第05話 もしもなにかあったら……
「特務隊に、きみたちのような者は見たことないのだけどな」
銀黒髪に銀黒の魔道着、元リヒトの
「昇格したばかりにしても、そもそも、どの部所でも見たことない。
「てめえになんか関係あんのかよ! すぐ殺されるくせによ!」
前のめりに凄むのは、黒スカートの魔法使い、
「殺すとか、物騒な言葉は好きじゃないなあ」
強がりなのか、駆け引きなのか、祥子は澄ました顔で、後頭部を軽く掻いた。
「あーっ、誰かと思ってたら、元リヒトの嘉嶋祥子ちゃんね。まだね、
白スカート、邪気なくあはははと上を向いて笑う、
「ふざけないで!」
だん、と激しく床を踏む音、それを掻き消すアサキ自身の怒鳴り声。
斉藤衡々菜を、睨み付けていた。
視線を受けた相手は、そよぐ風ほどにも感じていないようであるが。
アサキは、本心から不快にイラついていた。
当然だろう。
自分だけを執拗に狙う、行動、発言。
邪気なく、そうだからそうといっているだけなのが、むしろ質が悪い。
「どうして、あたしらのことが分かったんだよ」
カズミが尋ねる。
落ち着いた声で。
怒りぐっと堪え、アサキの気持ちや、この空気を、はぐらかそうとしているのだろう。
ここでアサキがイライラして自制心を失って、どうなるものでもないからだ。
質問に答えたのは、黒スカートに青ライン、康永保江である。
「バカなのかお前は。お前たちは人質を取られている、しかし猶予は存分にある。潜入の可能性は高い。そうと分かってりゃ、あれこれせずに、このフロアにだけ気を張っとけばいい。……反対に、お前らがどうして、あたしたちのことが分からなかったのか、だろ?」
黒スカートの魔道着、康永保江は、意地悪そうな顔をくっと歪めると、続きを語る。
「お前らも、魔法索敵の対策をしてはいるようだけど、お前らのちんけな魔力が憐れに思えるくらいに、あたしらの魔力の方が圧倒的、絶対的、無限大的に強いんだよ。ただそれだけだ、分かったかこのタコ」
「あぁ?」
タコと鼻で笑われて、カズミの表情が変わった。
アサキの怒り不快をはぐらかせようとして、持ち出しただけの質問だったというのに、受けた侮辱にすっかり切れ掛かっている。
歯をぎちり軋らせながら、激しく一歩を踏み出した。
と、その時である。
ブウウウウウウン
モーターの、振動。
バイブレーション。
ここにいる全員の、左腕のリストフォンが震えている。
それぞれの画面には、
祥子のリストフォンだけは、表示内容が空間投影されているため、必然的に、みなそちらへと視線を向けることになる。
グレーのスーツを着ているリヒト所長、至垂徳柳。
机に両肘をつき、組んだ指の背に顎を乗せ、薄笑いを浮かべている。
背後、壁際には、まだ幼い明木史奈の姿。
両手を縛られ吊るされている。
目もうつろ、心身すっかり衰弱している様子である。
先ほどは隣に、ナイフを突き付けている魔法使いがいたが、今は見えない。おそらく、ここにいる二人が、ということなのだろう。
「フミ!」
明木治奈は、空間投影されている妹の姿へと、悲痛な顔で呼び声を投げた。
「フミ!」
もう一度、呼んだ。
妹、史奈の、がくりだらりと下がっている頭が、ゆっくり持ち上がった。
垂れた前髪に隠れている、二つのまぶたが、震えながらそっと開かれ、そして突然、はっと気付いて大きく見開かれた。
「お姉……ちゃん」
画面の中の史奈は、驚きと混乱に、目を白黒させている。
無理もないだろう。
誘拐され、幽閉されていた。
助けがきた? と思ったら少女だけ。
中には姉もおり、しかもみな、見たことのない白銀プラス色とりどりの戦闘服に身を包んでいるのだから。
「もう、安心じゃけえね。お姉ちゃんたちが、必ず、助けるからのう」
治奈は、笑みを浮かべた。
すると、画面の中の史奈も、ニコリ笑みを返した。かなり、力のない笑みではあったが。
「と、いってもさーあ」
空間投影の画面内、吊るされた幼い女の子の姿を、横から入った至垂の顔面が隠した。
鼻息でカメラレンズが曇りそうなくらいに、顔を寄せると、彼は楽しそうに、歪んだ口を開いた。
「分が悪い、と思うんだよね」
と。
「だって、わたしたちは……ええと、フミちゃんっていったっけ? この娘の、生命を握っているわけだろう? きみたちには投降するチャンスを与えたのに、従うどころか、こっそり忍び込んで。挙げ句のはてには、こうして、あっさり見つかっちゃったわけじゃない?」
さらにカメラへ顔を寄せながら、
「あっ
とおっ
てき
にいいいいいいいいっ、
分が、悪いと思うんだなあ。あとなにが出来るのか。もう命乞いしかないと思うけど、でもそれも、ちょっと虫がよい考えだとは思わない?」
「てめえの理屈に酔ってろ! 変な名前の異常性癖クソ野郎! なんの関係もないフミちゃんを巻き込んどいて、好き勝手いいやがって! 名前が妙ちくりんなだけでなく、随分とボケ面をしてる奴だとは思ってたけど、やっぱり脳味噌もおかしかったんだな」
カズミの怒鳴り声である。
怒りにぶるぶる身体を震わせ、画面の至垂へと寄ると、正拳突きで顔面をブチ抜いた。
もちろんこれは空間投影の映像であり、拳は空間を、するりすり抜けただけであるが。
それも承知か、もう一発、投影映像を殴り付けるカズミ。
至垂の唇が、より楽しげに釣り上がるだけであった。
腹立たしげに舌打ちをするカズミ。
更になにかをいい掛けるが、
その前に、ぐいとアサキが出た。
映像の至垂へと、険しい表情を向けると、小さく口を開いた。
ぼそりと小さくではあるが、しかしはっきりと、アサキらしくない低くドスの利いた声で、こういったのである。
「もしもフミちゃんになにかあったら、わたしは絶対に、あなたを許さない」
と。
「許さなかったらどう……」
至垂が楽しげに、ありがちな言葉を返そうとするが、アサキはみなまでいわせず言葉を被せ、
「リヒトを潰す」
また、低く、小さいがはっきりとした声で、至垂を睨んだ。
「絶対に、あなたの野望がかなえられないように。もしメンシュヴェルトも既に抱き込んでいるのなら、それも潰す。……わたしは決して、あなたの道具なんかにはならない。決して、あなたなんかに絶望させられはしない」
凄むアサキであるが、至垂はそよ風に吹かれたほども感じていない。だからなんだ、といった顔である。
「ほう。逆に脅しというわけかね。無意味なことだ。だって考えてみてごらん。時間さえ掛ければ、きみに代わる
「そうでしょうね」
「現在いるからきみなだけ。……神創造の手伝いが出来るなんて、ある意味こんな名誉なこともないのに……」
「あなたの勝手な価値観でしょう」
アサキは冷ややかな視線を、至垂の映像へと向ける。
「そこまでというのなら、もうきみに存在価値はないのかな。でも、その心意気には打たれた。爽やかな正義面に酔いしれる姿に、感動したよ」
「そんなつもりはない!」
正義とか、そんなんじゃない。
ただ、自分の中でどうしても赦せないことがあるだけだ。
ただ、親友の家族を救いたいだけだ。
「つもりはなくともそうなんだよ。嫌いじゃないよ、わたしは。真っ直ぐなのは。いざ折れたら、粉微塵に砕けるからね。という打算と、さっきの爽やかな感動との、半分半分なんだけど……チャンス、上げるよ」
「なにを、いってるんですか?」
「きみたちは圧倒的に分が悪い、といったでしょ? 打開するためのチャンスだよ。そこにいる二人と戦い、もしも勝てたら、えっと、フミちゃん? この娘を放してあげる……かも、知れない。さて、これで、きみたちには可能性が、希望が出来たね」
グレーのスーツ、至垂は、机に肘を置き直した。
「なあ徳柳、こいつら殺してもいいのか?」
黒スカートの康永保江が、空間に映っている至垂へと尋ねる。
至垂は、返事も頷きもせず、画面の中で、アサキたち潜入した魔法使いたちへと視線を向けた。
「強いよ、その二人は。少なくとも、
「そういうことだっ」
くくっ、黒スカートの康永保江は、声に出して笑った。
反対に、声に出さず、ただ唇を釣り上げたのは、カズミである。
小さく息を吐いた。
「舐められたもんだよ」
そのため息、言葉、苦笑、本心ではないだろう。
いや、もちろん、相手の強さや、舐めるに足る実力あっての発言であることなど、カズミも理解はしているのだろうが。
魔法使い同士の戦いとなれば、ほぼ魔力の量や質が勝敗を決める。それらの要素は、機械で数値化出来るものだからだ。
なにはともあれ、チャンスを掴めたことは事実である。
潜入が見付かってしまい史奈の生命も相手次第、という状況の中、アサキのハッタリによって。
須黒先生が次の手を打ってくれるはずだ、と信じた上での、そのための時間稼ぎにしかならないかも知れないが。
「では、楽しい結果を待っているよ」
空間投影や、それぞれのリストフォンに映っている至垂の画像が、ざーっというノイズ音と共に乱れ、信号未検出のブルー画面へと変わった。
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