第03話 目を覚ませ

 「戦いたく、なんか、ない、けど」


 ぜいはあ、アサキは息を切らせている。

 中学の制服姿。

 二本のナイフで、なんとか応芽の剣の重みを支えている。

 耐えきれず、膝がぶるぶる震えている。


「だったら、おとなしゅう腕の一本でも差し出せや!」


 応芽の叫び声。


 と同時に、アサキの身体に消失感。

 ぐいぐいと刃同士を押し合っていたはずなのに、すっと抵抗がなくなって、前へよろけた。


 ぶうん

 いつ引いたのか、いつ振り上げたのか、応芽の剣が、真上から落ちてきた。


 アサキは、両手のナイフで受け流そうとはせず、むしろ応芽へと身体を飛び込ませていた。


 応芽の剣は空振るが、舌打ちしながら、握った柄尻を、飛び込んできたアサキの背へと、叩き落とした。


 がふ、と呼気を吐きながら、アサキは構わず身体を突っ込ませ、応芽へと体当たり、壁に激突させて、そのまま壁へと押し付けた。


「それで、本当に、元の、ウメちゃん、に戻るん、だったらね」


 それ以上の価値なんかないよ。

 わたしの、腕なんて。


 こんな戦い、ウメちゃんだってしたくないんだろうな。

 辛くて、仕方ないんだろうな。

 残忍なこといって、笑って、そうして自分を騙して。

 ただ、妹、雲音ちゃんのために。

 お姉ちゃんにここまで愛されて、雲音ちゃんは幸せだったんだな。

 どんな子、だったんだろう。

 写真でしか、見たことないけど。

 きっと、素敵な子なんだろうな。


 息切れ切れに、応芽の腰へと抱き付きながら、アサキは一瞬のうちにそのようなことを考えていた。


 見上げるアサキと、見下ろす応芽の、目が合った。

 目が合った瞬間、応芽が激高した。


「なんや、その見透かしたような顔は!」


 怒鳴りながら、また、剣の柄尻をアサキの背中へと叩き落とした。

 何度も。

 何度も。


 呻き、耐えるアサキであるが、いつまでも耐えられるものではない。

 膝が崩れたところへ、膝蹴りを顔に受けた。


 とと、と後ろへよろけたところ、締め付けから逃れた応芽の剣が、喉元掻っ切ろうと水平に走る。

 半歩退いて、かろうじてかわし、間髪入れずにきた返す刃を、二本のナイフで受け流して、距離を取った。


 はあ、はあ

 赤毛の少女は、二本のナイフを持ったまま肩をだらり落として、息を切らせている。


 応芽は不意に、ぷっと吹き出すと、肩をすくめながら、嘉嶋祥子へと小馬鹿にした顔を向けた。


「残念やったな。時間を稼いだもなにも、ぜーんぜん回復しとらんやないか」

「忘れたのかい? 彼女が、ザーヴェラーと戦った時のこと。体力じゃなく、魔力が無尽蔵に湧き上がる。だから特Aなんでしょ、彼女は」

「少女向けアニメの魔法やないんやで。動ける肉体あってこそやろ。もうボロッカスやないか」


 二人の会話に、当人であるアサキが、


「でも、負けてないよ」


 言葉を、割り込ませた。


「負けてない。わたしの、心は。……それは、心から、ウメちゃんを助けたいと、思っているからだ」


 ぜいはあ、息を切らせながら。

 苦しそうに、顔を歪ませながら。


「口ばかりやなあ。祥子が乗り移ったんとちゃうか?」

「口ばかりは、ウメちゃんだよ。だって、いってることと、思っていることが、まったく違うもん」

「せやから、見透かしたような態度はやめろ!」


 地を蹴った応芽は、苛立ちを刃に乗せ、赤毛の少女へと振り下ろした。


 赤毛の少女、アサキは、交差させたナイフで受け止めようとするのだが、威力予想以上で、ガード体勢のまま吹き飛ばされた。

 壁に背中を強打、壁に亀裂が走った。


 次の瞬間、その壁が爆発し、消し飛んでいた。

 とどめを刺そうと応芽が身体を突っ込ませ、アサキが呻く間もなく横へ転がりかわし、脆くなった壁に剣が叩き付けられて、風圧と続く打撃とで、粉々に砕け散ったのである。


 ごろり転がったアサキは、転がる勢いで立ち上がりながら、左手に装着しているカズミのリストフォンを頭上へとかざし、スイッチを押した。

 なにも反応はなかった。


「まだダメか」


 まだ、カズミの魔道着が修復されていないのだ。


 嘆くアサキの頭上から、剣が振り下ろされる。

 一本引いてかわすが、応芽は素早く踏み込んで、引かれた分を詰めると、右手の剣を真横へ払った。


 胴を狙った一撃。

 アサキは、引いかわすでも身を屈めるでもなく、瞬時に跳躍していた。

 剣の上に乗って、それを足場に、応芽の頭を蹴ったのである。


 目を覚ませ。

 というメッセージだったのか、自分でも分からない。

 無意識に、身体が動いていた。


 頭を蹴られ、のけぞりながらも、瞬時に怒声を発しながら出鱈目に剣を振るう応芽であるが、その切っ先は空気をかき混ぜるだけだった。


 アサキは、今度は空気を蹴って、十メートルほどの空中にいたのである。


「逃げんならハナから歯向うなあ!」


 怒声上げ、強く地を蹴り、応芽が追う。


 アサキはさらに空気を蹴って、さらに高く跳んだ。

 制服のスカート姿であることなど、気にしている余裕もない。


 そうだ。

 ウメちゃんに勝たないと。

 勝って、とりあえず戦力を奪って、その上で冷静になって貰わないと。でないと、今のウメちゃんじゃ話し合いも出来ない。

 飛ぶのは、かなり魔力を消費する。

 でも……

 わたしの体力は限界だけど、でも、祥子さんがいっていた通り、わたしに無尽蔵の魔力があるのなら、魔力量の勝負にさえ持ち込めば、勝算がある。

 だから。

 だから。

 飛べ、わたしの身体。

 高く、高く。

 

 アサキは空気を蹴って、さらに上へ、空へ、天へと飛ぶ。

 どんどん、地上が小さくなっていく。


 ものの数秒で、以前にザーヴェラーと戦った時と同じくらいの超高度に、アサキの身体は浮いていた。

 アサキと、追い付いた応芽の、二人の身体が。


 激しい強風に揺られながら。

 遠近、高層ビルに囲まれた、都心の眺めの中。

 眼下、すべてが豆粒や、子供の積み木に見える、眺めの中。

 青い空の下。

 向かい合っていた。


「前にさ……」


 ぼそり、口を開くアサキであるが、ばりばり鼓膜を震わせる風に掻き消されてしまい、大きな声でいい直した。


「前に、カズミちゃんが、手賀沼の公園で、いってたよね。こんな眺めを、守るんだ、って。知っておいて欲しい、って。ここの、この眺めも、同じだ。この眺め、街、人たち、生き物、世界、わたしたちは……わたしたちが、守る」


 まともに呼吸の出来ない息苦しさの中で、応芽の情、優しさに、訴え掛ける。


「は、どうでもええわ」


 鼻で笑われただけだった。


「ウメちゃん!」


 赤毛をばさばさなびかせながら、声を荒らげる。

 荒らげたところで、応芽に届くのは、ほとんどが風の音だろうが。


「あたしはただ、神の力を借りたいだけや。……あわよくば、神の力そのものを、手に入れたいだけや」

「人間は神様にはなれない」

「なんなきゃ雲音を救えへんやろ! とゆうても、神がなんやのかは知らへんけどな。きっと、魔法以上の奇跡を起こせる力やろ」

「そんな力……」

「奇跡で雲音の魂を戻した後は、どうでもええわ。雲音をあんな目に遭わせた、こないな世界なんか、どうなろうと知るか!」

「雲音ちゃんだって、守ろうとした世界だよ! どうでもいいなんていっていたら、雲音ちゃんは喜ばないよ!」

「お前なんかに、なにが分かるんや! 会うたこともないやろ!」

「考えて! ウメちゃんのやろうとしていること、その先に、なにがある? その向こうに、誰がいる? みんな、笑顔なのかな。みんな、幸せなのかな」

「じゃかましい!」

「わたしは……」

「黙れ!」

「だ、誰が、どこに、どんな、思いで、生きるという、人はっ」


 理屈が通じないどころが、がなりたてられ言葉を遮られ、それでもなにかいおうとして、アサキの言葉はすっかり支離滅裂になっていた。


「黙れゆうとんじゃ、ドアホが!」


 応芽の、怒気を乗せた剣を、間一髪、眼前で、アサキは受け止めて防いでいた。


 二本のナイフで。

 落ち着いた、真顔で。


「ごめん、ウメちゃん。うまく喋れない。言葉で、思いを伝えられない。でも……」


 ぐ。ナイフを押す。


 そう。

 言葉じゃない。

 心。

 気持ち。

 きっと、伝わる。

 わたしだって、自分が絶対に正しいなんて、そんなことは思ってない。

 でも、ぶれない。

 もしも、間違っていようとも、わたしは……


「わたしがウメちゃんを思う気持ちを、信じる!」


 叫び。

 ぎらり激しい、厳しい双眸。

 応芽の剣を、気合いで弾き上げていた。


 踏みしめる足場がなく、すうっと後ろへ流れる応芽へと、魔力で空気を蹴り、赤毛をなびかせて瞬時に詰め、身体を回転させながら、左右のナイフで切り付けた。


 目の前の小癪な言動に舌打ちしながら、応芽は、避けつつ回り込み、


「もうくたばれや!」


 反撃の刃を振り下ろす。


 アサキは見切っていた。

 がちり、二本のナイフで受け止めていた。

 受け止めながら、一本を剣身に沿って滑らせて、手首を返して水平に走らせ、真紅の魔道着の、胴体を切り付けた。


 カチ

 応芽の着る真紅の魔道着、胸の装甲に、横一筋の亀裂が入っていた。


 また舌打ちをしながら応芽が、前蹴りを放った。

 腕で払いながらアサキは避けるが、読んでいたか、応芽は瞬間的に身体を回転させて、後ろ回し蹴りで赤毛に包まれた即頭部を狙った。


 その攻撃も、アサキは肘を上げて受け切るが、


 応芽は、アサキを蹴った勢いを利用して、身体を逆回転。今度は蹴りではなく、剣を振るった。


 不意を突いた一撃が、風を切り、唸りを上げ、アサキを襲う。

 しかしアサキは、冷静だった。

 引かず、逆に詰めると、右膝を振り上げて、自分の肘と膝とで、応芽の腕、剣を持っている腕を、押し潰したのである。


 がっ、

 応芽は呻き、睨み、下がりながら、剣を左手に持ち変えた。


 再びアサキが、距離を詰める。

 切り付ける。

 二本のナイフを、自分の手の如く使い。

 応芽が引けば、アサキが押し。

 切り付け続ける。


 利き手が痺れて、剣を左手に持っているとはいえ、応芽は、完全に防戦一方へと追い込まれていた。


「な、なんでや。なんで最強の魔道着が、生身の、裸同然の令堂なんぞに、押される?、お、おかしいやろ!」

「負けないといったはずだ」


 いったから負けないものでもない。

 けれども、いまのウメちゃんには、絶対、負けちゃいけないんだ。

 だから、わたしは……


「黙れ! 黙れ! 魔力量のみの三流! とっとと絶望して、オルトヴァイスタになれえ!」


 絶叫を放ちながら、応芽は、剣を両手に握り、身体を、腕を、ぶるぶる震わせながら、高く振り上げた。


「ウメちゃんっ!」


 アサキは、ナイフを高く放り上げると、空気を蹴って、真紅の魔道着へと飛び込んでいた。


「目をっ、覚ませえええええええええ!」


 怒声。

 応芽の顔が、醜く、ぐしゃぐしゃに、ひしゃげていた。

 頬に、アサキが、右拳を叩き込んだのである。

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