第03話 敵、遭遇?

 しゅい

 小さな音と共に、扉が左右に開いた。


 第二研究室、

 とプレートの掛かっている部屋だ。


 室内には、白衣を着た研究員が十人ほどいる。

 普段通りに、仕事をしているようである。


 アサキは、祥子に続いて室内に入ると、左右を見回しながら、


「なんだか、昔のことのように思えるな」


 ぼそりと呟いた。


 横を歩いているカズミが、不思議そうな顔をする。


「なにがよ。……ああ、ここあそこか。ウメと……」


 アサキは、小さく頷いた。


 二ヶ月ほど前に、この建物を訪れている。

 アサキ専用に開発された、クラフトを受け取るためだ。


 だが、そのクラフトは奪われていた。

 行方不明であったみちおうが、この施設へ潜入して、この部屋で、クラフトを奪ったのだ。


 やはり専用開発された超魔道着に変身した応芽と、アサキは、この部屋で戦った。


 アサキだけではない。

 カズミも、祥子も、途中から参戦し、応芽と武器を交えている。


 決着がついたのは別の場所とはいえ、戦いの始まりはこの部屋だ。


 生命を落としたのは、応芽。

 思い出すのも辛いことだけれども、でも、忘れてはいけない記憶だ。


 応芽が何故、あのようなことをする必要があったのか。

 親友が必死に生きてきた証を、思い、未来へと繋ぐためにも。


 そう、出会ってほんの数ヶ月の付き合いとはいえ、彼女は自分にとって、掛け替えのない親友の一人なのだから。


 そんな、複雑な思いを抱く、部屋の中。

 研究員たちは、チームに分かれて、それぞれの仕事をしている。

 現在、主として行われている作業は、魔道着表面を覆う力場の、係数チェックのようである。


 中央の台に置かれた魔道着に、百本ほどの細かいコードが繋がっている。

 周囲から、様々な光を照射している。

 魔道着は防具であり、さらに、着ている者の魔力を内外から整えるためのアイテムである。その外側、表層を、効率よく魔力が流れるようにするため、実験の数値データを取っているというわけだ。


「この人たちは、平和のためと思って仕事をしているのかな」


 アサキは、しみじみと呟いた。

 別に深い疑問を抱いたわけではなく、なんとなく口をついて出ただけだ。


「思ってる、と思うよ。だいたいね、悪の組織だなんて作れないよ、子供アニメじゃあるまいし。この人たちだって、よい旦那さんであり、よいお父さんだと思うよ」


 なんとなくの疑問に、延子がしっかり返答した。


「そうですよね。だから……」


 アサキは、ぎゅっと強く拳を握った。


 だからこそ、だれ所長の暴挙は、許してはいけないんだ。


 と、そんなことを胸に思いながら、因縁のあるこの部屋を、ちょっと寂しい気持ちと、新たな強い決心と共に、突っ切った。


 しゅい

 反対側の、扉が左右に開く。


 通路へ出た。

 別に、この部屋に用事があったわけではないので、問題ない。

 通路を、ぐるりと回り込んでもよかったが、抜けた方が直線で近いし、防犯システムはほぼ通路にある。

 だから、マップ上を縦断したのである。


「ああ、そういえば……」


 通路を歩きながら、アサキは思った。


 そういえば、前にここへきた時……

 ちょっと、

 やってみようか。


 歩きながら、軽く目を細めて、念じた。

 また、非詠唱魔法である。

 思念同調。

 以前ここで、意識をこの建物そのものにシンクロさせて、慶賀応芽の居場所を探したことがあるのだが、同じ要領で、史奈を探せないかと考えたのだ。


 だが、波長が合い掛けたところで、


 いけない!

 溶け散り掛けていた意識を、慌てて身体へと戻した。


 先ほどの魔力センサーが、どうやらこの先、幾つもあって、それを反応させそうになってしまったのである。


 以前の、思念同調の痕跡を発見されていて、それで警戒されているのだろうか。

 関係なく、もともとこのフロアは警戒厳重ということだろうか。


 魔力センサーなど、先ほどのように一つ一つ、係数の書き換えをしてしまえば、わけはない。

 だが、キリがないし、万が一というリスクを、ここで背負う必要もないだろう。

 だってとりあえずは、須黒先生の調べた情報の通りだし、立てた作戦の通りに、ことは進んでいるのだから。


 もう一つ部屋を突き抜けて、通路を壁沿いに進めば、多分、突き当りの部屋に史奈がいる。

 もしもいなかったならば、その時に、思念同調を使えばいい。


 それよりなにより気掛かりなこと。

 今回の発端となる、だれが脅迫してきた時の映像だ。

 背後に映っていた史奈が、喉にナイフを当てられていた。

 あれは間違いなく、魔法使いだ。


 思念同調を中断したから分からないが、おそらくその魔法使いは、現在も、史奈の近くにいるのだろう。


 作戦では、わたしが魔法で、その魔法使いの動きを封じ込めることになっているのだけど……

 でも、やれるのだろうか。

 わたしに。

 フミちゃんの生命のかかっている中で、冷静に、的確に、迅速に。


 みんなは、わたしのことを買い被るけど。

 それは、本当ならば成長を喜ぶべきもの、なんだろうけど……そもそも、待ち構えている魔法使いが、わたしよりもっと強いことだって考えられるじゃないか。


 だって、そうだろう。

 まず第一に、しっかりした訓練を受けていないわたしなんかが、世界で一番の魔法使いだとか、そんなこと普通に考えてあるはずがないということ。

 第二に、リヒトは魔法使いを扱う組織なわけで、そういう素質のある女の子を広い世界から見付け出して育て上げることなんて、やろうとすれば出来ることだ。わたしより力のある者なんて、星の数ほど、集められるのではないか。


 そのようなことを考えながら、みなと一緒に通路を歩くアサキであったが、結局、彼女は、ただ無駄な心配をしただけだった。


 何故ならば……


 ことの始まりを告げるのは、空間投影で宙に浮かぶ須黒先生の、鋭い叫び声だった。


「魔力反応! 二つ! 気を付けて!」


 言葉ぶつ切り。

 その叫びとほぼ同時に、通路の防火壁が、ほとんど音を立てずに動き、下がり始めた。


「走れ!」


 閉じ込められようとしていること、いち早く察した祥子が、叫び、走り出した。


 残る四人も慌て、床を蹴り跳ね後を追う。

 腰を屈め、身を折り曲げて、なんとか防火壁を潜り抜け、通路の向こう側へ。

 そしてまた走る。


「バレたってことか?」

「最初からかも」

「そがいな話は後じゃ!」

「そうだな……うわっ!」


 全力で走りながら、カズミは咄嗟に身を屈めた。


「くそ、剣かなんか、風圧受けた! 誰がいるぞ!」

「ぐっ」


 治奈が呻き、左腕を押さえた。

 紫色の魔道着が切り裂かれて、押さえる右手の指の間から、血が染み出している。


「大丈夫? カズミちゃん! 治奈ちゃん!」


 アサキが不安そうに尋ねた。

 と、その瞬間、アサキ自身も感じていた。カズミがいっていた、その風圧を。


 無意識に、身体が動いていた。

 感じたその瞬間に、アサキは、風圧から、見えない武器の軌道と位置を読み取って、手の甲で横から弾いたのである。


 手の甲に、確かな感触。

 金属を弾いた音。


 ち、

 と舌打ちが聞こえた気がした。


 全力で走り続ける五人の前に、分岐点。

 真っ直ぐ先には、ほとんど閉まりかけた防火壁があり、左を見るとまだ降り始めたばかりの防火壁。

 誰かの言葉を待つまでもなく、みな、左へ曲がった。


 防火壁はそのまますーっと、ほとんど音なく降り続けて、隙間あと三十センチほど。みな、そのわずかな隙間へと躊躇なくスライディングし、次々と抜けていく。


 最後の延子が抜けて立ち上がった瞬間、背後で防火壁が完全に閉じた。


「かわせた?」


 腕からじくじくと血を流しながら、治奈が、閉まった防火壁を振り返った。

 襲撃者を、まくことが出来たか。という意味である。


「たぶん……あ、いけない!」


 めくれた薄水色スカートを直しながら、万延子の驚いた声。


 進行方向、十メートルほど先にある防火壁が、もうほぼ閉じ掛けているのだ。


「やってみる!」


 アサキは、呪文を念じた。


 だらりと下げた右手のひらと、左手のひら、それぞれから青い光が生じていた。

 光、輝きは、薄く引き伸ばされ、ピザLサイズ並みの、五芒星魔法陣が出来上がっていた。

 両手をクロスさせ、その魔法陣円盤をそれぞれ投げると、空中で二つが組み合わさり、回転し、青い球形になった。


 投げた魔法陣が挟まって、ガキリ引っ掛かる音と共に、壁の落下が止まった。


「サンキュ、アサキ」


 カズミが、礼をいいながら腰を屈めて抜けた。

 続いて治奈、祥子、延子、最後にアサキも通り抜けた。


 はあ、

 はあ、

 みんな、息切れ切れである。


 だが、この壁落下のアスレチックも、ようやく終わりを向かえた。

 通路の突き当りにきたのである。


 第三試験室、

 と、扉の上にプレートが掛かっている。


「ダメ元っ!」


 といいながら、カズミが壁のセンサーに、セキュリティカードを翳した。


 しゅいっ

 と音がして、あっさりと、扉は左右に開いた。


「拍子抜け、じゃの」

「でも気を付けろよ」


 治奈、そしてカズミが、恐る恐る部屋へと入る。


 訓練上であろうか。

 物のなんにもない、薄暗い部屋だ。


「とりあえず、一息はつけるかな。こう走ると、年寄りには堪えちゃうね」


 唯一の三年生である万延子が、自虐的なことをいいながら、わざとらしく腰に手を当てて背筋を伸ばした。


「みんなごめん」


 須黒先生の声。

 祥子のリストフォンから、上半身が空間投影されているのだが、申し訳なさそうに、しゅんと縮こまってしまっている。


「出来る限りの想定をして、持っているデータと送られてくるデータから最適を判断していたつもりだったのだけど……」

「魔法使いが潜んでいたんです。姿も見せずに近寄って攻撃してきた、油断のならない相手でした。だから、仕方ないですよ、先生」


 励ますアサキの言葉に、須黒先生の顔がほんの少しだけ明るくなった。


「これからすぐに対策を立てるから、少しだけ時間をちょうだい」


 そういうと、手元のキーボードを叩き始めるのであるが、


「必要ない!」


 しんと静まり返った部屋に、ちょっとおかしなイントネーションの大声が響いた。


 不意の、その大声に、アサキたち五人、そして空間投影画面の中の須黒先生は、一ようにびくり肩を震わせた。


 ぶん、

 奥の暗がりから、アサキたちのいる方へと、なにかがもの凄い速度で飛んでくる。


 それは赤黒く、ぬめぬめとした、

 それはなにやら、臓物にも見える、グロテスクな塊であった。

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