第04話 しばらく休もう
亡骸の、特別葬が終わった。
四肢すべてを切断されていたり、あまりにも酷たらしい死に方であったため、遺体を保存して後日に通常葬儀を行うのは不可であろう。
という
骨も粉と化し空気に溶けるほどの、高温高熱で。
我孫子市第二中魔法部、
リヒト特務隊、
この、五人を。
なお、火葬対象は五人であるが、葬儀対象は六人である。
第二中、第三中、生き残った魔法使いたちが、目を閉じて冥福を祈っていると、
ガザッ、
と、ノイズが部屋の空間内に響いた。
響いたその瞬間、そのノイズに男性の声が被さった。
「思念通話の同報送信で、なにを話していたんだね?」
空間配置スピーカーから聞こえる、リヒト所長、
「そんな特殊鍛錬が必要な能力、誰も持ってなんかいませんよ。我々が戦うべき相手はヴァイスタだけなんだから、リストフォンで通話すれば済む話でしょう」
にべない態度で言葉を返す、第二中サブリーダーの
勿論、嘘である。
彼女こそが、ここでたったいままで、訓練された同報送信の能力を使い、アサキたちへと潜入作戦の経緯を話していたのだから。
はぐらかすと同時に、ヴァイスタと戦うための組織を私物化してやりたい放題の至垂に対してチクリと嫌味の針を刺したものであろう。
「知っていて、ということだろうけど……短時間だったから魔道波周数の座標変位を追えなくて、通信内容の解析が出来なかったんだ。でも、いまさら隠しても仕方ないことだろ、内容を教えてくれてもいいんじゃないかあ?」
ねっとりとした笑みを浮かべているのであろうと想像が容易な、ねっとりとした声。
「ですから、思念通話なんか誰もしてません。センサーが故障しているんじゃないですか? それよりも、襲いくる三匹の化け物は、束になってしっかり倒しましたけど」
束になろうと構わないからリヒトの魔法使いと戦って、倒せたならば
口約束ではあるが、そのため彼女たちは、
「分かってる。よもやよもやの逆転劇、楽しませて貰った。……ゆっくり治療してから、こっちへくるといいよ。通路へと出て、真っ直ぐ進めば、道案内がいるからね」
「あの、妹は、フミはっ」
どこを見て話せばいいのか、きょろきょろ戸惑い慌てた様子で、割り込み尋ねるのは治奈である。
どのみち仕掛ける潜入作戦であったと、経緯について文前久子から聞かされようとも、現実問題、自分の妹が人質に取られているわけで、救出が一番の優先事項なのは当たり前の話だ。
聞こえているのかいないのか、至垂はまったく応えず自分の言葉を続けるだけだったが。
「あまりにゆっくり過ぎても、いつわたしの気が変わるか分からないけどね。でもまあ、いまのところ全部計画通りだから、機嫌はいいんだ。それじゃ、待っているね」
ブヅッ、
通信が切れたか、微かなノイズ音。
「なあにが計画通りだか」
「負けちゃって悔しーっ、とか思ってるくせにさ」
バカにしていて、まったく楽しくはなさそうであるが。
それはそうだ。
勝つには勝ったが、何人もの仲間が殺されたのだから。
史奈についての質問は、回答のないまま通信は切れてしまったが、間接的に無事とも取れるいい方であったためか、史奈の姉は、力抜けたように崩れて、床に尻をついた。
体育座りで膝に顔をうずめると、ふうっと安堵のため息を吐いた。
すねに腕を回し抱えているその手に、静かに誰かの手が伸びて、そっと優しく握った。
「大丈夫だよ、治奈ちゃん」
気を失って床に倒れていたはずの、アサキであった。
横になったまま、治奈の手を握っていたのである。
「ありがとう。……目覚めとったか」
「うん、いまの会話でね」
そういいながら、上半身を起こそうとするアサキであるが、
「あ、あれ……」
力を込めども、身体が起き上がらなかった。
「無茶せんで、まだ横になっとらんといけん」
「うん。ありがとう」
体力がまるで回復していないというだけなのか、張り詰めていた気力の糸がぷつり切れてしまったからなのか。
ままならぬ身体をもどかしく思いながらアサキは、天井を見上げたり、なんとか自由になる首を動かして、周囲を見回したりしていた。
「亡くなった、人たちは……」
ふと気になり、尋ねた。
「火葬にした。魔法で燃やして、もう簡易葬儀も済ませたけえね」
「そうか……」
ず、
アサキは天井を見上げたまま、鼻をすすった。
ぼろり、涙が頬を伝って、床に落ちた。
もう一回、鼻をすすった。
少し時間が経って、さらに少し身の自由が戻ったアサキは、身体を捻ってうつ伏せになった。
なんとか腰を浮かせて、膝を引き寄せて、カエルみたいなほとんど潰れた四つん這いの姿勢で、ずるりずるり、
「どうしたの?」
びっくりしている宝来暦の、お腹の傷口へと、アサキは手を翳した。
翳した手が、ぼおっと薄青く輝いた。
治癒魔法を施しているのである。
「一番、酷い怪我をしてそうに見えたから」
そういうとアサキは、治療の手を翳しながらニコリ笑った。
「いいってば、令堂さん、自分がそれどこじゃないでしょお。酷い怪我してんのどっちだよお」
「じっとしてて!」
「……分かった」
いわれるまま、宝来暦は治療を受け入れた。
くっ、
急速治療による激痛に呻き声を上げるが、それきり、おとなしくなった。
「気力と体力は、食べたり眠ったりしないとならないけど、せめて苦痛が少しでもやわらげばと思って」
「ありがとう。優しいね、令堂さんは」
「そんなことないです」
「さっきはキツイこといっちゃって、ごめんね」
「いえ、わたしこそ無神経でした」
腹や腕、一通りの治療を施し終えたアサキは、またほとんど腹這い姿勢で移動を開始。
今度は、
全身に酷い怪我を負っている永子の、首のあたりに手を翳し、ゆっくりと下腹部へ向けてズラしていく。
永子は、先ほどのアサキと宝来暦のやりとりを見ていたためか、すんなり治療を受け入れはしたものの、
「気持ちは嬉しいけど、大丈夫なの?」
ただ世話になるのも気恥ずかしいのか、照れをごまかすかの表情で尋ねた。
「わたし、魔力だけはいくらでも湧いてくるから。ならわたしが治療役になった方が、効率がいいじゃないですか」
そういうとアサキは、ふふっと笑った。
カエルみたいな、変な格好のままで。
「さて、みんな聞いて」
自分の声に注意を促すのは、
「令ちゃんのいう通り、気力と体力、つまり元気は魔法で回復出来るものじゃない。だからせめてもう少しだけ休んで、そうしたら、二つにグループ分けして、まだ元気な組から先に進もう。クタクタ組は、もうしばらく休んで、後から追う。なにが仕掛けられているか分からないから、別働隊という意味でも有効だろうし。というわけで、しばし休憩っ」
そういい切るとサブリーダー文前久子は、ばったりと後ろに倒れた。
恥じらいもへったくれもなく、スカートなのに足を組み。
両手も組んで枕にし、目を閉じた。
みなも状況を理解し、思い思いの休息に入った。
真似をして、ばたり倒れる者。
床に座ったまま、がくり項垂れている者。
カズミは、久子のように床へと倒れたが、すぐに上半身を起こし、
「ほらお前もっ」
「うわ」
アサキの首に腕を回すと、一緒にばったん。
せっかく、まだ四つん這いながらもカエルより少しだけ姿勢を高く出来るようになっていたのに、またぐしゃり潰れてしまった。
「フミちゃん助けに行く目的がある以上は、あたしら第三中の者は、どうであれ先発隊として行くしかないんだから。目を閉じるなどして、少しでも休めておけよ。もう一回、眠ったっていいんだからな。まあ、寝言であの下手クソな歌を歌いやがったら、思わずエルボーかましちゃうかも知れないけど、そこは覚悟しとけ」
涙ぐましい、カズミの軽口であった。
本当は全身を襲う疲労と激痛の辛さに、泣き叫びたいほどてあろうに。
「分かった」
そんな気持ちが分かるからこそ、アサキはいわれた通り、そっと目を閉じた。
ちょっとはしたないけれど、と思いながら、大きく手足を広げて、大の字になった。
そのまま目を閉じていると、
ごろん、ごろん、
「ありがとう、二人とも」
治奈が、横たわったまま転がってきた。
カズミにぶつかりストップすると、
「ほんま、ありがとうな」
もう一回、礼をいった。
史奈のために、ということだろう。
「なにをいってやがんだ、お前。
史奈の誘拐はことを急ぐきっかけであり、ここへはどのみち乗り込むつもりだった。
つまりは治奈がそこまで自責の念にかられる必要はない、ということであるが、
「聞いておったけど……それでも、お礼をいいたいんじゃ。というか、さっきのカズミちゃんの言葉と矛盾しとるじゃろ!」
「どこがだよ」
大の字に寝っ転がって二人のやりとりを聞きながら、アサキは微笑を浮かべていた。
そうだ。
世界が、とか、幹部の懐柔が、とか、いくらいわれようとも、フミちゃんの救出に勝る優先事項はない。
わたしにとってはそうだし、きっとカズミちゃんだってそうだ。
分かっているからこそ治奈ちゃんはそれが嬉しくて、同時に申し訳ない気持ちになるんだ。
親友なんだし、遠慮なんかいらないというのに。
助かるから……助けるから、大丈夫だよ。
フミちゃんは、絶対に大丈夫だ。
さて、少し休憩をしたら、この部屋を出発だな。
あと少しだ。
頑張ろう。
クタクタで、どこまで動けるか、分からないけど。
なにがどうでも、フミちゃんだけは絶対に助けるぞ。
フミちゃんを救出したら、そこでとりあえず、わたしたちのすべきことは終わりだ。
メンシュヴェルトをリヒトから取り戻すべく、集めた魔法使いをここへ突入させるということだけど、わたしたちは手伝えない。
もう、そんな体力は残ってない。
幹部の人たちや、わたしたち以外の魔法使いに任せよう。
わたしは、戻ろう。
天王台に帰って、しばらく休もう。
身体を休めたら、また、わたしにとっての日常が始まる。
それは、学校に通うことであり、ヴァイスタから人々を守ること。
普通の人の、普通の女の子の日常とは、違うかも知れないけど。
でも、守り続けていれば、いつか科学も進歩して、そもそもヴァイスタがいないという世の中に、きっとなるだろう。
それはつまり、絶望する魔法使いがいない世界。
それでも、地球の上では争いや、悲劇は、なくならないのかも知れないけど。
でもそんなことは国の偉い人たちに任せて、まずわたしに出来ること、魔法使いとして、やれることをやっていこう。
小さな一歩の積み重ねだけど、なるべく一人でも、人々の笑顔を守れるように。
「さあ、そろそろ、行こうか」
文前久子が、ふらつきながら、立ち上がった。
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