなかった。
気配の方から、三人へと突っ込んでいたのである。
目にも止まらぬ速度で、魔力の目ですら追い切れない、影が。
一番近くということか、その影は治奈へと飛び込んでいた。
くっ
と微かな呻き声を発しながら治奈は、反射的に素早く身を引いて避けた。
影は速度を一切落とすことなく方向転換をし、今度はアサキを狙った。
アサキも、横へステップを踏んで紙一重でかわす。
と、
ぐらり、影がふらついた。その速度が鈍った。
アサキがかわしざま、右の手刀を見舞っていたのである。
盲滅法に手を振るったというだけで、どこかを狙ったものではなかったが。
ただ、クリーンヒットではなかったものの、ふらつかせるには充分なようであった。
そして、アサキたちは影の正体を見たのである。
ふわふわとした服を着た先ほどの少女が、前髪の中から睨んでいるのを。
「くそ、やっぱり味方なんかじゃなかったか!」
カズミは舌打ちし、魔道着へ変身しようと両腕を振り上げた。
「いや、カズミちゃん、違う!」
治奈の叫び声に、カズミとアサキ二人の目が驚きに見開かれていた。
確かに治奈のいう通り、違っていた。
先ほどの、白い服を着たブロンド髪の少女とは。
顔は、双子ではないかというほどに似ている。
だが髪は黒く、ふわふわとした服も黒い色だ。そのせいなのか地色なのか、肌の色だけが妙に白く見える。
先ほどの少女とは、また別の少女であった。
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