第05話 黄色ずくめの女の子

 かつん。かつん。かつん。

 小さく、靴音が反響している。


 ぶんぜんひさあきかずりようどうさきあきらはるしましようのうえいほうらいこよみの七人が、歩いている。

 その靴音だ。


 彼女たちが履いているのは、スニーカーに似た、なおかつ底の軟らかな材質の靴。

 そのため本来は、タイル床であっても音はあまり立たない。

 ここの床が、防犯のため響きやすい構造になっているのだ。


 みな、その靴音をあえて隠そうともしていないし、潜入直後と違い不可視の魔法を使っていないため、現在は、魔力を持たぬ者からも丸見えの状態である。

 とうの以前に発見されており、指示された通りのところを通っているわけで、身を隠す必要がないのだ。


「とっととフミちゃんを取り戻して、シダレ野郎の顔を、別人かってくらいボッコボコのブ男にしてやる」


 青い魔道着、カズミが、胸の前で両手を組み、指の関節を鳴らした。


「いや、そう上手はくいかないよお」


 単に疲れた心身を自己鼓舞するだけの、カズミの言動であろうというのに、でもあえて文前久子は、楽観を戒める。


「なんでだよ!」

「考えてみて。仮に、約束通りフミちゃんを返してくれたとして、こっちはさらに……」


 少し口籠った後、思念通話同報送信を飛ばして、


『さらに、だれを捕まえようとしているわけで』


 それだけ伝えると、また口頭音声に戻って、


「こうして伏せてはみたけど、もう筒抜けなのかな。まあいいや。……こっちにそういう目的がある以上、なんにも起こらないはずがない」

「だとしても、行くしかねえだろ」

「そうだよ。油断はするな、覚悟はしておけ、そういいたいだけ」


 そんなやりとりを遮って、


「あ、あのっ」


 治奈が、おずおずとした態度で、震える声を発する。


 予期してた、とばかり、カズミがすぐその口を塞いだ。

 手のひらで覆ったのではなく、唇を上下ぎゅっと摘んで、アヒルの口みたくして押さえ付けた。


「また謝ろうとしたら、スコーピオンデスロックかけて泣かすからな。もしくは、あたしとアサキでツープラトンのブレーンバスター……と見せ掛けて、アサキの背後に回り込んでバックドロップだ」

「なんでわたしが攻撃されなきゃならないのお?」


 理不尽極まりないこといわれて、なんとも情けない顔になるアサキ。


 みんなの笑いに、アサキ自身も微笑を浮かべる。

 合わせて笑いながらも実は、胸の中は不安な気持ちでいっぱいだったが。

 先ほどまでは、希望に満ちたことを思っていたし、語っていたくせに。


 この通路を一歩、一歩、進むごとに、はっきりと高まる不安が、自分の中で可視化されて、暗雲がはっきりと見える。

 目的地には、間違いなく近付いているわけで、だからそう感じてしまう、というだけなのかも知れないが。


 でも、だとしたら、この胸騒ぎは本物、ということには、ならないか?


 いや。

 思わない。

 変なことは、考えないことだ。

 大丈夫。

 大丈夫だ。

 なにに不安であるのか漠然としているくせに、思わないとか大丈夫というのも変な話だけど。

 でも、大丈夫だ。

 前へ、進め。


 赤毛の少女が、自分の不安心と戦っているところへ、


「おい、あれ」


 みなに注意を向けるカズミの声。


 通路の向こうに、人が立っている。

 女性、女の子だ。

 小学生か、中学生になったばかりか、と思って不思議ではない小さな女の子だ。


 長い長い髪の毛は、おでこ全開で、すべて後ろへとまとめて一本に編んでおり、床までつきそうだ。


 顔以外のすべてが、覆われている。

 黄色の服、防具で覆われている。

 スカートも黄色、タイツも靴も、ことごとくが黄色だ。

 ここに、このような格好でいるこということは、魔法使いマギマイスターなのだろう。


「道案内が待ってる、っていわれたんだけど。お前のことか?」


 幼女のような、見た目のせいだろうか。

 警戒心をまるで感じていないような態度で、カズミは女の子へと足早に近寄っていく。


 すると、女の子の方向からも、


「まあねえ。あたし、おさゆる。皆さんどおもお、深夜なのにご苦労さあん。ま、深夜でご苦労はお互いだけどねーえ」


 さかさか足を動かし、近寄ってくる。


「じゃあ案内して貰おうか」

「うん。地獄へね」


 一体、いつ取り出したのであろうか。

 時代劇のじつに似た奇妙な武器が、カズミの胸に、深々と突き刺さっていた。

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