第05話 年貢を受け取る覚悟はあるか

「なにが嬉しくて悲しいのかね」


 白シーツを纏っただれとくゆうが、つまらなそうに尋ねた。


 アサキは、笑顔で涙ぐんでいたのである。

 床に倒れているはる、膝をついて手を取っているふみの姿に。


「しかし残念だ。まったく、余計なことをしてくれるよ。きみら二人は」


 至垂は、ふんと鼻を鳴らし、あま姉妹の顔を見た。


あきらくんの魂が絶望したら、りようどうくんとはまた別の面白いヴァイスタになるかな、って期待していたのになあ」


 ははは、と感情の読めない笑い声を出した。


「お、お前の、思う通りになど、ならんわ!」


 床に横たわっている治奈が、苦しそうな顔で、薄目と口を開いた。


「大丈夫? まだ寝てないと駄目だよ」


 隣で膝をついている史奈が、不安そうな表情で、姉の手をぎゅっと握った。


「心配いらん。お姉ちゃんはほう使つかいゆうたじゃろ。強いけえね」


 治奈は、まだ体力が回復していないだろうに、ゆっくり上半身を起こすと、妹へと微笑んだ。

 自分の胸を、どんと叩いた。

 起きたついでとばかり、床に手をつき、険しい顔で全身をぶるぶると震わせながら、身体を立ち上がらせた。


「もう……観念したらどうかのう?」


 ふらふらと足元が頼りないが、怒りからの気迫にぐっと踏ん張り、至垂の顔を睨み付けた。


「そして、悔い、土下座して詫びろ。なんの罪のない史奈へと、したことを。これまでの非人道的な実験の数々を。世界を思うままにしようなど、身に余る野望を抱いた傲慢を」


 ふらふらと頼りなく、でも毅然とした、怒気を含む表情で、アサキの横へと並んだ。


「そうそう、あんた令和に生きる人類の中で、一番ダサいんだよ」


 天野明子は、軽口なのか重口なのかを開きながらも、すっと動いて、リヒト所長を逃さじと背後へ回り込んだ。


「フミちゃんはあ、危ないから向こうの壁際のところにいてくれる? すぐ帰れるから、ちょっとだけそこにいてね」


 天野保子は、史奈へ優しい声と笑みとでお願いした。

 史奈が頷き壁へと向かうのを確認すると、自身も小走り、姉である明子の横に立って気合満面ナイフを構えた。


「四人で取り囲んだから、形成有利は決定的、というわけ?」


 虚勢か自信か、至垂は鼻で笑う。


 客観的には、リヒト所長の圧倒的劣勢であろう。

 アサキと治奈は手負いであるが、だが腐ってもアサキである。

 さらには、まだ戦闘をしていない無傷の天野姉妹がいるのだから。


 だというのに至垂からは、恐れ、不安は、まったく感じられない。

 それは、気味の悪いほどに。


 と、ここでさらなる状況の変化が起きた。

 ゲームを楽しもうと至垂があえて招いた、というわけではもちろんないだろうが、客観的な至垂の不利劣勢が加速する、そんな事態が起きたのである。


 不意に部屋の扉が開き、


だれとくゆう! お前にくみする幹部や科学者たちは、みな捕らえた。お前も、もう諦めて、おとなしく投降しろ!」


 五人の、白服の女性たちが入ってきた。


 全員、アサキが一度も見たことのない顔だ。

 少女というよりは女性といった、大人びた顔。

 みな大柄で、みな髪の毛は短くうなじを刈り上げており、一見すると男性だ。

 真っ白な魔道着は、上下ひと繋ぎという風変り。首から下は肌の露出がまったくなく、宇宙服をスリムにした感じといったSFめいた服である。

 五人それぞれ、右手には剣を持っている。

 左は素手だが、腕には小さな盾が取り付けられている。


 みな、胸に五芒星のバッジをつけている。

 それに気が付いただれは、


こういきさくせんはんか」


 ふん、と鼻で笑った。


 広域作戦班、略してこうさくはん

 メンシュヴェルトの指揮系統上層部に、直属している魔法使いたちであり、リヒトでいうとくたいに似た存在だ。


「我孫子天王台の、中学生の魔法使いマギマイスターたち、よく至垂徳柳を足止めしていてくれた。礼をいうよ」


 突然の新顔飛び入りに驚き戸惑っているアサキたちへと、広作班の一人が涼やかな笑みを見せた。


 アサキたち四人はまだ状況を理解出来ず呆然と突っ立っていたが、ここで追い打ち掛けるように彼女たちを驚き惑わす、いや、驚き歓喜させることが起きた。


「遅れてすまねえ!」


 また扉が開いて、青い魔道着を着たポニーテールの魔法使いが、叫ぶにも似たけたたましい大声を張り上げながら飛び込んできたのである。


 青い魔道着、あきかずである。


 彼女に続いて、さらに銀黒髪に銀黒魔道着のしましようが、

 そして、ぶんぜんひさを始めとして第二中の魔法使いたちが、ばたばたと部屋へ入ってきた。


 みな、魔道着がすっかりボロボロである。

 強化プラスチックの防具は砕け、頑丈なはずの魔道着繊維も裂けに裂けて、よく見ると裸に近い格好。よく見なければそうと分からないのは、みな自分自身の血と傷とで皮膚が真っ赤に染まっているからだ。


 驚きの追い打ちに口が間抜けな半開きになっているアサキであったが、やがてその顔に、じんわりと笑みが浮かんでいた。


「無事だと、思っていた」


 カズミの顔を見ながら、嬉しそうに目を細めた。


 友の優しい視線を受けたカズミは、ちょっと恥ずかしそうに鼻の下を掻きながら、唇を釣り上げた。


「死んでも死なねえんだよ、このカズミ様は。とはいえ、危ないとこだったけどさ。この広作班の姉ちゃんたちが加勢してくれて、なんとか勝てたんだ」


 魔道器と呼ばれる、魔道の力に優れた人造人間、その一人であるおさゆるにアサキたちは襲われてゆく道を塞がれたのだが、カズミたちは、アサキと治奈を先に行かせるために残り、戦っていたのだ。


 それがどれほどの激戦であったのか。

 少しやつれた顔、まだ整い切れていない呼吸、ズタボロになった魔道着を見れば一目瞭然だ。


 ただ、加勢を受けて勝てたとカズミはいっているが、その広作班がどう見ても無傷なのを考えると、ほとんど加勢は必要なかったのでないだろうか。

 つまり、この戦いの中で、カズミたちも急速に成長しているのだ。


「ん……」


 荒い呼吸をしながらカズミは、視線をアサキからすっと横へ動かした。

 その瞬間、びくりと大きく肩を震わせた。


「女だったのかよ、こいつ!」


 リヒト所長だれとくゆうの姿を、今やっとまじまじと見たのである。

 白シーツを巻き付けているため、先ほどと違ってもう裸ではないし、男性顔負けの隆々とした筋骨であるが、やはりこうして線がはっきり出る姿ともなれば、女性らしさは隠せない。


 アサキは、カズミの言葉に小さく頷いた。


「そう、わたしを作ったプロジェクトメンバーの一人であり、わたしと同じ女性型の……キマイラだ」

「作った? キマイラ? はあ? なにいってんだお前!」


 カズミの、疑問や驚きも当然だ。

 アサキと至垂が魔道器たるべく創造された合成生物キマイラであること、この中ではまだ治奈しか知らないことなのだから。


「そんな話は後だよ」


 つい自分で振っておきながら、アサキはピシャリと締めた。


「ああ、そうだな。なにがどうであれ、やるこたあ変わんねえ。おい、そこのだれとかいう男女おとこおんな、年貢を納める覚悟は出来たのか?」


 いいながらカズミも、アサキたちや広作班の魔法使いたちと一緒に、リヒト所長を取り囲む輪に加わった。


 人数や、装備の上では、どう考えても至垂の方が不利。

 しかし相変わらず、彼女からは、まったく焦りが感じられない。

 強がりであるのか、策あっての虚勢なのか。


 それが分かるのは、数秒後のこと。

 それは、この言葉から始まった。


「では、その年貢とやらを納めてあげるが。きみたちも、受け取る覚悟はある、ということでいいんだよね? いや、後から文句をいわれても、お互いに嫌な気分になるから念のため」


 と、謎めいたこの言葉から。

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