第06話 戦いはいつ終わる

 さい、と呼ばれる、琉球古武術の武器である。

 よくという鍔が鈎状に曲がっており、かたなけになる、全体としてじつに似た形状。だが棒の部分が、突き刺せるほどに細く尖っている。


 いままさに、その細く尖った部分が、カズミの胸に突き刺さっていたのである。


 全身黄色の魔法使いマギマイスターおさゆるが両手に持った二本のうちの、右手の一本が深々と。


「ぐっ」


 カズミは苦痛に呻きながらも、退いて抜こうとするどころかむしろ前進した。

 そうして距離を詰め、喉元めがけて水平にナイフを振るうのだが、反対に黄色いスカートの魔法使いおさゆるの方が素早く退いていた。


 ぶん、と切り付け損なったナイフは、いたずらに空気を焦がす。


 退かれたためさいが胸から抜けて自由になったカズミは、苦痛を堪えながら、再び前へと飛び込んだ。もう片方のナイフを、黄色いスカートの魔法使いへと、叩き付けるように振り下ろした。


 カチリ、

 釵の翼の部分で、楽々と受け止められてしまう。

 一撃で仕留められなかったことに、今度はカズミが床を蹴って後ろへ退いた。


「くそ、失敗した」


 苦々しげな表情で、ナイフを構え直しながら幼女を睨み、舌打ちした。


「やるねえ、青い魔道着を着たお姉ちゃん。急所を外すようにわざと刺されて、こっちの動きを封じ込めての攻撃を仕掛けるとはね」


 ふふっ、と楽しげに唇を歪めるのは、全身黄色の魔法使いおさゆるである。


「どうせお前もまた、化け物なんだろ。だから一撃必殺を狙ったんだけど、やっぱそう簡単にはいかねえか」


 負けじと、青い魔道着のお姉ちゃんも笑みを浮かべた。


「カズミちゃん! 無茶な戦い方しちゃ駄目だよ! い、いま治すからっ!」


 アサキが声を裏返し、カズミの横に付いて、胸に自分の手を翳した。

 ぼおっ、とアサキの手が薄青く、光り輝いた。


「無茶は駄目とか、どの口がいってんだあ? そもそも、こんなん別にたいした傷じゃねえよ」

「静かにして!」


 赤毛の少女は声を荒らげつつ、翳した薄青く輝く手のひらを胸の傷にぴたりと押し当てた。


 カズミの受けた傷は、右脇の皮膚と肉を貫いたのみで、骨には達していなかったようだ。アサキは、疲労に青ざめている硬い顔を、安堵した分だけちょっと表情をやわらげた。


「他人を構ったりして、そおんな余裕がああるのおおかなあぁ。赤毛のピンと跳ねたお姉ちゃん!」


 全身黄色の魔法使いおさゆるが、すっと滑りアサキへと下から潜り込むように肉迫した。

 右手のさいが突き上げられたと見えた瞬間、左手に握られたもう一本の釵が、その残像を突き抜けていた。


 少しでも油断をしていたら、尖った武器に顔面を貫かれて、アサキの生命はなかっただろう。

 アサキは、一撃を手の甲で弾いていた。

 弾きながら、前へと踏み込み、カズミ直伝の空手技である前蹴りから後ろ回し蹴りのコンビネーションを叩き込む。

 いや、込めは、しなかった。

 顎にヒットしたかに見えたのであるが、


「おっかなっ」


 ぎりぎりのところで、全身黄色の魔法使いおさゆるは、身を反らしかわしていたのだ。


「ごめんねカズミちゃん、治療途中なのに」


 ふらつきながらもアサキは、胸の前で腕を交差し、空手の構えを取る。

 全身黄色の魔法使いが、すぐ攻めてはこないと分かると、ぼそり呪文を唱えた。

 疲労に意識が乱れそうな気がして、念のため有声詠唱で。


 頭上の空間から、具現化した剣が落ちてくる。

 ちらりとも見ずに、右腕を上げて柄を掴んだ。


 剣を下ろすと、左手も添え両手で握り直す。

 切っ先を、おさゆるへと向けた。


 アサキの呼吸が、荒くなっている。

 肩で息をしている。

 まだ体力が回復していないのに、また戦ってしまったからだ。


 腕の力が、剣の重みにすら耐えられず、正眼に伸ばしていた切っ先が微かに震えて、数センチ、沈んだ。

 ぎゅ、と強くまばたきすると、震える手に力を込め、また切っ先を持ち上げた。


 そんなアサキの様子がおかしいのか、全身黄色の魔法使いおさゆるは、にやり楽しげに唇を釣り上げた。


「魔法力は、あたしらに匹敵するくらいたっぷり。でもお、肝心の、制御する己の肉体が、そんなボロボロじゃあねえ」


 ははっ、と笑う声に、カズミの怒鳴り声が重なった。


「アサキは一人でえ!」


 身を低く突進しながら、青い魔道着の魔法使いカズミは、胸の前に交差させた両手のナイフを、縦へ、横へ、躊躇いのない、目に止まらない速さで振る、薙ぐ。黄色スカートの、幼い顔の魔法使いへと。


 ひらりひらりバックステップで簡単に避けられてしまうが、カズミは、はなから分かっていたように突進の勢いいささかも落とさず、


「てめえみたいな化け物と、戦ってたんだ!」


 左右のナイフを、交互に叩き下ろす。

 落とし続ける。

 細かなステップでかわされて、際どいのは釵で弾かれるが、構わずカズミは、打ち落とし続ける。

 通じなくとも構わない、というか身体が勝手に動く。

 動き続ける。

 叫び続ける。


「だから仕方がねえだろうが! なのに、みんなの怪我まで治していて、休めてねえんだから!」


 右、左、右、左、反撃の隙を与えまいというよりは、仲間をからかわれたことによる激高であろう。

 腕がちぎれても構わない、そう思っているのではないかというくらいに、カズミの攻撃は矢継ぎ早、激しく、後先考えない無茶苦茶な動きで攻めに攻め続けた。


「頑張るねえ頑張るねえ。はははっ、頑張るねえ頑張るねえ。男みたいな喋り方する、青魔道着のお姉ちゃん。でもでもでーも、もーお飽きた、かなっ!」


 全身黄色の魔法使いおさゆるは、左手の釵だけで、二本のナイフを絡め取っていた。二本が交差する、一瞬を逃さずに。


 と、ほとんど同時に、右手の釵を突き出した。


 鋭い先端が、カズミの胸を突き刺し貫い……たかに見えたが、間一髪、ナイフを手放して、ごろり真横へ倒れ込んで、かわしていた。


 たったいままで、カズミの立っていた空間から、


「りゃっ!」


 治奈の持つ槍の先端が、鋭い叫びと共に突き出された。


 反撃の一突きが、ついに黄色の魔法使いを刺し貫くかに見えたが、そうなるには要素様々足りなかった。

 要は、黄色い魔法使いおさゆるが、一枚以上も上手だったのである。


 確かに意表は突かれたようであるが、ただそれだけだった。

 黄色の魔法使いは、自ら後ろへ跳んで攻撃の勢いを相殺。胸の、突き刺さるはずの一点に、非詠唱魔法で防御膜を一点集中。

 張った膜でまかない切れない残りの勢いは、魔道着の基本スペック範囲で楽々と吸収。


 治奈の魂込めた一撃は、確かに急所へと命中したが、結果としては魔道着の上から軽く押したという、ただそれだけであった。

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