第03話 ここは地獄か

 現れたのは、赤毛の、赤い魔道着の、魔法使いマギマイスター

 りようどうさきであった。


「アサキ!」

「アサキちゃん!」


 カズミとはるが、嬉しそうに声を掛けた。

 暗雲の中に、小さな光明を見付けた。

 そんな、二人の笑顔であった。


 わずかに唇を釣り上げ、笑みで応えるアサキ。

 よく見るまでもなく、酷い有様である。


 防具は砕かれ、魔道着はいたるところ裂かれている。

 腹のこんもりとした傷痕の生々しさ。まだ血が乾いておらず、ぐちゃぐちゃだ。剣で深く貫かれるなどされ、応急処置を施したものだろう。

 さらには、左腕だ。

 肘から先が、なくなっているのだ。

 自身の右手に掴まれているのが、それであろう。先ほど巨大化して白魔道着の全身を掴んでいたのが、それであろう。


 その凄惨な様に、カズミたちの目が驚きに見開かれる。

 狼狽もしないのは、自分たちも地獄を潜り抜けてきたからだろう。

 仲間の死を見てきたからだろう。

 カズミたち、

 第二中の魔法使いたち、

 彼女たち自身に降り掛かった惨劇、惨状がなかったならば、きっとアサキのその姿に飛び上がって、慌て、泣き喚いていたことだろう。


 アサキの視線は、焦点が合っていなかった。

 疲労か、怪我か、少し朦朧としているようである。


 頭をふらつかせ、ぜいはあと息を切らせながら、アサキは、掴んでいる自らの左腕を、切断面に合わせる。

 持っている方、右手が、ぼおっと薄青く輝いた。

 魔法による治療である。


 腕の接合治療を施しながら、アサキは、ふらふらとした足取りで歩く。

 爪先が、なにかに触れ、視線を落とす。

 足元に倒れているのは、白スカートの魔法使い、斉藤衡々菜の死体であった。


 アサキの朦朧とした顔が、わずか変化していた。


「生命まで奪わなくても……」


 壮絶な生命の奪い合いをしていたはずの、相手の亡骸。

 だというのに、生命の尊厳を尊重してしまう、哀れんでしまう、罪は憎んでも人を憎むことが出来ない。

 それが、アサキという少女なのである。


 もちろん、その考え方が万人に受け入れられるはずもない。


 アサキは、胸ぐらを掴まれていた。

 ほうらいこよみに掴まれて、強く引き寄せられていた。


「ねえ、状況分かってる? よく見てものをいいなよ!」

「え……」


 まだ半ば意識朦朧としていたアサキは、そういわれ、あらためて周囲を見回した。

 ひっ、と息を飲んでいた。

 これまでないほどの、驚きと、悲しみが顔に浮かんでいた。


 ここは地獄なのか。

 そんな光景に、アサキは、立ち尽くしていた。

 青ざめた顔で、肩を震わせながら。


「これは……」


 震える、アサキの唇。

 震える瞳。その、瞳に映るものは少女たちの死体であった。

 血の匂いに満ち満ちた空間に倒れている、死体であった。


 焦げ破れ半裸に近いが、黒いスカートの魔道着、やすながやすが、顔面をざっくり真っ二つに、叩き割られている。


 それと、見たことのない魔法使い。

 四肢を切断されており、口の中を剣で貫かれている。

 真っ白髪なのは元からか、死の恐怖のためか。

 アサキは知らないが、さかんぼうやすである。


 そして、第二中の魔法使い、

 ひろなかみなが、真っ白髪の魔法使いと同様に四肢を切断されてこと切れている。


 のぶもときようが、頭を叩き割られて血の海の中に倒れている。


「酷い……なんで、こんな……」


 アサキはショックのあまり床に崩れ、項垂れた。


 すぐに、すすり泣く声が漏れ始めた。

 ボロボロと涙をこぼし、アサキは泣いていたのである。


のぶ、さんは?」


 顔を上げ、宝来暦へと尋ねる。


 返答まで、一瞬だった。

 平気だというわけではなく、単に問われる予想が出来ていたということだろう。


「死んだよ。超魔法を爆発させて、あとかたなく吹っ飛んだ」

「え……」


 床に手をつき、頼りなげな顔を上げたままのアサキ。

 その顔が、その表情が、硬直していた。

 凍り付いていた。


 宝来暦は続ける。


あきらさんの妹を助けるためにね。活動エリアが違うのに、隣だってだけで。リーダーも、みな先輩も、きようちゃんも、死んじゃったよ」


 少し自虐気味にいうと、ずっと鼻をすすった。


「ごめん!」


 治奈は、泣き出しそうな顔で、深く頭を下げた。


「うち一人でくるべきじゃった。うち一人で死ぬべきじゃった。巻き込んでしまって、申し訳ない……」

「それは違う!」


 アサキの、立ち上がりながらの大声に、治奈はびくり肩を震わせた。


「わたしを、追い込むためなんだ。そのためにわたしの仲間の、家族が、人質に取られた! わたしが悪いんだ。リヒトには用心すべきだった。でも、まさかこんなことに……ここまでする人だなんて、わたし、知らなかったから……本当にごめ……」


 今度はアサキが、深く頭を下げ謝ることになったのであるが、


「あたしこそ、ごめん!」


 謝罪の連鎖。

 宝来暦の声が、アサキの声を掻き消した。


「八つ当たりだよ。自分の器の小ささが嫌になる。……本当は、明木さんも令堂さんも関係ないんだ。あたしたちがここにいる理由は」

「え」


 ぽかん、

 アサキと治奈は口半開きで、頭を下げている宝来暦を見つめていた。


「……そういや、さっきあいつが死ぬ前に、なんかいってたな。どのみち、ここへ乗り込む気だった、って」


 カズミのいうあいつとは、万延子のことである。


「え、それは……カズミちゃん、それはどういう、こと?」

「知らねえよ。生きてりゃ教えてくれるって話だったけど」


 次の瞬間、

 どっと脳内に、言葉が入り込んできた。

 アサキ、治奈、カズミ、

 祥子、暦、永子、

 ここにいる全員の脳内に。


『ちょっとだけならバレずに、思念通話の同報送信が出来るだろうから。わたし得意だから。簡単に説明するね。たぶんどこかに、カメラやマイクがあって、普通に話すと聞かれちゃうから』


 言葉が、意識が、全員の脳内、全員の意識へと、染み入っていた。


 文前久子の言葉、意識が。


『間違いなく、聞かれているはず。わたしもさっき、あっちの部屋で戦っていた時、急にだれ所長の声が聞こえてきて、会話をしてたから』


 割り込む思念は、アサキのものである。


『令堂さん、やっぱり凄いね。思念の同報送信なんて、専門の訓練を受けなきゃ出来ないものなのに。


 ああ、話の続きね。


 だれがリヒトの所長になってからの暴走ぶりは凄まじく、目的のためには手段を選ばず。いつの間にか、メンシュヴェルトも半分以上が彼の手中に落ちている。


 あれこれ理由をつけて自己を正当化しながらも、自分の野望のためだけに動いていることは明白。

 仮に世界のためだとしても、だからって、なにをしてもいいわけじゃない。


 と、そんな理由で、まだ懐柔されていない幹部が、秘密裏に集まって、立ち上がったんだ。

 腐った芽を摘むために。

 人間を絶望させ、ヴァイスタに変え、野望をかなえよう、などというクズを駆逐するために。


 じわじわ裏で戦うのは分が悪い。

 乗り込んで、一気に至垂を捕らえる。

 そう作戦を立て、準備を進めている矢先、今回の、明木さんの妹を誘拐するという至垂の大暴走が起きた。

 おそらく、オルトヴァイスタのことで、なにか確証を得たんだ。


 スギちゃんと話し合い、

 予定を変更して、一足早くリーダーが、祥子さんを誘い第三中に合流。先に乗り込んでいて貰って、

 少し遅れて、わたしたちが到着したというわけなんだ。


 フミちゃんを救い出し、至垂徳柳を捕らえるために。

 でも、救出作戦自体が、ちょっと違う方向になってしまったけど』


 早々に潜入に気付かれて、特務隊のとの戦いになってしまったからだ。


『いつから、そんなこと……知っていたなら、教えてくれれば……』


 思念でアサキが尋ね、責め、唇を噛んだ。

 分かっていれば、覚悟も出来たし、

 また、違う結果を導くことも、出来たかも知れないのに、と。


『ごめん。わたしたちも、スギちゃん、杉崎先生から聞いたばかりで。本来は、まだ末端の誰も知らないことなんだ。……そちらのぐち校長の件は、リヒトの秘密を探ろうとしていたからといわれているよね。おそらくその通りで、でも、極秘極秘であったからこそ、繋がりを辿られることなく、だから、彼一人だけが見せしめということで収まった。上層の極秘主義は、我々を守るためでもあるんだよ』

『そうなんですね……』


 ひとまず、知りたいことを知ることが出来たから。

 と、いうわけではないのだろうが、アサキはそう思念を飛ばすと、ふらりぐらり、身体をよろめかせて、床に倒れた。


 気を失っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る