第10話 女子三人

至垂しだれのクソ野郎! 河馬みたいな蜘蛛みたいな、あんなみっともねえ化け物の姿になってまでアサキに執着しやがって!」


 吐き捨てるように怒り恨みをぶちまけているのは、茶髪ポニーテールの少女カズミである。


 先ほどの戦いでは、至垂一人に三人掛かりで圧倒されたのだ。腹立たしくてならないのだろう。


「執着といっても、もうわたしを利用しようとかではなく、わたしを真っ先に殺そうとしていたね」


 そういうのは赤毛の少女アサキだ。

 落ち着いている表情であり声であるが、先ほどまではわんわん大泣きしていたためまだ目が真っ赤である。


「本人もゆうとったからのう。もう用はないと。……ん、えっ、ということは、至垂は目的を、果たした? ということは、まさか、ひょっとして、ここが……」


 青ざめ深刻な表情になる治奈、のおでこをカズミがデコピン。ビシリと痛そうな音が響いた。


「あいたっ!」

「ここが『絶対世界ヴアールハイト』なわけねえだろ。こんな、SF映画のセットみたいな、人っ子一人いねえとこがよ」

「ほうじゃからってなんで、うちのおでこ思い切り弾くんよ! 死ぬかと思うたじゃろ! ……ほいじゃあ、そがいな世界など存在しないと諦めたのじゃろかね」

「分かんねえよ。なんか別の野望を抱いたのか」

「なんであれアサキちゃんに利用価値を感じなくなった。となった以上は、野望の邪魔でしかない、と。……アサキちゃんは、天下一の魔法使いマギマイスターじゃからのう」


 などと二人が話していると、聞いていたアサキはちょっと顔を赤らめて、


「わたしなんか、そんな、大したことないよ。まだ新米だよ」


 と、謙遜をした。

 ドレッドノート超級の、それは凄まじいレベルで。


「……加えてなんだか、身体が重たくて、思うように動かなくて。……しっかり動けたところで、でもわたしなんか大したことないけど」

「謙遜も過ぎると嫌味だぞ。でも確かに、身体が重いっつうか、違和感が半端じゃないんだよな。……だからさっきの話、意外と本当でさ、何千年も何万年も眠ってたんじゃねえのか、あたしたち」

「なんのことよ」


 治奈が尋ねる。

 まだ合流したばかりで、さっきの話といわれても分からないのだ。


「いや、ここSF映画のセットみたいな、未来世界みたいなとこだからさ。……もしかしたら本当に未来で、とてつもない長さの眠りから目覚めたばかりだから、身体が動かないんじゃないか。って、さっきアサキと話してたんだ」

「ああ、ほうじゃね。確かにうちも、なんだか身体が馴染んでいない感覚があったかのう。あ、違和感といえば、あれじゃろ、二人とも、ひょっとして耳の聞こえもおかしいじゃろ? 鼓膜で聞いていない感じとでもいおうか」

「もう耳の話題は古いんだよ! 散々に出尽くしただろ」

「うちは、こうして話すの初めてじゃ!」


 微妙に噛み合わないやり取りに、治奈が顔を赤くして声を荒らげていると、


 ぷ、

 とアサキが吹いてしまう。


 なにが面白いというわけでもない。

 ただ、少しだけ、知ったる過去が戻った気がしただけ。

 悲しみが癒えるわけではなかったが。


「まあ、とにかくさあ、今後のためにあたしらが考えるべきは……」


 カズミは、どっかと地面へ腰を下ろすと、ミニスカートであるのも気にせずあぐらをかいた。


「足を開くな!」


 秒も掛からず治奈の注意を受けるが、ポニーテールは気にしない。


「だって、ここベンチないんだもんよお」


 のんびりしたものである。


「ほじゃけど……ほじゃけど、いまスカートじゃろ!」

「でもここ誰もいねえじゃん」

「誰も、ってその二つの目は節穴かあ!」


 あまりに女子を捨て過ぎている言動に、治奈は当然呆れ果てながらも、より声を荒らげてしまう。


「いいじゃんいいじゃん。お客様サービスしときますわあん」


 あぐらかいたまま裾を両手で掴んでカズミ、ばっさばっさ広げたり縮めたりするものだから、当然のこと中身が丸見えだ。


「自分からめくるなああああ!」


 こうしてついに、カズミの頭にどっかん原爆いやゲンコツが落ちたのだった。


「つうう、いってえなあ。いたいけでか弱い女子に、なにすんのよお」

「アサキちゃんの巨大パンチを落としてやりたいとこじゃ! そもそも、いたいけな女子が、いきなり人にデコピンするか!」


 ったく困ったカズミちゃんじゃ。と、なおぶつぶつ小言をいっている治奈。


 その様子に、またアサキはぷっと吹き出した。

 が、すぐに顔を真面目に戻して、


「そういえば、治奈ちゃんもやっぱり、気が付いた時はこのビルの中だったの?」


 尋ねた。

 ねじれ歪んだ妙な形状の建物へと視線を向けながら。


「ということは、アサキちゃんたちもか。気持ち悪いのが天井からぶらぶらしとる、明るいのか暗いのか分からん部屋の中でな。気付けば、ぼーっと天井を見つめておった」

「わたしたちと、おんなじだ」

「明るいのか暗いのかというのも、なまじ魔力の目が効いていたからそう感じただけで、結局そこは真っ暗闇だったようじゃ」

「そうなんだよ、わたしまだ魔力の目のコントロールが上手じゃないから、切って試すこと出来なかったけど。光の、まったく入り込まない部屋で」

「部屋だけじゃのうて、おそらくここもじゃろな。ぶち気持ちの悪い話じゃけど」

「やっぱり、そうだよね」


 アサキは頷いた。

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