第02話 人工惑星の中へ

 まるで綿菓子にも見える、猛烈に濃い霧の中。

 それでも遮られずにお互いの姿がはっきり見えるし、遥か先までもが見えている。


 それは、魔力の目を通して、すべてを見ているからである。


 彼女たちが薄々と気が付いていた通り、この人工惑星には照明の類はいっさいない。

 漆黒の世界だ。


 魔力の目により見えている広大な空間を、ヴァイス、アサキ、はる、カズミ、四人の少女たちが、猛烈な速度で降下し、次々と綿菓子雲を突き抜けている。


 ここは人工惑星の内部。

 超次元量子コンピュータを見せようと、ヴァイスが招き入れたものだ。


 先ほどまでいた部屋でヴァイスが、いつの間にか手にしていた小さな機器のスイッチを押した瞬間、ストンとみなの身体が床を突き抜けて、その瞬間にはここにいた。

 雲の中を、なんの摩擦も抵抗もなく、もくもくとした綿菓子の中を、凄まじい速度で落下していたのである。


 まるで透明なエレベーターに乗っているかのような、重力に対して正の姿勢。

 アサキたち三人は私服姿で、みなスカートなのだが、この猛スピードにめくれ上がるどころか揺らぎすらもしていない。

 真空状態だからである。

 この人工惑星は、全ての設備を半永久的に稼働させるために、あえて大気を纏わせないようにしているためだ。

 落下した瞬間こそ慣性の法則でスカートがめくれそうになったが、それを手で押さえると身体に貼り付いたままもうはためくどころか震えることもない。


 酸素のない中で、ヴァイスがなんともないのは、彼女がもともとこのような状況下での活動を想定して作られた、生体ロボットだからである。

 アサキたちがなんともないのは、仮想世界において魔法使いマギマイスターであったという、その陽子式そのままにこの現実世界においても物理構成されているからである。


 と、そのようにヴァイスからは説明を受けている。

 聞こえる音やら呼吸やらの感覚にずっと違和感を抱いていたアサキなので、そう説明されれば納得するしかない。


 しばらく、重力に引っ張られる以上の猛スピードで落下を続けていた四人であるが、突然、ぴたりと静止した。


 ……着いた?


 でも、これまで幾層も突き抜けて来た綿菓子雲の、色がより濃くクリームに近くなったという程度で、特に機器機械の類は見当たらない。


 アサキたち三人は、きょとんとした顔で周囲を見回した。


「探しても見付からないですよ。というよりも、これまで通ってきたすべてがそうなのですから」


 優しく落ち着いた、だが少し抑揚の乏しい、ヴァイスの声である。


「へ? このもくもくもわもわしたのが、コンピュータなのかよ?」


 理解の範囲をどれほど超えているのか、この中で一番ぽっかんと口を開けていたカズミであるが、目をぱちぱち瞬かせると、ぽっかんとしながらも一番に質問の言葉を吐いた。


「そうですね。最中心の主電脳層は別で、少しはあなたたちも知るような機械部品もあります。守護が厳重で、簡単には行かれませんが。でもここも、機械室でもありますが機械本体の一部でもあるのです。一度、あなたたちにもお見せしようと思いまして、お連れしたのです」

「ヴァイスちゃん、この霧みたいなのは、なんなの?」


 アサキが尋ねる。


 尋ねた後に、自分で、ちょっと間抜けな質問かなとも思った。

 だって、これが超次元量子コンピュータの機体なのだと、説明されたばかりなのに。

 でもやっぱり、これが機械の一部だなんて、どうしても思えなかったから。


「ふんわりした霧が機械なのが不思議ですか? これは、反応素子をエーテル式で作っているためです。空間そのものをコンピューティングに使っているから、流れと重ねで、霧状に濁る。……あなたたちは誕生したばかりとはいえ、知識は二十一世紀だから、コンピュータというと半導体を使った物を想像するでしょう?」

「いや、そもそもコンピュータってなに、ってレベルなんだけど、あたし。ハンドータイなんて聞いたこともねえや」


 口を挟むのはカズミである。


 そんなことよりアサキは、ヴァイスの発した他の言葉に、引っ掛かっていた。

 生まれたばかり、というところに。


 ヴァイスの説明が真実ならば、地球は一千億年以上も前に消滅している。

 その後も、仮想世界は稼働を続けていた。

 何十億年という無限に近い時間を、何十回もやりなおし、そんな、何十回目だかのある仮想世界の中で、自分は生まれた。


 仮想世界と、現実とは、時間が同期している。

 つまり、自分が生まれ、まだ十四年。

 話の規模を広大に思うほど、無限の時間の中に一瞬にもならない自分の人生。それがちょっと怖く感じられたのである。

 たくさんのことのあった、他人は笑うかもしれないけどそれなりに豊かな人生、そう思っていたのに。

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