第01話 先生と生徒たち
床に、物のほとんど置かれていない、質素で落ち着いた六畳間。
ふすまの隙間から見える、ガラクタ山に気付いてしまうと、一転して落ち着きもへったくれもなくなってしまうが。
突貫作業で、全員で隣の洋室へと物を運び、押し込めたのだから仕方ない。
ここは千葉県
一戸建てにぐるり囲まれ建っている、五階建てマンションの四階、
どうして急遽、片付けをすることになったかというと、なんのことはない。
須黒先生が、リヒトの動きに備えた対策会議のために、関係者を自室に招いたはよいが、自分の部屋がとてつもなく散らかっていることをすっかり忘れていた、という、ただそれだけの話だ。
招かれたのは、みな現役の
今回、色々な面で当事者になってしまっている、
同じ、天王台第三中学所属の仲間である、
リヒト所属であるが、
隣の学区で、助け合う関係であるため、知っておいてもらおうと呼ばれた、第二中魔法使いのリーダーである、
この、五人である。
慌てて片付けこしらえた空間の、中央に置かれた白い座卓を取り囲んで、私服姿の彼女たちは、それぞれ床に腰を下ろしている。
何故、このような場所で、対策会議などを開いているのか?
それは、樋口校長にも、メンシュベルト東葛支部にも、何故か連絡が取れないためだ。
リヒト東京支部での件を、須黒先生が校長に伝えようとしたが電話繋がらず、メールも返信なし。
校長室も、もぬけの殻。
東葛支部へ問い合わせるが、担当不在とのことで、上長と話すことが出来ず。
ならばいっそ本部か、または、知った顔である第二中の
などと思案しているうち、だんだんキナ臭く感じるようになった須黒先生は、念の為、背広組への相談は控えて、信頼の置ける者たちを集めた。
というのが、円卓の騎士が集まることになった経緯である。
リヒト所長、
「しっかし、あの、シダレだかハナタレだかオシッコタレだか、変な名前の男。いつ見ても薄笑いで、気に食わねえ野郎とは思ってたけど、まさか態度通りのゲス野郎で、しかも、こんな堂々と動いてくるとは思ってもみなかったぜ」
胡座をかきながら、吐き捨てているのは、ショートパンツ姿のカズミである。
「まあ、堂々とでなければ、以前から動いてはいたわね」
苦々しい笑みを見せる須黒先生に、
「そうだったんですか?」
目をばちばちさせながら、驚きと不満の混じった表情をしているのは、アサキである。
驚きは、初めて聞いたからで、
不満なのは、ならば対策してくれていたら、仲間たちの生命は無事だったかも知れないじゃないか、と思ったためである。
「うん。メンシュベルトの上層も相当に警戒している、って校長からよく聞かされた。……
「ええ、うちのスギちゃんから聞かされました」
スギちゃん、杉崎先生のことだ。万延子のいる第二中学校で、魔法使いをまとめている、組織の一員である。
メンシュヴェルトは、末端にリヒトの話をすることは、基本的にはない。そのため、魔法使いたち末端は、ほとんどがリヒトを知らない。
でも、今回のリヒト所長とのいざこざかあった以上は、第三中と仲のよい第二中の子たちも、存在は知っておいた方がいいだろう。そう判断した須黒先生が、杉崎先生に話をしてもらうよう頼んでおいたのだ。
「杉崎先生は、リヒトのこと悪くいわなかったでしょうけど。……ヴァイスタや異空の、研究方針について、メンシュベルトと倫理観に大差があることから、離脱発足したのがリヒトなのよね」
「やっぱり、そうだったんですね」
納得、という表情で小さく頷いたのは、そのリヒトに所属している、嘉嶋祥子である。
組織の悪い話など、公に聞かされるはずもなく、知らないのも不思議ではないだろう。
須黒先生は、テーブルに肘を置いた。
「それと、小さい組織であるが故のフットワークの軽さが、強引さや傲慢さにも思われたみたいで、わたしたちの上層、メンシュベルト幹部には、疎まれてもいたらしいわね。表向きは、同じ目的の仲間だったけど」
「よく、うちから特使を受け入れましたね」
「特使制度も、リヒトにはリヒトの思惑があるのでしょうけど、メンシュベルトとしても、リヒトの魔法使いを把握して置きたくて、続けられていた」
「はあ」
気のない返事をする、祥子。
「水面下の争いこそあれ、最終的な目的は、やはり世界の平和であり、ヴァイスタを駆逐し、異空からの驚異を根絶することである。とも、思われていたけどね。なんだかんだ、メンシュヴェルト幹部はリヒトを信じてもいた」
「覆った、ということですか? 我らリヒトに対する、考え方が。まあ、そうでしょうけどね」
自虐、であろうか。
祥子の言葉は。
「……どうかしら。知ったならば、『やっぱり』と思った幹部は多いでしょうけど。……連絡が、まったく取れないんですもの」
そこから不安を感じたから、こうして、よく知った仲を集めて、今後どうすべきか話し合っているのだから。
須黒先生のいう、「やっぱり」とは、リヒト所長の
令堂和咲に対して、宣戦布告にも近い、宣言をしたのである。
不都合など、いくらでももみ消せるから。
と、思うところを堂々と語ったのである。
その計画に踊らされて、
また、これまでの亡くなっていった
「本当にあるのじゃろか、『
治奈が、ぼそり疑問の声を出した。
正座姿勢で、私服のスカートから出ている自分の膝小僧を、意味なくさわさわとなでながら。
「分かんねえけど、あのクソ野郎の最終目標は、やっぱり、『絶対世界』に行って、その世界ならでは存在するであろう力を、手に入れる。……ってことなのかな?」
カズミも、答えを期待して呟いたわけではないのかも知れないが、でもその言葉を受けて、嘉嶋祥子がゆっくりと口を開いた。
「そのために必要なのは、『
なんだかとてつもない規模の話を、銀黒髪の少女は、大柄な体躯の割に特に低くもない綺麗な声で、語っている。
窓の外を眺めながら話を聞いているだけだった、万延子が不意に向き直る。額に上げた、トレードマークたる白青ストライプの巨大メガネ、そのフレームをつまみながら、
「次元、物質、魂、過去未来、すべてなかったことになり、あらたな時の根源、からの歴史が始まることになる。それをさせないために、魔法使いはヴァイスタと戦っていたわけだけど。でも本来の『新しい世界』は、滅びの現象というわけではなかった、ってことなんだね」
言葉はっきり発音しながら、祥子へと顔を向けた。
「そう。滅ぶのは、無数のヴァイスタの魂が、正しい場所へと導かれないためなんだ。導かれさえすれば、本来の『新しい世界』である『絶対世界』への扉が繋がるんだ。と、
「その
治奈は、不安げな顔を、ちらり赤毛の少女、アサキへと向けた。
「大丈夫。わたしが未来を信じる限り、そんなのにはならないから」
アサキは笑顔と、両手で小さなガッツポーズを作った。
本心からの言葉。
ではあるが、それ以上、みんなを不安にさせたくなかったからであるが。
「そもそもの話になるけど、まだ魔法使いがヴァイスタに、ってのが信じられないんだなあ。でも、本当……なんだよね?」
延子が、額に上げた巨大な青白しましまメガネを、つまんで下ろして普通に掛けて、ぐるりとみんなの顔を見る。
彼女は、こういう真面目な雰囲気が苦手なのだろう。
でも、あからさまにふざけることも出来ず、せめてこのくらいは、とごまかしメガネで遊んで見せたのだろう。
「わたしたちは……目の前で、見ていますから」
アサキの笑顔は笑顔のままであるが、トーンダウンして、陰りを帯びたものになった。
「だよね。辛いこと思い出させちゃったね。ごめんね」
「いえ。気にしないで下さい」
アサキは小さく首を横に振った。
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