第01話 アウト? セーフ?


 目が溶けるが先か、潰れるが先か、というほどの凄まじい爆発閃光であった。

 だというのに揺れはごく微か、音もほとんど聞こえず、爆風はそよ風。

 すべては直径数メートル、描かれた魔法陣の上でのみ、起きているのである。

 原子陽子すらも粉砕され消滅しそうなほどの、凄まじい規模の大爆発、大獄炎が。


 あまりにも静か過ぎて、

 目の前のことであるのに、まるで映像を見ているかのようであった。

 現実では、ないかのようであった。


「リーダー!」

のぶ!」

よろずう!」


 でも、これは現実だ。

 間違いのない、現実だ。

 そう分かっているからこそ、みなは泣き、叫ぶのだ。

 口々に、悲痛な絶叫を放つのだ。

 爪が食い込み刺さるほどに、拳をぎゅっと握るのだ。


 我孫子第二中の魔法使いマギマイスターたち、そして、カズミが。


 第三中のはるしようも、唖然呆然、ただ潤んだ瞳を震わせている。

 目の前の大爆発に、そのもたらすであろう結果、訪れるであろう結末に対しての、己の無力さに、ただ、ぎゅうっと拳を握り締めている。


 大獄炎も、やがて勢いを弱め、

 すべてを溶かしそうな真っ白な光も、やがて消え、

 魔法陣の上に、もうもうと立ち上っている煙が、ゆっくりと晴れていく。


 魔法陣の包む空間の、外側を薄くこそいだのか、描かれた魔法陣は既に消えており、こそがれた分だけ床が磨き上げたかのように綺麗になっている。


 その綺麗になった床に、人が倒れている。


 泣き叫ぶ魔法使いたちの一縷の希望、それを無残に踏み砕く残酷な結末が、そこには待っていた。


 倒れているのは、二人だけだったのである。


 やすながやすと、

 さかんぼうやす


 この二人が、皮膚の半分が焦げて炭化した状態で倒れているのみ。

 よろずのぶの姿は、どこにも存在していなかった。


 魔道着の、切れ端? ひらりひらりと舞い揺れながら、もともと薄水色だったであろう焦げた繊維が床へと落ちる。

 床の上。棒状に、消し炭の粉末が敷かれた、その上に。


 延子の、木刀……


「うあああああああ!」

「延子おお!」


 第二中の魔法使いたちの慟哭が、さらに激しくなった。

 膝を落とし、床を叩き、叫び、震えていた。


 そんな中、涙をボロボロこぼしながらも、ほうらいこよみは項垂れていた首を上げて、ぎろり睨み付けた。

 倒れている、二人の魔法使いを。まるで、鬼の形相で。


「う……」


 うつ伏せに倒れているさかんぼうやすの、微かな呻き声。

 同時に、指がぴくりと動いていた。


 横向きに倒れていたやすながやすの身体が、ごろりと仰向けになった。

 ぜいはあ息をしながら、ぷるぷる震えながら、左右の腕を小さく持ち上げた。

 彼女は、目の前に運んだ自分の手を、ゆっくりグーパーさせながら、焦げてかさかさになった唇を動かした。


「まだ……死んでねえ」

「そりゃお互い残念っしたあ!」


 ガツ!

 宝来暦が、やけくそ気味に叫びながら、康永保江の半分焦げた頭を蹴飛ばした。


「がふ」


 起き掛けた康永保江の身体が、また床に転がった。


 見ながら、宝来暦はだんと激しく床を踏んだ。


「あたしたち、もう体力なんか残ってないんだ。まだ全然、回復なんかしてないんだ。……だから、一瞬で楽にしてやるとか器用なことは出来ないから、覚悟、決めておきな!」


 そういうと宝来暦は、ふらついた足取りで剣を振り上げ、康永保江の背へと、叩き下ろした。


 ぎゃう、

 と天井貫く凄まじい悲鳴が上がった。


 襲うは悲鳴以上の激痛であろう。

 ほとんど素肌も同然の、なおかつ背中、なおかつ背骨へと、金属の塊が叩き付られたのだから。


 拳を爪が食い込むほど握り締め、顔を歪めて呻く、康永保江の姿。


 それに満足した、というわけではもちろんないのだろうが、見下ろす宝来暦の視線、その対象が、今度はさかんぼうやすへと向いた。


「お前はさあ、さっきさあ、ええっと、みなに、こんなことしたっけえ!」


 高く剣を振り上げると、自らの腕がへし折れても構わないというほどの激しい勢いで、振り下ろしていた。


 肉が潰れる音。

 骨の砕ける音。

 不快で不気味なハーモニーが、静かな部屋の中に響いた。


 さかんぼうやすの右腕が、胴体から離れて、床に転がった。


 凄まじい絶叫が上がるが、宝来暦は顔色一つ変えず、左腕にも同様に剣を振り下ろした。


 さらには、

 右のももを付け根から。

 一度では切断出来ずに、二回、三回、ぶちゅり、がつり。


 喚き悲鳴は、まるで断末魔。そんな悲鳴に、まったく顔色を変化させることなく、単純作業的に今度は左のももを、ぶちゅり、がつり。


 もともと血液が枯れていたためか、切断面からあまり血は出ていない。

 しかし痛みは現実で、傷を押さえて堪えようにも、押さえる腕は既になく。さかんぼうやすは、顔を歪めること、喚くこと、残った胴体をのたうち回らせることで、身に起きている地獄をやわらげようとするしかなかった。


 同情心の微塵もない冷たい表情で、宝来暦は見下ろしている。


「ええと、それでなんだっけえ? 『そんな豚みたいな姿で、失礼だろ!』だっけ? うん、確かに失礼だよねえ。お前のその姿がさあ。生き様がさあ。心がさあ! 魂がさああああ!」


 恐怖に見開かれるさかんぼうやすの瞳に映るもの、それは、両手で逆さに握った剣をゆっくりと持ち上げる、宝来暦の姿であった。


「わああああああ!」


 大きく口を開いて、震える悲鳴を上げる、その口の中へと、剣の切っ先が突き落とされた。


 切っ先が口の中を突き刺し、首から突き抜け、突き抜けた先端が、カチリ床を叩いた。


 恐怖に見開かれた瞳が、すっかり濁っていた。

 光が消えていた。


 絶命、していた。


 その、死体の胸を踏み付けて、剣を引き抜いた宝来暦は、


「さて、と」


 隣に転がっている、康永保江の頭を、強く蹴った。


「がふっ」

「うるさいよ!」


 呻き声に腹を立てて、もう一度、頭を蹴った。


 康永保江は、また蹴られるかも知れないこと構わず、必死に、首を振り、口を開いた。

 焦げてかさかさの唇を動かして、


「お、お前たちのっ、勝ちだ。あたしの負けだ。悪かった」


 必死に、かすれた言葉を発する。


「つうかよっ、雑魚ども二匹を殺したのはあたしじゃないだろお! もうかたきは討っただろ! ヨロズとかいう女も、自分で勝手に吹っ飛んだだけだあ! あたしがなんかしたのかおよおお!」

「はあ?」


 宝来暦、目が点である。


 呆れて動けないでいるのを、弁明の機会を与えられたと思ったか、黒スカートも燃え尽きて半裸も同然の魔法使いは、ちょっと待て待てといいながら、ふらりよろりと起き上がり、


「こいつだあ!」


 四肢を切断され人豚状態で絶命しているさかんぼうやすの頭を、身体を、蹴り始めたのである。


「こいつだ! こいつだ! こいつだ! こいつだ! こいつがお前らのかたきだあっ」


 何度も何度も何度も何度も何度も何度も、蹴る。

 もともと半分焼け焦げていたこともあり、蹴った首は、しまいにはもげて、ころころ転がり壁に当たった。


「スットラーイク。バーカ! 地獄へ行けえ!」


 元黒スカートの魔法使いは、嬉々とした声を発しながら、自分の蹴った首へと近付いて、さらに、強く蹴った。

 もともと脆くなっていたか、さかんぼうやすの頭は、くしゃりとあっけなく潰れた。潰れて、熟れたトマトのように壁にどろりと張り付いた。


 はあはあ息を切らせながら、魔法使いたちへと向き直った康永保江。

 数秒ほど黙って、肩を上下させていたが、再び、かさかさに焦げた唇を動かした。


とくゆうの場所も、教えるからさあ。さらった小娘のことも、教えるからさあ」

「フミ、フミはいまどうなっとる……」


 ふみの話が出たことで、あきらはるははっとした顔で話に食い付き、身を乗り出した。

 が、次の瞬間、のうえいに、ゲンコツで頬を殴られていた。


 治奈が呆然と頬を押さえているのを見ながら、嘉納永子はふんと鼻息、唾を吐き捨てそうな不快な顔を作った。


「てめえ、なんで治奈を殴るんだよ!」


 仲間を殴られてカズミが激怒。嘉納永子へと食って掛かった。


「うるさい!」

「ああ?」


 二人が火花を散らし、睨み合っていると、


「ごめん、あきさん、あきらさん」


 文前久子が間に入って、小さく頭を下げた。


「ごめんね。フミちゃんのことはまだ希望があるけど、いま確実に、わたしたちの仲間が三人、死んだんだ。だから……」


 そう。

 リヒトの魔法使いと戦って勝てば、あきらふみの生命は助ける。

 そうリヒト所長のだれとくゆうにいわれていた。

 そして、戦い、勝利した。

 一番信用の出来ない男との、なおかつ口約束ではあるが、その言葉の通りなのであれば、史奈は助かることになる。

 つまりは、希望はある。

 だけど、そのために三人の魔法使いが、生命の花を散らすことになったのである。

 そう考えれば、嘉納永子のイラつきも、もっともな感情というものであろう。


「ほうじゃな。こちらこそごめん」


 治奈はそういうと、小さく頭を下げた。


「こっちこそ……」


 嘉納永子は一転して弱々しい顔になってそういうと、ずっと鼻をすすった。


「んなことよりよお、どっちから聞きたいんだあ? とくゆうのことと、小娘のこと。他にも、知ってることなら、なんでも教えてやるぜえ」


 康永保江がまた、焦げた唇を動かした。


 その唇に、

 剣の先端が触れていた。


 文前久子の持つ、剣が。


「演技が下手、というか、演技しなきゃいけないことも、すっかり忘れているでしょう?」

「ああ?」


 康永保江の表情が変わった。

 作り笑顔から、警戒に唸る犬の表情へと。


 それも一瞬、すぐにまた笑顔に戻るが、久子の剣の切っ先はそのまま真っ直ぐ、口に突きつけたままだ。


「外見の酷い状態を維持したまま、いま急ピッチで、皮の内側を治療しているんでしょう? 非詠唱魔法で。時間稼ぎをしたいのか、まあぺらぺらと、舌の回ること。でも、見た目の通りに酷い状態なら、そんな饒舌に喋れるはずがないよね」

「な、なにを……」


 目を白黒させる康永保江であったが、突然、まなじり釣り上げると、


「回復すっまで人質になってもらうぜえ!」


 大声を張り上げながら、久子へと飛び込んだ。

 後ろへと回り込み、どこに隠し持っていたのか、右手のナイフを久子の首に押し当て……ようとした瞬間、振り向きざまのはつけいを受けて、風に舞う木の葉の如く軽々と吹き飛ばされ、壁に背中を強打し、呻き、床に落ちた。


「あなた強いから、回復なんかされたら、わたしたち全員が殺される。いまので、あえて生かしておく価値もないクズと分かったことだし……」


 剣をさげ、床を擦りながら、久子は、康永保江へと歩み寄る。

 歩み寄りながら、剣をゆっくりと、振り上げる。


「ま、待って! 待って待って待って! いまの未遂だったんだからセエーーフ。だろ?」

「アウト」

「そ、そんなっ、あたしはまだ誰も殺してないじゃないかあああああああああ!」

「地獄で懺悔しな」


 剣、落雷の如き鋭い一閃。

 康永保江の顔面が、真っ二つに割れていた。

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