第06話 相変わらずの激バカで

 りようどうさきは、一人で、住宅地を歩いている。


 十八時。

 もう日が暮れて空は真っ暗だ。


 告別式が終了してから、もうだいぶ時間も経つというのに、まだ学校の制服姿。

 すぐに自宅へ帰りたかったが、帰り道途中で五人の白魔道着に襲われ戦ったことを、ぐろ先生に報告していたら、すっかりこんな時間になってしまったのだ。


 歩きながら、アサキは考えていた。


 魔法使いマギマイスターに、わたしを襲わせた件。

 あんな程度で、わたしをどうこうしようと思ったわけじゃ、ないだろう。


 最近、立て続いて悲しいことが起きている。

 そんな疲弊した気持ちに、追い打ちを掛けること。

 イラつかせ、漠然とした不安をさらに広げる、きっと、それが目的だ。


 いつかわたしの心に綻びが見えたなら、そこを一気に突こうというつもりだろう。


 でも、だれ所長。

 そうは、いかない。

 わたしは、あなたの思惑通りにはならない。


 ならない、けど、

 でも、もしも……


 わたしを追い込むために襲わせたはいいけれど、もしも本当に、わたしが倒され命を落としたならば、どうなるのだろう。

 至垂所長は、どうするだろう。


 そんな、詮ないことを、考えてしまっていた。


 昼間に魔法使いの襲撃を受けたこと関係なく、確かに心は疲弊しており、ふと、戦いで死ぬのならそれはそれで悪くないかもな。

 などと、そんな思いが浮かんでしまっていたのである。

 そこから、じゃあ自分が死んだら、どうなるだろう、と。


 首を、横に振った。


 ダメだ。

 ダメだ。

 どうなるもなにもない。

 わたしなんかがいなくなったところで、至垂所長は、他に獲物を見付けるだけだよ。


 ならば、わたしがなんとかしなきゃ。

 または、彼の目がわたしに向いている間に、須黒先生たちに、なんとか打開策を見付けて貰わないと。


 これまでの調査で、一番魔力の高い女の子を狙っているだけ、ということならば、わたしがターゲットにされている現状を、むしろ好都合と思わないと。

 自分に掛かる火の粉を、振り払っているだけでいいんだから。


「アサキ?」


 前方からの声に顔を上げると、道路脇に、あきかずが立っていた。


 私服姿。

 薄地のトレーナーに、デニムのスカート。

 ボロになるまで使い込んだ、木のサンダルを履いている。


「カズミ、ちゃん……」


 アサキは、足を止めた。


 ああ、そういえばここって、カズミちゃんの家がある通りなんだったな。

 考え事のあまり、景色が見えていなかったよ。


「おい、お前、まだ着替えてないのかよ」


 ちょっと驚いたというか、疑問の言葉。

 告別式は午前だったのに、まだアサキが学校の制服を着ているからだ。


「うん。……また、知らない魔法使いに襲われちゃって」


 何故だが申し訳なさそうに、答えた。


「またかよ。で、また生身で撃退か? すげえなあ、もう」

「クラフトが使えないんだから、仕方ないじゃない」


 第三中の魔法使いが持っているクラフトが、一斉に働かなくなった。

 そのため、魔道着や武器の伝送機能も、使えなくなった。

 だから現在、原因を調べるため、全員、須黒先生に預かって貰っているのだ。


「いやいやいや、変身出来ず仕方ねえって理由で、丸腰のまま魔法使いを相手に戦えるわけねえだろ、普通は。また何人もいて、武器だって持っていたんだろ?」


 隠す必要もないことなので、赤毛の少女は、小さく頷いた。

 頷いた後、ちょっと悔しそうに小声をぼそり。


「後悔、してるけど」

「なにがよ」

「殺したりは、しなかったけど……わたし、本気で戦っちゃった。それどころか、少し酷い目にもあわせてしまった」

「あいつらの自業自得じゃん」

「違うんだ。わたしね、ただ、これまでのことや、昼間の所長との件があって、自分の気持ちが面白くなくて、不機嫌で、それを、その女の子たちにぶつけちゃったんだ」

「はあ?」

「わざわざこんな日にどうして! って許せなくなっちゃって。彼女たちは、単に命令されているだけかも知れないのに。本当は、ヴァイスタから世界を守る仲間のはずなのに! わたしはっ……」


 泣き出しそうになっているアサキを、カズミは、点になった目で見つめていた。

 ぽかん、と口を小さく開いたまま。


 どれくらい、そうしていただろうか。

 ぷっ、と声が漏れ、続いて、大爆笑が開始された。


 今度は、アサキの目が点になる番だった。


「カ、カズミ、ちゃん?」


 なにに笑われているのか、まったく理解出来ず、カズミの名前を呼び掛けてみる。が、片や小さい声だし、片や爆笑中だしで、耳に届いていないだろう。


 やがて笑いも収まると、カズミは、まだお腹を痛そうに押さえながら、そしてもう一方の手で涙を拭いながら、すっきりした顔で、


「お前が相変わらずの激バカで、安心したよ」


 そういったのである。


「え?」


 どういう、こと?


 すっかり、混乱していた。


 人の顔見ながら大爆笑されて、バカで安心とか、意味が分からないんだけど。


「今後なにがあろうとも、お前はそのままでいろよ。あたしも自他共に認める激バカだけど、お前とは方向性が違う激バカだからな。……バランスを取ってやるよ」

「え?」


 なにを、いわれているんだ、わたしは。


「えじゃねえよ! さっきからもう! 必要だ、っていってんだよ。あたしたちにとって、この世界にとって。……とんでもねえ力を持っているくせに、まるでそれに溺れない、どうしようもねえバカな女の存在はさあ」

「ああ……」


 そういうことか。

 意味は分かったけど、でも別にわたしそんな……


「つうか、あたしにお前のことなんか、褒めさせるんじゃねえよ! 恥ずかしいだろお! だから食らえ、チョークスリーパー!」


 カズミは、素早くアサキの背後へと回り込むと、前へ回した右腕で顎を締め上げた。


「やあん、やめてよお! カズミちゃん」


 アサキは笑っていた。

 その笑いが、すぐに大きく激しくなった。

 カズミの攻撃が、身体のくすぐりに変わったのだ。


「や、やめ……倍返しだあ!」


 反撃に転じるアサキ。

 そうはさせまいとするカズミ。

 と、二人は笑いながら、夢中になってくすぐり合っていたが、通行人の老婆の姿に、ぴいんと気を付けの姿勢になった。


 老婆が通り過ぎると、カズミは、ふうと息を吐きつつ、おでこの汗を袖で拭いた。


「ったくもう。アサキのバカのせいで恥かいたあ」

「わたしのせいじゃないよお」


 濡れ衣もいいところだ。

 カズミちゃんがプロレス技を仕掛けてきたのが、発端じゃないか。


「そうだ。うち、ちょっと寄ってくか?」


 カズミは、自分の肩越しに、親指で、背後にあるボロい平屋を差した。

 昭刃家住居の貸家である。


「いや、いいよ。晩ごはん時だし悪いよ」

「なんだよ、たまにゴキブリ出るのが嫌かあ?」

「え、でっ、出るの? カズミちゃん家?」


 初耳だ。

 そりゃどこだって、たまには出るかも知れないけど。

 いわれてみればこのような家だし、たまにどころでなく、出そうな気が……


「こないだ遊びにきた時も、座ってるお前のすぐ後ろ、床に着いた手をかすめるように、かさこそ通ってたぞ」

「ぎゃあああああああああああああ」


 赤毛の少女は頬に手を当て、ムンクの絶叫をしていた。


 これが、ザーヴェラーを一人で倒し、変身せず武器も持たずにヴァイスタを倒したり、五人の魔法使いをこともなげに蹴散らした者の、態度であろうか。


 半分、いや三分の一は、あえて乗っかったのだが。

 ゴキブリが大の苦手なのは事実だが、バカバカしい話をすることで自分を元気づけたいという、カズミの気持ちが分かったから、あえて。


 でも、あえて乗っかろうとも、ゴキブリ嫌いなことは変わりなく、


「じゃ、じゃあ、わたし、よ、用事があるからっ」


 しゅたっ、と手を上げ去ろうとするアサキであったが、瞬間、腕をがっしと掴まれていた。


「いいからいいから」

「いやいや、全然よくないですよお!」


 ぐいぐい引っ張るカズミを振りほどこうとするものの、魔力抜きの単純な腕力だけなら、カズミの方が遥かに強く。


「ああ、そうだ。ご飯食ってきなよ。今ね、兄貴が料理してるんだ」

「家族団らん邪魔しちゃ悪い。遠慮しておき、うあっ!」


 ぐい、とカズミが強く引っ張ったのだ。


「ほら、早くっ」

「助けてえええええええ」


 こうして、ヴァイスタを変身もせずにパンチくれて倒す無敵の魔法使いは、半泣き強制的に、カズミの家へと連れ込まれてしまったのである。

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