第07話 アサキは休めない

「身勝手な、理屈ばかり。さっきから、わけの分からない、言葉ばっかり」


 がっしりと剣で力強く受け止めている、といえるならばいいが、単純な筋肉量ではだれとくゆうに遥かに劣るアサキであり、いささか頼りなく見える。

 実際、剣の重みにじりじり押されている。


 だが、眼光では負けていない。

 普段は温厚で優しいアサキであるが、現在、あまりに過ぎた言葉や行動の理不尽に、怒っていたから。

 そして、必死だったから。もう誰も、無駄に生命を落とさないで欲しいと必死だったから。


「精神土俵の相違を否定されても困るなあ。身勝手、って、それはどっちが……」


 また、アサキにいわせると、わけの分からない至垂ぶし。を吐こうとする彼女の、その大柄な身体の背後から、


「うぇやあっ!」


 青い魔道着、カズミの雄叫び。

 身を跳躍させ、一撃必中そして必殺を胸に刻んだ、躊躇いのない表情で、握っているエンチャントに青白く輝くナイフを振り下ろ……そうとしたその時には、既にカズミの身体は、然るべき場所、然るべき位置になかった。


 壁の中である。

 青い魔道着ごと、砕かれた壁の中に大の字で、完全に埋もれていた。


 口から血を噴き出した。

 意識を失うことを激痛に妨げられ、顔を醜く歪めながら、吐いた自分の血で、がふっとむせた。


 なにが起きたのか。

 白銀の魔法使い、至垂の、後ろ回し蹴りを受けたのだ。


 カズミが構える二本のナイフ、その隙間から、胸を素早く正確に打ち抜かれたのだ。

 飛び込もうとする勢いと相まって、つまりカウンターの一撃となったのである。


 男性顔負けの巨体である白銀の魔法使いは、自ら放った回し蹴りの勢いを利用して、アサキの剣を弾き上げた。

 そうして隙を作りつつ、さらにくるり回って振り返ると、長剣の柄を両手に握って壁へ、大の字にめり込んだままの青い魔法使いへと、床を蹴って身体を飛ばす。


「くそ、動けね……」


 叩き込まれた壁の中を、必死にもがくカズミであるが、仮に動けても防御体勢が間に合うはずもない。


 突き出される長剣の切っ先が、音もなく空気を切った。


「カズミちゃん!」


 叫び、必死に動こうとするアサキであるが、志垂によって体勢を崩されており、こちらも間に合うはずがない。


 観念したか、ぎゅっと目を閉じるカズミであるが、長剣の切っ先が胸を一突きにする寸前まさにコンマ何秒、


「せやっ!」


 あきらはるの叫び声。


 わずかカズミの身体をそれた切っ先は、壁へ深々と突き刺さっていた。

 治奈の正拳突きが、長剣を側面から叩いのだ。


「カズミちゃんっ、だいじょう……」


 剣が壁に深く刺さっている間に、カズミを引っ張り出そうと手を伸ばす治奈であるが、言葉いい切らぬうちにその顔面がぐしゃり重たい音と共に潰れて醜く歪んでいた。


 頬に、女性とは思えない大きく無骨な拳が、叩き込まれたのである。


 ははっ、と笑いながら白銀の魔法使い至垂は、返す拳で治奈をもう一度殴り、続いて髪の毛を掴んだ。

 掴んだまま、パンチをするように突き出して、治奈の顔面を、まだ壁に埋もれているカズミの顔面へと、容赦なく叩き付けた。


 カズミは壁の中で意識を失い、治奈も、カズミの血が付着して赤く染まった顔で、やはり意識を失って床に崩れた。


「化け物め!」


 銀と黒の髪、銀と黒の魔道着、しましようが、得物である柄のない巨大な斧を、怒鳴り声を張り上げながら、投げた。

 大人の頭部より、遥かに大きな、巨大な斧を。


 ぶうん、と低い唸りを上げて飛ぶが、化け物にとって脅威どころか退屈しのぎの運動にもならなかった。

 至垂は、巨斧側面にある拳大の穴に手を入れて、くるり方向を変えて、かつ勢いを倍加させて、なんの苦もなく祥子へと投げ返したのである。


 祥子もまさか、自身のトレードマークともいえる世に二つとないこの特注武器で、自分が攻撃されるなどとは思いもしなかったことだろう。

 驚き、慌てながらも、軌道や回転を見切って、側面の穴に手を入れ、しっかと受け止めたまでは、さすがは元リヒトの特使候補、その実力というところであるが、


「ぐうっ」


 倍加されている斧の勢いは、想像を遥か超えていたようであり、暴走トラックに跳ねられたかのように、軽々と飛ばされて、壁に背中を激しく叩き付けられた。


 それでも斧の威力はまったく衰えず。掴んでいる祥子の腕をもぎとるかの勢いで、側面の穴を軸に大きく回転して、壁を砕く。

 砕きながら一周して、戻ってきた刃が、背後から祥子の脇腹へとざくり深く切り込まれて、ようやく動きが止まった。


「ぐっ……くそ、なんてこった」


 激痛に呻きながら、呪う言葉を吐く祥子。

 内臓が見えそうなほどに、ざっくり深く切り裂かれた脇腹から、どろりと血が流れ出した。


「そんじゃあ、あたしらでやったろかっ!」


 黄色の魔道着の魔法使いが、鼓舞するためあえてなのか緊張感のない軽い口調で、白銀の魔法使いへと飛び込んでいった。

 両手に、それぞれ三日月刀を構えている、我孫子第二中の二年生、ほうらいこよみである。


ひさ先輩っ、祥子ちゃんたちの治療を頼んます!」


 水色スカートの魔道着、のうえいが、やはり、あえてだか緊張感のない声で、宝来暦と肩を並べた。


 スカート型が特徴の、第二中魔法使い。二人が同時に、白銀の魔法使い至垂徳柳へと襲い掛かった。


 だが、数がいれば勝てるものでもない。

 緊張していなければ勝てるものでもない。

 内心では誰より緊張していた二人であるのかも知れないが、どちらであれ、結果が変わるものでもなかった。


 能力の違いが、あまりにも圧倒的絶対的な大差であったからだ。

 人が蟻と戦うに技が必要であろうか、というほどの、絶対的な能力差。

 至垂がぶんと振り回す、丸太よりも太い足に、二人まとめて横から蹴り飛ばされてしまったのである。

 ぐじゃららっ、嫌な音と共に絡み合った二人は床に叩き付けられた。


 骨の何本か、折れたかも知れない。

 魔道着を着ているというのに。

 着ているからこそ、その程度で済んでいるともいえるが。


「いてて……」

「うちらが、治療が必要な立場になっちゃったあ」


 絡み合ったまま、激痛に顔をぐしゃぐしゃに歪め、しかしなお軽口をいい合っている二人。劣勢を自覚しているからこその態度なのかも知れないが、空回りに少し虚しくすらもあった。


「だったら今度は、あたしとお姉ちゃんの連係だあ!」


 オレンジ色の魔道着、赤色のスカート、あまやすが勇ましく叫び、激しく床を踏み付ける。


 白銀の魔法使いは無言のまま、「きなさい」とでもいうような、余裕の笑みを浮かべ、人差し指で手招きちょいちょい。


「本当は、魔法使い同士で戦いたくないけどな。……仕方ない。いけすかねえ顔の乗ったヴァイスタだと思えば、同じことか」


 えんじ色の魔道着に、赤色のスカート、保子の姉であるあまあきが身を低くし、白銀の魔道着を睨みながら剣を構えた。


「同じことの意味が分からないけどお、お姉ちゃん」

「分からなかったら辞書を引け!」


 双子の姉妹は、姉の明子を先頭にした一列になり、白銀の魔法使いへと突進する。予備動作も示し合わせもなく、いきなり全力疾走で。


 走りながら明子が、小さく振り上げた剣を、身構える至垂の長剣へと叩き付けた。

 がちっ、

 と火花。

 叩き付けた部分を軸にして、ふわりと身体が舞い上がる。

 至垂の頭上で、月面宙返りだ。


 と、至垂の目の前、いや眼下、床低くから身体を浮き上がらせつつ、飛び込む妹の保子。


 ヴァイスタ戦の際によく見せる、姉妹による連係攻撃である。

 上から明子が回転の勢いで剣で叩いたり蹴りを放つと同時に、下から妹が爪先に仕掛けた刃物か手にしたナイフで切り裂くのだ。


 飛び上がった明子は天井をとんと蹴って、真っ逆さま垂直落下しながら、至垂の首へと剣を叩き付けた。

 相手がヴァイスタであったならば、妹の攻撃を待つことなく、この一撃で決まっていたかも知れない。


 と、いうからには、決まらなかったのである。

 通じなかったのである。

 明子の攻撃は、白銀の魔道着を着た至垂の前には。


 至垂は、頭上から自分へと叩き付けられようとしている剣を、何ミリ、コンマ何秒、といった完璧な精度、タイミングで見切り、切っ先を二本の指でつまんで引っ張ったのである。

 不意に引かれて焦る明子の、逆さまの身体を、がっしり両手で脇を掴んで、足元に迫る保子の頭上へと叩き落としたのである。

 どぐっ、

 頭と頭がぶつかり合って、骨も折れたかという嫌な音が響いた。


 床に絡み合って意識を失っている、姉妹の姿。

 第二中の誇るエース姉妹も、至垂の前には赤子程度の存在感すらも発揮出来なかった。


「連係があ、とか要するに仲良しごっこかい? もっと仲良くなれるように、手伝ってあげよう」


 長剣を逆さに持ち変えた至垂は、


「一つに繋がれたら満足だろう」


 絡み合ったまま意識を失っている天野姉妹へと、微塵の容赦もないどころか、むしろ喜悦の笑みすら浮かべて、床ごと貫かんばかりの勢いで、切っ先を落としたのである。


 だが、次に聞こえる音は、骨を断つ音ではなかった。

 肉を裂く音ではなかった。

 響いたのは、


 ぎいん

 金属同士が、ぶつかり合う音であった。

 そして、床に硬い物が刺さる音。


 楽しげであった至垂の顔が、玩具をお預けされてちょっとつまらなさそうな、子供の表情に変わっていた。


 落とす長剣の切っ先が、弾かれたのである。

 そらされて、なんにもない床に剣は突き刺さったのである。


 赤毛の少女、アサキが、天野姉妹と白銀の魔法使いとの間に入って、剣を握り、はあはあと息を切らせている。


「充分に、休めましたから。後は、わたしが、一人で戦います」


 至垂へと強い眼光を向けていたが、ちらり視線を離して、仲間たちの顔を見た。それは決意を伝えるためかなんなのか、自分でも分かっていなかったが。


 分かっていること、

 正直、まったく休めてなどいないということ。


 至垂へ挑む者が、ことごとく、一瞬で返り討ちに遭ったため、体力どころか呼吸を整える時間も貰えていない。


 でも、やらなければならないんだ。

 立ち向かわなければ、ならないんだ。

 わたしが。


 だって、もう誰にも犠牲になんかなって欲しくないから。


 それに、そもそも、こんな状況になっている責任は、すべてわたしにあるのだから。

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