第02話 かたき、討ったよ

 どう、と前のめりに倒れるやすながやすの身体。

 ばっくりと深く割れた顔から、血が流れ出し、床に海が広がっていく。


 消失感、というのだろうか。

 血塗られた剣を持つ、ぶんぜんひさの顔に、浮かんでいるのは。

 憐れむでもなく。

 怒りも満足もなく。

 ただ深い悲しみと、虚しさがあるのみ。


 虚しさという風に吹かれて、ただ立ち尽くしている久子であるが、やがて、ぎこちない笑みを作ると、小さく口を動かした。


「かたき、討ったよ。リーダー。みなきよう


 それだけいうと久子は、言葉を詰まらせてただ身体を震わせていた。

 やがて、ボロリ大粒の涙をこぼすと、声を上げ、泣き始めた。

 泣き続けた。

 立ち尽くしたまま、いつまでも。


 しんと静まり返っている部屋の中で、その悲しい泣き声だけが、微かに反響し続けていたが、第二中の仲間であるのうえいほうらいこよみが、触発されて我慢出来なくなり、大泣きを始めた。


 カズミや治奈、祥子も、しんみりとした表情で下を向き、やり場のない悲しさを必死に堪えている。


 それがどれだけ、続いた頃だろうか。


 突然、

 どおおおん、と爆弾でも爆発したのか、低い轟音に部屋が揺れた。


 壁の一面が崩れると、人が楽々通れるほどの大きな穴が出来ていた。


 先ほど、リヒトの白スカートの魔法使いに、アサキが透過魔法で引き込まれた、出入り口のない部屋。壁が崩れたことで、その部屋と繋がっていた。


 大穴のすぐそばには、壁が崩れて瓦礫と化した以外に、なにか巨大なものが落ちている。


 それは、人間の、拳?

 切り落とされた腕?

 だが……

 それは桁外れの大きさであった。


 その巨人の手の中には、白いスカートの魔法使いが、全身をがっしりと掴まれていた。

 リヒト特務隊の、さいとう、先ほどアサキをこの向こうの部屋へと連れ去った魔法使いである。


「アサキの……巨大パンチか?」


 カズミが、乾いた唇を動かしてぼそり呟いた。


 その言葉を合図にというわけではないのだろうが、巨大な手は突然、音もなく小さくなっていく。

 白いスカートの魔法使いを、ごろり転がしながら、普通の少女の大きさに戻った腕は、ふわり浮かび上がると、壁の穴の奥向こう、暗がりの中へと消えた。


 残された、白スカートの魔法使いは、うつ伏せに倒れたまま、ぴくりと手の指を動かした。


 うう、

 く、

 呻き声を発した。


 その様子を見ながら、ほうらいこよみは、イラついたように舌打ちをした。

 剣を握る手にぎゅっと力を込め、歩き出した。


 スカートタイプの白魔道着、リヒト特務隊のさいとうは、頭をぶるぶるっと震わせると、上半身を起こした。

 手をつき、膝をがくがく震わせながら、立ち上がった。


 部屋の奥に誰か、おそらくアサキがいるのであろう。

 こちらにまったく気付いていないのか背を向けたまま、白い魔法使いは、奥の部屋にいる誰かに向けて、狂っているかのような凄まじい絶叫を発した。


「さいきょうのおおおおおお、魔法使いはあああああああ」

「うるさい」


 宝来暦は、小さな声でそういいながら、剣を斜めに振り上げた。

 切っ先に掛かった振り上げる遠心力が、白スカートの魔法使い斉藤衡々菜の後頭部を砕き、肉や神経をごそりえぐっていた。


 意識を永久に失ったその身体は、力抜け、どうんと前のめりに倒れ小さく弾んだ。

 砕かれた後頭部のばっくり空いた亀裂から、じくじく血が流れている。

 それは周囲を、見る見るうち真っ赤に染めていった。


 大穴の向こう、奥の部屋の暗がりから、微かな息遣い。

 そして、ずるずると、なにかを引きずる音。

 それが少しずつ、大きくなってくる。


 暗闇の中から、人影が見えた。

 それは、ズタボロになった血みどろの魔道着を着た、赤毛の少女であった。

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