第04話 こいつら一体なんなんだ

 アサキの顔面を、狙っていた。


 顔を少し傾けて、かわした。


 びじゃっ、

 背後からの音に、みなが振り返ると、壁の一部が茶色に染まっている。

 いま飛来し、アサキが避けたものだ。


 壁に当たって破裂し、ぐちゃぐちゃとした赤黒い塊が、床に落ちている。


 にも見える、ではなく、本当に臓物であった。


 なんの動物だかは、分からないが。

 間違いなく、臓物であった。


 見た目と状況の気持ち悪さに、カズミが、あひっ、と小さく悲鳴の声を漏らした。


 ぶん、

 また、それは飛んできた。

 また、それはアサキへと。


 避けた瞬間、また次の物が。

 奥の暗がりにいる何者かは、アサキだけを狙っているようである。


 臓物の飛来が収まって、また、しんと静まり返っていた。

 息遣いすら聞こえそうな、冷たい空気。


 不意に、声が聞こえた。

 楽しそうな、少女の声が。


りようどうさきい、内蔵を投げ付けられて悲鳴を上げないどころか、顔色一つ変えないなんてねえ。肝が据わっている、ってことかな。投げたのが肝だけに、ねえ」


 吹き出したかと思うと、ぎゃははははははと大爆笑。

 自分の掛けた言葉に、自分で大受けしている。


 闇の中に、人の姿が、浮かび上がっていた。

 こちらへ、近付いてくる。

 姿が、はっきりしてくる。


 白を基調に茶色のラインの入った、スカートタイプの魔道着。

 スカートからは、白いタイツを履いた、細い足が伸びている。

 やはり、魔法使いマギマイスターであった。

 普通に考えて、リヒトの差し向けた者、ということだろう。


 と、そこへ、また別の声が聞こえた。


「そら違うだろ。そいつは、あたしらと同じ。自分自身を見ているだけだから、平気なだけだよ」


 黒を基調に青いラインの入った、スカートタイプの魔道着。

 スカートからは、黒いタイツを履いた、細い足が伸びている。


 白い魔道着の、隣に立った。


 ……なにを、いっているんだろう?

 アサキは、二人の意味不明な会話に対し、目を細めながら、軽く首を傾げた。

 意味不明ではあるが、間違いなく、不快だった。

 その言葉は、アサキにとって。


 いや、誰でも嫌な気持ちになるだろう。

 人にいきなり内蔵を投げ付けておいて、自分自身を見ている、とか。


 白と黒、二人の魔法使い。

 万延子と同じ、派手なふりふりスカートタイプの魔道着だ。


 だが、派手さ延子の比ではない。

 戦闘服とはとても思えず、まるでアイドル歌手。

 いたるところにふりふりが付いて、いたるところ逆立っている。アップリケも刺繍されており、とにかくかわいらしく装飾過剰の服である。


 でも、油断は出来ないし、するつもりもない。

 油断などしたら、多分、殺される。

 死んだら、フミちゃんを助けられない。


 と、アサキは気持ち戒め、拳をぎゅっと握った。


 二人の姿を、じっと観察する。


 先ほど、通路で攻撃を受けたけど、黒い方が、そうだろうか。

 声、気配、匂いから、きっとそうだ。


 お互い、身隠しの魔法を掛けていたのに、こっちが一方的な攻撃を受けた。走っていて、魔力の目をしっかり働かせられなかったといえ、だったら条件は同じなのに。

 そこだけをとっても、どれだけ恐ろしい能力を持っているか、ということ。


 先ほど、自分より強い者がここにいて不思議でない、という想像をしたが、もしかしたら、この二人がそうなのかも知れない。


 だから、なるべく戦闘には、ならないようにしたいけど……


 握る手の内側が、汗でぐちゃぐちゃだ。

 アサキは不快に顔をしかめ、魔道着で手のひらを拭いた。


 それをきっかけに、というわけでもないだろうが、白い魔法使いが、また口を開いて、また少し歪なイントネーションで言葉を発した。


「あと数分でね、さっきの内蔵みたく、なっちゃうんだから、意味はないと思うんだよね。正直ね。あ、名乗りの話ね。でもね、それをいったら、誰でもいつか死ぬんだし、だからね、一応ね、一応の一応ね、名乗っておくね。あと数分の間だけど、それまでの間ってことで」


 ひねったいい回しだが、さりとて独創性もない、勝利宣言であり、殺害宣言。

 白い魔法使いは、少し口を閉じ、笑みを強くすると、また口を開いた。


「わたしはね、さいとう。リヒトのとくたいの一人であり、所長だれとくゆうの親衛隊のような者。そんでね、隣にいるこのブスがね、やすながやすいう同じ特務……」


 さいとう、と名乗ったド派手なふりふり白スカートの魔法使いは、にこり邪気のない笑みを浮かべ、隣にいる黒スカートの魔法使いを紹介しようとするが、そのにこり邪気のない顔に、頬に、


「誰がブスだてめえええええ!」


 黒スカート魔道着の魔法使い、やすながやすの、音速を超えた右拳がぶち込まれていた。


 斉藤衡々菜の、顔面がひしゃげた。

 と見えたその瞬間には、そこに顔面も肉体も魔道着も白のふりふりもなく。

 どどおん、と重たい音と共に、後ろの壁が砕けていた。

 砕け、すり鉢状になった中に、斉藤衡々菜の全身が、めり込んでいた。


「もおおお冗談も通じなあい!」


 斉藤衡々菜が、笑いながらやり返した。

 すり鉢に埋め込まれているそのままの体制で、首と腕と背中と足とで、壁を跳ね返した。次の瞬間には、ガッと音がして、黒スカート魔道着は、全身、床に打ち付けられていた。


 白スカートの魔道着、斉藤衡々菜が、両手を組んで、飛びながらくるり前転。その勢いを乗せ、拳のハンマーで、頭上から叩き潰したのである。


「なんだ、こいつら……」


 敵を前に、ブスがどうとか下らないことで殴り合っている二人の姿、その狂気性に、カズミは唖然とした顔で、かすれた声を発した。

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