第04話 修一くんと直美さん

 乱暴に、無茶苦茶に、両手に握った剣を叩き付けている。

 赤毛の少女が、狂気を叩き付けている。


「うああああああああ!」


 怒鳴り声を張り上げながら、剣を、何度も何度も、何度も、何度も。

 右に、左に、振り回し、いっそ指の骨こそ折れよとばかり、ひたすら全力で。

 赤毛の少女、アサキが剣を振る。打ち付ける。目の前に張られた靄状の結界へと。


 薄靄の結界内には二人の男女が、写真を折り曲げたようにぐにゃり姿を歪めて浮かんでいる。

 りようどうしゆういちと、りようどうすぐ、アサキの両親である。


 彼らを助けようと無我夢中のアサキであったが、あまりの疲労か、あまりに力を込め過ぎてしまったか、剣がすっぽ抜けてしまった。

 くるくる回り飛んで、壁に切っ先が突き刺さった。


 取りに行くのが面倒というよりは、激しい動揺に思考する能力すら失ってしまっており、今度は自分の拳で殴り始めた。

 右の拳、左の拳、右の拳。


 魔法結界は、ただ薄い靄に覆われているだけにしか見えない。

 だというのに、がつっ、がちっ、と硬い物を殴る音が響く。

 都度、どおん、どおん、と床が突き上げられる衝撃に、足元が揺さぶられる。


 右の拳、左の拳。

 すぐに手の皮が剥けた。

 なおも殴るものだから、肉が裂け、骨の一部が見えてしまっていたが、興奮したアサキに痛覚はなく、込める力を僅かたりとも落とさずに殴り続ける。

 薄靄の結界を殴り続ける。


「直美さん! 修一くん!」


 助け出したくて、

 少しでも日常に戻りたくて、

 必死に叫び、自らの腕を壊し続けるアサキを、


 白銀の魔法使いだれとくゆうは、腕を組んで、あざわらうかの楽しげな表情で見つめている。


「無駄だよ無駄無駄。強力な結界が、なおかつ層になっていて、内側から再生されていくからね。……だったら魔力で力任せに突破、というのもやめておいた方がいい。助けたいと本当に思うのならね」


 話も届かず聞かず、構わず狂気の拳を振るい続けるアサキであったが、最後の、助けたいのならという言葉に、動きが止まった。

 血まみれの腕を、だらり下げた。


 怒ったような、困ったような、泣き出しそうな、縋るような、頼りない表情を、至垂へと向けた。


「大好きなご両親の首を、よおく見てみるといい」


 薄靄の中、魔力の目を介してさえもおぼろげな二人の姿。

 ぐにゃり歪んで分かりにくいが、いわれた通りよく見ると、それぞれの首に、なにかが取り付けられているのが分かる。

 太い、首輪であった。


「あれは……」


 予想は付いて、

 よいか悪いかでいえば悪いことであると、予想は付いて、

 アサキの顔から、さあっと血の気が引いていた。

 戦いで失った血にもともと青かったが、さらに。


「イスラエル製の、拷問処刑道具だよ」


 他人事のようにいう、至垂の淡々とした声。

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