第02話 ブロードキャストの犯人

 余談ではあるが、ここにいる魔法使いの中で、よろずのぶが唯一の三年生で。後はみな、二年生だ。

 みなは延子に対し、気にせずタメ口であるが、生真面目なアサキだけは、しっかり敬語で接している。


 先ほどの、延子の疑問であるが、噂としては、元々あったものである。

 通常のヴァイスタは、元は人間の少女である。と。

 高い魔力を持つ者が、絶望することにより、黒く変質した魂が身体を分子レベルで再構成する、その現象によって作り出された怪物。つまり普通に考えて、元魔法使いということになる。

 適性上、魔法使いとして組織にスカウトされない者もいるが、ほとんどの場合において。


 噂であり確定情報ではなかったが、リヒトは事実と認識して動いていたし、実際この部屋にいる者のほとんどが、目の前で現象を目撃している。


 アサキ、カズミ、治奈は大鳥正香が、

 嘉嶋祥子はしろが、

 それぞれ、ヴァイスタへと変化したのを間近で見ている。戦ってもいる。


オルトヴァイスタに関しては、まだ目撃談もなく、臨床結果もまとまったデータが取れておらず、これこそまだ噂の段階だね。でもだれは、真実として調査し、自信を持って研究を進めている。実証は出来ておらずとも、調査の結果から、本人としてはデータに信憑性を感じているのだろうね」


 祥子は、そこで言葉をいったん切り、ひと呼吸置くと、話を続ける。


「ぼくが知ってることなんて、あまりないけど、とにかくそれが真実だとして……どんな者がそれになれるのか、これは基本的に、ヴァイスタと同じだ。ただし、『果てない膨大な魔力を持った者』の、『果てない絶望的な絶望』が必要、とされている。魔法使いならば誰でも、ヴァイスタになる可能性はある、だけれども、オルトヴァイスタは先天的な要素が絶対条件なんだ」

「その、超ヴァイスタを作り出すための、格好の素材だ、とあの野郎に思われているのが……」


 ちらり、カズミが顔を、ゆっくりとアサキへと向ける。


 アサキは視線に気が付くと、ちょっと困った、ちょっと不満げな表情で、ぷいと横へ視線をそらしてしまう。


「目えそらすな! 大事な話だろ!」

「だって素材とか、モノみたいにいうんだもん!」

「あたしが思ってるわけじゃねえよ!」

「ごめん」

「こっちこそ悪かったよ。……バカだれのせいだ、全部」


 カズミは、ショートパンツ姿で胡座をかいたまま、ごろり後ろへ転がった。


だれが所長になってから四年。リヒトが暴走気味になりつつあることは、分かっていた。でも今回の件、カズミくんのいう通り、あんな堂々分かりやすく仕掛けてくるとは思わなかったよ」


 嘉嶋祥子はそういうと、小さくため息を吐いた。


 胡座姿勢のまま寝転んでいたカズミが、反動使わず器用に起き上がった。


「だろ。つうかお前、立ち位置どっちなんだよ? こないだ、ウメとやりあったらしいじゃん」

「こないだ?」


 大柄な身体で、可愛らしく祥子は小首を傾げる。


「ああ、あれ、ほら、わたしたち第三中が、公園上空に出たザーヴェラーと戦った、そのあとだよ」


 アサキが説明する。


「そうよそん時。戦い終わったばかりで、ボロボロになっているウメの前に現れて、斧で切り掛かったって話じゃねえか。本気で殺そうとしてたって」


 ザーヴェラー戦の後。

 応芽は、応急治療を受けただけの、体力のまるで回復していない状態で、異空に一人残っていた。

 そこを、襲撃を受けた。

 その相手が、この嘉嶋祥子だったのだ。


「ああ、あれね」

「どういうつもりだったんだよ? だってあの時はまだ、ウメはだれのいうことを聞いていたわけだろ? まだリヒトのスパイだったわけだろ? 敵対って、意味が分からねえよ」


 疑惑の視線を隠しもせず、むしろ嘘の壁を張ってたらバリバリ砕いてやるぞといった眼光放ち、祥子を睨み付ける。


 受けた祥子は、涼しい風を浴びている表情のまま。

 もともと、あまり感情が出ないタイプなのだろう。


 なにがどうであれ、カズミも、のらくらかわされ続けていては面白くない。「おい!」と、声を荒らげた「お」の口が、開きかけたところで、追い抜いて祥子がぼそり言葉を発した。


「ぼくはね、元々リヒトを辞めたかったんだよ」


 と。


「小さな組織だから、だれと会う機会は多くてね。彼のちらちらと見せる狂気に、すっかり嫌気が差して。でも、雲音のために話に乗っかって、特使にまでなってしまったウメを、放って置けなくて。妹のため盲目になった彼女が、リヒトにどう利用されるか、分からないじゃないか」

「だから、情報を得やすいようリヒトに残り、でも、ウメの暴走と思われるところは妨害していたわけか」


 カズミの、睨む目付きはそのままだが、それを祥子へぶつけ続けるのに躊躇いが出たか、小さく横へ視線をそらせた。


「そういうこと。でも彼女は、反対方向へと盲目になってしまったけどね。……つまり、きみらを好きになってしまったんだ」


 その言葉に、カズミの頬がぴくり動く。

 顔はまだ、睨んだ目付きのまま、そっぽ向いたままだが。


「そのため、せっかく出現したザーヴェラーを、なんとヴァイスタ化のための活用もせず、戦ってしまった。そうした、リヒトのへの反逆思考ともいえる行動への、牽制の指示が出たんだ。次はないよ、と示す必要があった。それがあの時の、ぼくが行動した理由さ」

「ザーヴェラーと戦ってしまったから反逆、って? あの、祥子さんのいうとることの、意味が分からんのじゃけど」


 きょとん、とした表情の治奈であったが、喋っているうち、あからさま不機嫌の色も浮かんでいた。

 死ぬ思いで戦い、実際に殺されかけたのに、それをよくないことのようにいわれて。


「気を悪くした? ぼくの任務は、特使の監視だから。あの時のウメは、ザーヴェラーが出たというのならば、それを利用して、きみたちを絶望へと追い込む行動を取るべきだったんだ」


 だというのに応芽は、内蔵が見えそうなくらいに身体がえぐり取られようとも、みんなを守るため、一人きりでザーヴェラーへと挑んだのだ。

 結局、返り討ちに遭って戦闘不能。空飛ぶ悪魔にとどめをさしたのは、能力を覚醒させたアサキだったとはいえ。


「仕事じゃった、ということなら、仕方ないのかも知れんけど……」


 治奈はぐっと言葉を飲み込んだ。

 先に、リヒトを辞めたかったが応芽のために残った、といわれている。だから、責めるのはお門違いである、と分かっているのだろう。


「ウメちゃんは、わたしたちのことを、仲間だといってくれた。正香ちゃんたちの件も、一緒に泣いてくれた。悔しそうに、悲しそうに、申し訳なさそうに」


 アサキは行き場なく、自分の私服スカートの裾を、両手でぐっと握りながら、涙を堪え鼻をすすった。


「あたし、そこまで思ってくれている、あいつのことを、信じられなかった。アサキは、ずっと信じていたのにな。なんか事情があるんだ、って」


 カズミもまた、気持ちの持って行き場所がないのか、悔しげな顔で強くテーブルを叩いた。


「実をいうと、ぼくもね、禿げるくらいストレスだった。だって、我孫子への定期巡回の都度、きみたちとウメとの絆が深まっているんだもの。リヒト内では、板挟みだし。未来のためなんだ、と思おうとしても、どう頑張っても、ウメにとっても世界にとっても、よい未来、よいゴールが思い描けず。……ふと現実に戻れば、雲音を思うウメの気持ちがただ哀れで……」

「そっか。ショーパンも必死に戦ってたんだね。って、初対面のわたしがいうのも、生意気かも知れないけど」


 万延子は、嘉嶋祥子の男子並みに大きな身体を、後ろからそっと腕をからめ抱き締めた。


「いや、自分に不誠実でいるのが辛かっただけで……ところで、なんだい? ショーパンって?」

「いやあ、祥子ちゃんだからショーパン」

「悪かないね。ああ、それでね、ちょっとだけ面白い話。……だれって、一度批判的な目で見れば、どんどんボロが目立つんだけど、結構カリスマ性があるらしく、周囲は賛美だけなんだよね」

「それのなにが面白いんだ」


 小首傾げるカズミ。


「いや、腹立たしいからさ、ぼくもこのままじゃ禿げるし。『あいつは悪魔だ』とか、何回かブロードキャストしてやったことあるよ。ばれないよう、経由先に外部サーバをクラックしてさ。本気で追われたらバレちゃうかは、名指しは出来なかったけど」

「あれ、お前だったのか!!」


 カズミが、びっくり顔で立ち上がっていた。


 治奈も、そしてアサキも、立ち上がってはいないが、大口あんぐりだ。


 そうもなるだろう。

 過去に何度か、突然、一斉送信されてきた、身元も送信方法も分からない不気味なメッセージ。

 その送り主が、ここにいる嘉嶋祥子だというのだから。

 単なるイタズラで、しかもそれを、メンシュベルトとリヒトの全体へと送り付けたというのだから。


「痕跡を辿られそうになったから、やめたけどね。……壁の落書きみたいな些細なものだけど、悪魔のようなことを考えている男がいることをみんなに伝えたかった。また、いざという時に、ぼくも彼には反対の立場だったんだということの、少しでも証になればいいなとも思って。でも、ドキッとしたでしょ? 不幸の手紙みたいで、面白かったでしょ?」

「面白くねえよバカ」


 カズミが、祥子のうっすら笑顔を一太刀に斬り捨てた。


「はじめて見た時は、気になって、寝付けんかったからのう。……でも、だれに反対していたことや、リヒトを辞めたいと思っていたことは理解出来たけえね。さっきは、不機嫌顔を向けてしまって、謝るわ」


 治奈は小さく唇を釣り上げ、笑みを作った。


「辞めたいっていっても、リヒトもやっぱり、辞める時には記憶を消されるんでしょう?」


 アサキが、不安な顔で素朴な疑問を口にした。


「そりゃそうだ。……忘れたくないことはたくさんあるけど、でも、それで楽になれるなら、安いものかもね。むしろ、全部忘れて、人生をやり直した方が、いいのかもなあ」


 のんびりした口調でいいながら、祥子は、大きくのびをした。

 戻した手で、軽く鼻の頭を掻いた。


 アサキは想像する。

 祥子の思いを。

 慶賀応芽、慶賀雲音、それとしろという名の少女とで、四人チームを作っていたとのことだが、現在残るは祥子一人のみ。


 一人は、ヴァイスタになり、倒され、消滅させられた。

 一人は、ヴァイスタを消滅させたショックから、自身がヴァイスタ化しそうになり、魂を砕かれた。

 一人は、魂を砕かれた妹を復活させるために無理を続け、自身が生んだ妹の幻影に殺された。


 どれだけの、辛い別れであったことか。

 想像することは出来るが、実際どれほど辛いのかは、想像も出来ない。


 自分も、友人を失っている。

 一人はヴァイスタ化して、一人はそのヴァイスタに食べられて。

 また、応芽との別れは、祥子だけでなく、自分の経験でもある。


 でも、重みが違う。

 たぶんだけど、桁が違う。


 自分は今年の春に転校してきて、そこで魔法使いになって、すべてはそこからだから。

 しばらくして、応芽も転校してきて。だから、自分と応芽は、それほど何ヶ月も同じ時を過ごしたわけではない。

 比べて、祥子と応芽は幼馴染であり、古くからの戦友なのだから。

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