第06話 変 身
「えっと、一つ前置きしておこう。わたしも一応のところ、きみらと同じ『女』であるわけだが。さて、このことが、どのような意味をもつか、きみらに分かるかね?」
その手か、手の中にあるなにかが、部屋の淡い光を受けて鈍く光った。
いつからであったのか。
女性としては非常に大きなその無骨な手の中に、機械だかなんだか小さな物が握られていた。
それがなんであるのかいち早く気が付いたのは、
「クラフト持ってるぞ!」
叫ぶ自分の声を追い抜く速さで、至垂へと身体を飛び込ませながら、両手に握った剣を振り下ろしていた。
手の中の物を叩き落とそうとしたのか、腕ごとぶった切ろうとしたのか、それは本人のみぞ知るであるが、いずれにしてもその攻撃は軽々と避けられて、虚しく空を切るだけだった。
「いやあ危ない危ない」
半歩下がって紙一重でかわした白シーツの至垂は、しらじらしい涼やかな笑みをより強めると、両手を高く上げた。
掴む右手の隙間から、真っ白な光の粒子が吹き出した。
中に握られているクラフトから、激しい勢いで。
あまりの眩しさに直視出来ないほどの、強烈な光であった。
「変、身」
その輝きに、ぼそりとした声を乗せながら、至垂は両腕を下げて、胸の前で交差させる。
化粧道具のコンパクトに似たクラフトの、側面ボタンをカチリ押し込んだ。
爆風。
豪風。
烈風。
踏ん張らねば文字通り吹き飛ばされかねないほどの激しい風が吹いて、アサキたちの髪の毛がばさりばさりと激しくなびく。
至垂の全身から、魔力の粒子が吹き出しているのである。
体内に宿る莫大な魔力の、ほんの一粒、一握りが、ここまで凄まじい光を発しているのである。
全裸にシーツを巻き付けていた至垂であったが、目も眩む輝きによる逆光シルエットの中、そのシーツは吹く風に溶けて消える。
金色に輝く光がうねりながら集束して、大柄で筋肉質な彼女の肉体を包み込んでいく。
まとわりついた光は、質量を帯びた繊維状へと変化して、スパンデックスのレオタードに似た外観で全身を包み込む。
色はダークグレー。生地としては純白なのだが、黒い魔法文字が米粒大にびっしり書き込まれているため、そう見える。
頭上に浮かび回っているのは、岩石大の塊。それが不意に四散して、胸、首、腕、すね、防具として装着されていく。
さらに、ふわりと上着が落ちる。
男性の衣服であるモーニングや、薄地のコートにも似た、ただし袖のない服が、ふわり。
上半身を前に倒して、背中越しに腕を上げて通すと身を起こし、右腕を上げ、頭上からくるり回転しながら落ちてくる長剣の柄を、見もせず掴み取った。
目も眩む輝きが消えて、豪風がおさまった。
一変して、しんと静まり返った部屋の中。
その中央には、
「
あははははは、っと自分の台詞に受けて楽しげに笑っている間に、魔道着姿の至垂は囲まれていた。
広作班の、五人に。
誰の合図もなく動き出し取り囲んだ五人は、身を低くし、右手の剣と、左腕に装着された盾とを、油断なく白銀の魔法使いへと構えた。
はっと目の覚めた顔でカズミも、遅れてアサキや祥子たちも、慌てて武器を握り直して一歩を踏み出すが、
「我々だけでいいよ。せっかくのところ悪いけど、手負いの者たちはむしろ邪魔になる」
リーダーの
広域作戦班、略称
ここにいるメンバー五人とも、背が高くがっしりしており、顔付きも大人っぽく、威厳がある。
おそらくは、高校生なのであろう。
通例において、魔法力は二十歳程度になると、急速に失われてしまうのだが、その時がくるまでは年齢に伴って成長する。
もちろん鍛練による成長もある。
つまり素質が同じならば、中学生より高校生の魔法使いの方が優れているということに他ならない。
現に、カズミたちに助っ人参加で、
確かに、リーダーである
手負い云々関係なくとも、連係の邪魔にもなりかねない。
そう考えて、
「じゃあ、ここはお任せします。気を付けて」
アサキは一歩引いて、剣を下ろした。
状況が状況であるため、顔はまだガチガチに緊張の色を浮かべたまま。
だが、少なからずの安堵もしていた。
楽になれるという嬉しさがあった。
だって、ここまでの間ずっとほぼ一人で至垂と剣先を突き合わせていたのだから。
すっかり緊張の糸が切れて潰れてしまうところだったけれど、これで少しは、糸の補強が出来そうだ。
とはいっても、もうわたしなんかの出る幕はなくて、あとはこの人たちに任せておけばいいのだろうな。
そんなことを思いながら、せめてこのくらいは、と心の中で安堵のため息を吐くアサキであるが、吐き終える前に戦いは終わっていた。
「う……」
アサキの、呻き声。
驚愕の事態に、目を見開いて身体をぶるり震わせた。
周囲、カズミたちも同じような反応であった。
あまりの驚きに、言葉が出ないどころか、思考すら麻痺してしまっているのかただ呆けた顔で立っている。
至垂の足元四方に、広作班の五人が無様に倒れている、という光景に。
五人は、みな身体を切り裂かれている。
床を赤く染めている。
白い、つなぎの魔道着はズタボロで、覗き見える皮膚もぐちゃぐちゃであった。
一人は、右腕を切断されている。
一人は、太ももが皮一枚で繋がっているだけで、動脈から大量の血を噴き出している。
各々染め上げる血が、どんどん広がり繋がって、床は広大な、真っ赤な海と化していた。
凄惨な有様。
それ以外に、どう表現しようか。
「読み、違えていた。……まさか、ここまでの力とは」
うつ伏せに倒れている、広作班リーダーの
悔しそうに、歪んだ口を開いた。
広大な海の中央に立つ白銀の魔道着、至垂には、まったく息を乱す様子もない。変身前からの見下した薄笑いのまま、下げた長剣を緩く握っている。
なんという強さであろうか。
僅か一瞬のことではあるが、アサキにははっきりと見えていた。
攻防を、というよりは、白銀の魔法使いが広作班の五人を一方的に破壊していく様を。
なにも特別なことはしていない。
剣をかわしざま、その剣や持つ腕をとんと押して勢いを加速させ、相打ちをさせる。
それを繰り返しただけだ。
目に追えないほどの、手の動きや足さばきで、正確に。
おそらくは、自分以外の誰にも、見えていなかったのではないだろうか。
瞬きをしたら、みなが倒れていた。そう見えたのではないだろうか。
白銀の魔道着が持つ魔力調整能力と、本人の人類ならざる者つまり魔道器としての潜在力、その相乗や恐るべき。
だがアサキには、強さへの驚きそれ以上に、至垂の表情が許せなかった。
人を切るということに、生命の奪い合いをするということに、何故そんな楽しげに微笑んでいられるのか。
なんだと思っている。
人間を。
魂を。
自分と同じ、魔道器であるというのに、
不本意ではあるが、ある意味では、自分の親ともいえる存在であるのに、
何故にこうも、性質が相容れないのか。
こうも自分の野心しかないのか。
なにが「
なにが神だ。
「弱者は朽ちて、凄惨をより高める糧となれ!」
白銀の魔法使い、至垂は、笑いながら剣を振り上げた。
真っ直ぐ、振り下ろした。
血の海の中、腕を切り落とされた痛みに顔を歪めている、広作班の一人へと。
より凄惨を高めるための、とどめの一撃。
最後まで振り下ろされていたならば、きっと首が転げ落ちて、狂気の言葉は有言実行となっていただろう。
だが、その一撃は、
ガチリ
火花を散らせて、アサキの持つ剣に受け止められていた。
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