第13話 父と

 夜、九時である。

 自転車を漕いで、川園町にある自宅マンションに帰ったのは。


 既に父親は仕事から帰宅していた。


 父は、リヒトの幹部である。

 母は、リヒトで研究者として働いていたが、現在は専業主婦。退職するにあたって、仕事に関する記憶はほとんど抹消されている。


 父が書斎へと移動するタイミングで、応芽は呼び止め、母に聞かれないよう小さな声で尋ねた。


「あたしが、雲音みたくなった方がよかった?」


 返事はなく。

 かわりに、頬に思い切りびんたをされた。

 壁に打ち付けられるくらい、思い切り。

 そのあと、抱き締められた。


 理由はともかく、ようやく念願が叶って、父親に殴って貰えたわけだが、特に嬉しくもなかった。


 その時は、だからなんだとなんにも感じず、涙も出なかったけど、寝る時に、頬を押さえて、泣いた。

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