第03話 我々の地球は、存在している
アサキがそのようなことを考えていた間にも、ヴァイスの説明は続いている。
「……つまり、なにかの存在状態に対して0と1とみなし判断に利用すのが古来のコンピュータ。重ねという要素が加わったのが、あなたたちの知識の時代にもあったはずの、量子コンピュータ。角度とずれ戻り、が加わったのが超量子。さらに、反応素子にエーテル式を使ったのが超次元量子。エーテル式を使っているため、この世に存在しつつも存在しない、存在しないものだから、宇宙ある限りは壊れない」
「いやいや、時間をどうこう操作しようとして『壊れちゃったあテヘペロ』とか、そんなこと話してたじゃんかよ」
コンピュータってなに、などといっておきながら、こうした突っ込みは素早く的確なカズミである。
「時送りの不具合は、たぶん霊的な問題です」
「霊的?」
尋ねたのはアサキである。
その表現に、疑問を感じて。
こちらの世界の技術は、純然たる科学のみだと思っていたから。
「ああ、語弊がありますね。わたしたちの理論で解明出来ないというだけで、科学に基づいた挙動や結果なのだとは思います。いかんせん解明するための技術設備が、ここにはないので」
納得した。
確かに現象の解析改善の技術があれば、とっくに解明した上で、その「時送り」を実行し、宇宙延命の技術を手に入れているだろう。
「でも理論云々は関係なく、
淡々と語るヴァイス。
その言葉に、アサキは思わずほっと安堵していた。
別に大した理由ではない。
彼女にも知らないことがある、ということに人間的なものを感じたためだ。
「こがいな、もやもや雲の中に、うちらの世界があった、うちらは、生活しとったじゃなんて……」
まだまったく実感がわいていないようで、相も変わらず不思議そうな顔の治奈である。
「そうですね。このエーテル式による演算が、あなたたちの住んでいた仮想世界を作っていた。でも、記録層つまりメモリ空間の物理媒体ということならば、この宇宙すべてが、ということになるけれど」
「い、い、意味が分かんねえぞお」
綿菓子雲の中をふわふわ浮かびながら、カズミが両手で頭を抱えた。
ヴァイスは、ちらりそちらへ視線を向けると、小さく息を吐いた。
「正直にいうとね、あなたたちに理解出来なくてもいいんですよ。わたしにしても、この変わらぬ日々の中そのまま朽ち果てていくのならばそれはそれで構わない、という気持ちにもなっていたのですから。……つまり、あなたたちは別に、こちらの世界へ来なくたってよかったんだ」
「はあああ? なんだそりゃあ! 栗毛! お前、なんか超絶ムカツクんだけどお!」
「すみません冗談です」
あっさり、ヴァイスは謝った。
「そういう気持ち考えが、微塵もないわけじゃない。でもわたしは別に半導体のコンピュータじゃないし、疑似といえ感情がありますから。……幾ら神から、白たる意思を植え込まれたといっても、それだけには成り切れない。……でも、そうもいっていられないですよね。この宇宙は、守らないと。そのための、努力はしないと」
「わたしたちに出来ることがあれば、力を貸したいけど。……ねえ、ヴァイスちゃん、宇宙を守るもなにも、現在、ええと……昔あった地球のような、生命の存在する星ってあるの?」
アサキの問いに、ヴァイスは即答した。
「おそらくは、ありません」
と。
「ないことの証明は難しいですが、エーテルの反応から見て、恒星、惑星、ほとんどの星は滅んで塵に帰し、新たに生まれてはいる様子はない。……でもね、宇宙さえあれば、可能性は残るんです。だから……」
「そうだよね」
なにに対して、そうだと相槌打ったのか、自分でも分かっていなかったが。
ただ、口をついて言葉が出ただけだ。
「なすすべは、残されていないのかも知れません。でも、やれることはやっていかないと。だから本当は、シュヴァルツたちとも手を結ばないと。争ってなんか、いられないのです」
シュヴァルツ、先ほど名付けたばかりの、黒服四人のリーダー格だ。
「協力して、なにか方法を探らなければならないはずなのに、でも、彼女は世界を終わらせたがっている。……お話した通り、彼女は黒の意思を植え込まれているために」
「世界を終わらせる、ってどうやって?」
アサキが尋ねる。
「手段は分かりません。まず狙うは、超次元量子コンピュータの物理的な破壊でしょう。無理ならばせめて遠隔からでも入り込んで、ソフトウェアつまり現在の仮想世界を消滅させる。理を跳ね返して奇跡を起こす、そんな可能性を持っている偉大かつ特異な存在を、この現実世界に生み出さないように」
「でも、手をこまねいている間に生まれちまったわけか。この現実世界に、アサキが。……そっか、だからあいつら執拗にアサキを狙っていたのか」
カズミは、納得といった表情を浮かべ、拳で判を押すように手のひらを叩いた。
「わたしなんか、別にそんな、たいした力なんか、ないのに」
「だからあ、もう謙遜すんのやめろっての!」
カズミは、げんこ作った右腕振り上げ、アサキへと近寄ろうとする。ふわふわ浮かぶばかり、全然移動が出来ないので、かわりに上着を脱いで振り回して、アサキの顔をひっぱたいた。
「いたいっ! 謙遜なんか、してないよ、わたし」
本心から思っていることだ。
自分はキマイラ、つまり臓器等パーツを合成して造られた人間ということだが、そんな実感などはないし、自分はただの、地味で泣き虫な、普通の女の子だ。
それに、それも仮想世界の中でのことだ。
もう、わたしもカズミちゃんも治奈ちゃんも、違いなんかありはしないじゃないか。
「いえ、あります」
というヴァイスの言葉に、アサキはドキリとした。
心を読んだという自覚がないのか、ヴァイスはまったく気にした様子もなく続ける。
「仮想世界は、
「よく分かんねえけど……んじゃさあ、アサキはバカだけど世界最強の魔法使いだったから、それはこの世界でも同じってわけだな?」
「もちろん、上がいれば最強ではなくなりますが、仮想世界でのアサキさんと現在のアサキさんは、まったくの同一ですよ。ただ、まだ力を完全には取り戻せていないようですが」
「ああ、
「強さなんか、いらないんだよ、わたしは」
アサキは苦笑した。
「おいおい、まだいってんのかよお、お前はさあ」
「だって……結局わたしは家族、
仮想世界の中とはいえ、あれは、わたしたちには、現実だった。
なのに、そのわたしたちの現実世界を、こともあろうにわたしは壊そうとすら、してしまった。
強くなんかないし、強くある資格すら、ないじゃないか。
「あ……」
仮想、世界。
現実……
わたしたちは……
「あ、あのね、ヴァイスちゃん、き、聞きたいんだけど」
「なんでしょうか、アサキさん」
「この、超次元量子コンピュータというのは、まだ、正常に稼働しているんだよね?」
「はい。どこにも異常は見られません」
「……わたし、目覚めたばかりのせいか、頭が回っていなかった。勝手に、世界が滅んだものと思ってた。仮想世界だったというショックは大きかったけど、それでもそれはわたしたちの現実なんだ、という気持ちも持っていたくせに、なのに、その現実はどうなっているんだということを、全然考えてなかった……」
「あ、そうかっ!」
カズミと治奈が、二人同時に大きな声を出した。
そして、今度は三人一緒に、こういったのである。
「まだ、我々の地球は、存在している」
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