第07話 カズミの怒り

「やるねえやるねえ。怒ったふりでガムシャラに仕掛けておいて、それに慣らしてからの、さらに、あたしが攻撃する隙を狙っての、連係の一撃か。いや、バカの集まりと思ってたから、びっくりしちゃったあ」


 ははははは、と無邪気に笑う全身黄色の魔法使いおさゆるの顔に、態度に、声に、


 カズミのまなじりが、釣り上がった。

 歯を、ぎりり軋らせた。


「怒ったふりじゃねえよ。こっちは心底、怒ってんだよ!」


 大切な生命を助けたくて、自分たちは戦っている。

 なのに、こうして生命のやりとりを、この魔法使いは楽しそうに笑っている。

 アサキは孤軍奮闘といって過言でないくらい、一人頑張っている。

 なのに、この魔法使いは鼻で笑う。


 直情タイプのカズミに、許せるはずがなかった。


 だけど、許せないだけでは戦えない。

 床に落ちた二本のナイフを素早く拾うと、両手に構えた。


 あらためて、目の前の敵を睨み付ける。

 睨みながら、視線を横へ走らせて、親友、はるの顔を見た。


「治奈は先……」

あきらさんは、早く妹さんに会いに行きなよ。ねえあきさん、明木さんと、まだ疲れてるりようちゃんだけでも、先に行かせようよ」


 ぶんぜんひさがカズミの横に立って、黄色の魔法使いへと向かい剣を構えた。


 のうえいほうらいこよみしましようも、同じく肩を並べた。


 それぞれが持つ武器が、幼い顔をした全身黄色の魔法使いおさゆるへと向けて、鈍い光を放った。


「あたしがいおうとしてたんだよ! よし、治奈! アホ毛! 先に行けえっ!」


 カズミは、黄色い魔法使いへと、ナイフを投げた。

 通り道を作るために。

 投げたと同時に、もう一本のナイフを振り上げて、黄色の魔法使いおさゆるへと、床を蹴り飛び込んだ。


「ありがとう!」


 黄色の魔法使いの脇を、素早く通り抜けようとする治奈とアサキであったが、


「通さないってばあ! 


 笑顔をまるで崩すことなく黄色の魔法使いは、飛んでくるナイフを振るうさいで治奈たちへと弾き飛ばした。


とくゆうに、道案内よろしくって頼まれているんだからあ」


 地獄への、ということだろう。

 彼女の勝手な解釈か、それともそれが至垂所長の考えなのかは分からないが。


「うおらあ!」


 突っ込んでくるカズミ、が握っているナイフを黄色の魔法使いは楽々とかいくぐる。

 かいくぐりカズミの胸を蹴って、その反動を利用して跳びながら、アサキと治奈へと両手のさいをそれぞれ振り下ろした。


 アサキが、治奈を庇い前へ出て、剣のひらを使い釵を受ける。

 だが、予想以上の勢いに押されて、庇った背後の治奈ともつれ合って、壁にぶつかった。


「だからあ、通さないっていってるのにさあ」


 無邪気かつ自慢げな、おさゆるの笑顔であったが、


「グロウ・ス・ハウンド!」


 背後からの呪文絶叫に振り向くと、振り向いた瞬間、驚きに幼いまぶたが見開かれていた。


 彼女が見たのは、まるでアドバルーンといった超巨大な拳を振り上げて飛び込んでくる青魔道着の魔法使い。


 カズミである。

 その巨大な拳が、黄色の魔法使いおさゆるの全身を殴り付けていた。

 そのまま壁へと叩き付け、叩き潰していた。


 黄色の魔法使いに蹴り飛ばされたはずのカズミが、苦痛を堪えて壁を蹴り、魔法で自らの手を巨大化させて、アサキの代名詞たる巨大パンチを見舞ったのだ。

 非詠唱のアサキと違って、技の名前を叫ぶことは出来なかったが。


「カズミ式巨大パンチ!」


 いや、叫んだ。

 後からしっかり。


 膨れ上がった巨大な拳が、音もなく縮んで元のサイズに戻った。

 拳にカズミがくっ付いているいびつな状態から、カズミに拳がくっ付いている状態へと。


 壁が完全に砕けており、その中心に黄色の魔法使いおさゆるがめり込んでいる。


「やったな、お前え……」


 先ほどのまでの無邪気な笑顔はどこへやら。

 壁に身体が埋め込まれたまま、怖ろしい顔でカズミを睨んでいる。


「どうだ、カズミ式の味はあ! ほおら、早く行けええええ!」


 カズミはどうだといわんばかりに鼻を鳴らすと、アサキたち二人の背中を叩いた。


 治奈とアサキは小さく頷きながら、脱兎のごときに飛び出した。


 そうはさせない、と慌てて壁から抜け出したおさゆるが、壁を蹴りながら二本のさいを突き出して、デタラメに振り回す。


 アサキは頭を下げて、かわし、

 治奈は横へ跳びのいて、なんとかぎりぎりかわし、


 さらに追いすがるさいの、一本をアサキが手の甲で弾き、

 なおも、もう一本の釵が追うが、


「くっ」


 呻きながら黄色の魔法使いは、振り向きながらその釵で弾き上げた。

 背後から忍び疾っていた、文前久子の剣を。


 走るアサキと治奈は、既に彼女たちを遥か後方へと置いていた。


「みんな、絶対に死なないで!」


 振り向かずに走りながら、アサキが叫んだ。


 アサキの走り方は、左右筋肉のバランスが取れておらず、なんともぎこちないものだった。


「アサキちゃん、大丈夫?」


 走りながら、治奈が、心配そうに声を掛ける。


「疲れてるだけ。大丈夫」


 アサキは笑顔を作って、治奈へと見せた。

 自然に表情筋が動いたものか、自分で顔を操作したものであるか、自分でも分からなかったが。


 そうこうしているうちにも、背後からは怒鳴り声や打ち合う音が聞こえている。


「どけええ!」


 黄色の魔法使いが、怒声を張り上げている。

 先ほどまで幼い顔の通りの幼い声だったのが、これが地声なのかやたら大人びたドスの効いた声であった。


「おっと。通さねえよ。って今度はこっちの台詞だな」


 カズミの声。

 たぶん、からかうような笑みを浮かべているのだろう。


「一瞬で全員ぶっ殺してやらああああ!」

「やってみろよ!」


 打ち合う中での、そんな言葉のやりとり。


 振り向かずとも、なにが起きているのか分かる。

 獲物を逃して大激怒の、全身黄色の魔法使いおさゆるが、喚き散らしながら暴れており、みなで通すまいと防戦している。

 そんな中、カズミが毒舌を吐いて、より激怒させ、黄色の魔法使いの意識をより自分たちへ引きつけようとしているのだ。


「大丈夫、じゃろか」


 治奈の不安げな声。


「信じよう」


 短く、アサキは返す。


 確かにあのおさゆるという魔法使い、小柄ながらとても強い。

 少し手合わせしただけだけど、最初に戦った特務隊の魔法使いと比べ、優るとも劣るものではないだろう。


 でも、信じるしかない。

 みんなのことを。

 カズミちゃんのことを。


 さっきのカズミちゃん……

 あそこでわざわざ詠唱掛かりっきりになってまで、わたしの真似をして巨大パンチなんかやっても、あまり意味はない。もっと効率のいい戦い方があるだろう。

 きっと、お前に出来ることは自分にも出来るんだ。そう、いいたかったんだ。

 きっと、だからこの場は安心して先へ進め。そう、いいたかったんだ。


 ならば、任せるしかない。

 信頼するしかない。

 いやもとより信頼はしているけれど、みんなわたしより遥かに経験豊富な先輩なのだし。


 でも、なんだろうか。

 そうした思いとは別に、わだかまる、この気持ちは……


 前に進めば進むほど、沸き上がる、この胸騒ぎは。

 心臓を押さえたくなる、この衝動は。


 なにが、待っている?

 この先には、なにがある?

 進む、この先に……


「どがいした? アサキちゃん」


 また、隣を走る治奈が心配して声を掛ける。


「なんでもないよ」


 また、アサキは作った笑顔を治奈へと向けた。

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