第11話 生き延びても地獄
はあ
はあ
とろんとした表情で、肩を大きく上下させている。
死にそうなくらい苦しい。
意識がかなり朦朧としているのに、死にそうなほどの苦しさは、微塵も麻痺していない。
だけど、というか、とにかくというか、まだ、死んでない。
わたしは、死んでいない。
生きている。
生きて、いるのならば、いまやれることは……
そうだ、そもそもわたしの戦いは、どうなったんだ?
辛さの中、ぐるり見回す。
広い部屋の、向こう側の壁が、突然、崩れ落ちた。
がらがらと、音を立てて。
壁になにかが埋まっており、一緒に、床に落ちた。
それは、まるで巨人の手。
その手には、意識を失っている白い魔法使い、
崩れて出来た空間から、灯りが差し込んだ。
隣の部屋からの、灯りだ。
普通の女子中学生サイズに戻った拳は、浮かび上がり、音もなく飛び、本来あるべき場所、主人へと戻った。
赤毛の主人は、朦朧とした表情のまま、戻ってきたそれを掴み取った。
アサキの肘から先が、なくなっている。
切断面からは、血がどろどろと流れ滴っている。
受け取った腕は、先ほどアサキが、自分で切り落としたものである。
絶対的不利な戦況の中、斉藤衡々菜へと、起死回生のカウンター巨大パンチを浴びせるために。
アサキは、その勝負に勝ったのである。
「ぐっ」
朦朧然の表情を険しく歪めて、アサキは足を出す。
前へ。
一歩、二歩。
腹部から背へ、三節棍が突き刺さり、貫いており、内臓が裏返しされ剥がされるような激痛と不快感に、顔が歪む。
泣きたくなるでは済まない地獄の激痛に耐えて、前へ、一歩。一歩。
一歩の都度、腹から突き出た三節棍が、腹に潜る。
一歩、一歩。
すべてが背中側へ抜け切ると、ふらり、がくりと、膝まづいた。
長いため息、
の途中で、自分の血にむせた。
残っている片腕を、ゆっくりと上げて、自分の腹部へと手のひらを翳した。
意識がなくなる寸前だけど、ここで応急処置くらいはしておかないと。それこそ意識が、永遠に戻らなくなってしまうから。
アサキの手が、青く輝いた。
また、顔が苦痛に歪む。
治癒魔法は本来、心地よさを伴うもの。だが、急速に効果を出そうとすると、逆に激痛が生じるのである。
痛みに耐え、とりあえず傷口だけ塞ぐと、続いては腕だ。
自ら切り落としてしまった腕を、そっと肘に繋げると、再び非詠唱。再び苦痛に顔が歪む。
ある程度くっついたところで、押さえていた手を離した。
離した手のひらを、結合部分に翳して、しっかりと魔力効果を染み込ませていく。
応急処置、完了。
ふらふらと立ち上がったアサキは、あらためて斉藤衡々菜へと視線を向けた。
広い部屋の反対側。
崩れた壁の下に、倒れている。
白いスカートの魔道着を着た、魔法使い。
といっても、血やその他の汚れで、白い部分など、もうほとんどなかったが。
「うっ」
呻き声。
ぴくり、ぴくり、と白スカートの魔法使いが、その身体が、指先が、動いている。
アサキは心の中で、安堵の溜め息を吐いた。
彼女が生きていることに。
わざわざ生命を奪おうと狙う戦い方は、しなかったつもりだが、なにせ、彼女の方が格段に強かった。それに勝とうというのだから、生命を確保する保証など、あるはずがなかったのだ。
「う……ぐ」
斉藤衡々菜は、ゆっくり、足をぶるぶる震わせながら、両手を着いて、立ち上がろうとしている。
部屋の向こうにいるアサキの姿に気が付いて、にやり、笑みを浮かべた。
なんとか立ち上がり切ると、ぐちゃぐちゃの顔に喜悦の表情を浮かべた。
張り裂けんばかり、大きく口を開いた。
「さいきょうのおおおお、魔法使いはあああああああ」
ガツ
骨の砕ける音と共に、倒れていた。
前のめりに、受け身も取らず、顔面から。
どろり、
血が大量に流れて、床を黒い海に変えた。
打った顔面ではなく、後頭部が、砕き割られていた。
斜めに、大きく。
そこから、どるどると血が溢れているのである。
どう見ても、即死であろう。
白い魔法使いの死骸、その傍らには、アサキの見たことある
我孫子市第二中の、
助っ人に駆け付けてくれた、ということだろうか。
剣を右手に下げている。
その先端が、血に濡れている。
息を切らせている。
アサキほどではないが、切り傷擦り傷、魔道着も破れてボロボロだ。
たぶん、
その戦いは、どうなったのだろう。
気になるけれど、
それよりも……
アサキは、頭から血をどくどく流し続けている斉藤衡々菜の死体を、見下ろした。
見ていて、悲しい気持ちになっていた。
確かに、悪い人かも知れない、強く、怖ろしい敵だった。
けど、でも、
「なにも、生命まで、奪わなくても……」
小さな声で、そういいながら、アサキは歩き出す。
応急手当をしたばかりの腹部に手を当てて、震える、ふらふらした頼りない足取りで、壁に空いた、大穴へと。
頭を割られ絶命している、白スカートの魔法使い、斉藤衡々菜の死体の脇へ立つと、あらためて、悲しみをたたえた視線を落とす。
顔を上げる。
助っ人魔法使い、宝来暦の顔を見て、壁に空いた大穴を見て、進み、抜けた。
「これは……」
アサキの目が、かつてない驚きに大きく見開かれていた。
ここは先ほどまで自分のいた部屋。
でもここは、先ほどまで自分のいた部屋ではなかった。
そこは、地獄だったのである。
信じがたい、地獄の光景が、視界一面に広がっていたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます