第11話 奇跡の世界に自分がいるなら
ここは、
吹く風は、そよそよとして爽やか。
であるが、それに肌を撫でられている二人の顔からは、おおよそそんな爽やかな気配などは感じられなかった。
「ぼくに、話してもいいのかい? そんなことを」
「だって、チーム、もう祥子しかおらへんもん」
二人とも、中学校の制服姿。
まあその格好なのは当然で、現在は朝の十時半、二十分休みを利用して、屋上へきているのである。
他にもボール遊びや読書をしている者などいるが、応芽たちの周囲は誰もおらず二人きり。
まあ、わざわざそういう場所を選んだのだが。
「
わざとかは分からないが、祥子は眉間にシワを寄せて、ちょっと小難しい顔を作った。
「まだ確証があるわけやないらしいけどね。どちらにせよ祥子なら誰にもいわへんやろ思て相談した」
一般人に喋らないのは当然のこと、同じ
「まあ、いわないけどさ。でも、ぼくにそれ話したのは失敗だったかもよ」
「ゆうとる意味が分からへんのやけど。損するわけでもないし、ヴァイスタ研究が進むのはええことやろ? 超ヴァイスタに関わることしておれば、その絶対世界とやらへ連れていって貰うことだって出来るかも知れへんやん」
東京に行かれたら会えなくなるから、チームが壊れるから、だから反対だ、というのなら分かるが、おそらく祥子は、そういうレベルとはまったく別のことをいっている気がして。
それは、なんとなく想像も付いて、それは、ちょっと不快なことで、それで、つい応芽は不満げに唇を尖らせた。
「そりゃ、それがほんとなら。でも、そんな世界へ、行ってどうするんだい? もしかして、雲音のため?」
「当たり前やないか」
もしかもカカシもあらへんわ。
「はあ」
「にべない返事やな」
「現在の生活で、それなりに満足しちゃってるからかな。で、ウメは特使として、なにをするのかな?」
祥子は尋ねる。
「魔力係数の高い者と一緒に行動して、報告したり、あわよくば
「そこまではいわれとらんけど、まあきっとそうゆうことなんやろな。でも、もしも絶対世界へ行けたなら、ただ帰って報告するだけやなんてつまらよなあ。……果たしてどんな世界かなんて、あたしにはよう分からへんけど、神様とまではいわんまでも、そこで力を得て、雲音を蘇らせるとか、出来ひんのやろかね」
「さあ」
「神様本人ならば、魂を作れる、いや、治せるんやろなあ。もしくは、なかったことに出来るかも知れへんなあ。……最悪、入れ替えでもええわ。あたしが滅んで、妹が生き返るなら、それでも構へんわ」
「そういうこといわない」
「せやかて」
妹の魂を砕いてしまったの、自分だから。
肉体のヴァイスタ化を阻止しようとして、使うなとされている魂砕きの術法を、妹に施してしまったのだから。
考えるまでもなく、そんなことをすれば、肉体は単なる抜け殻になってしまうに決まっているのに。
冷静に判断したわけでもなんでもなく、亀裂が入り朽ちていく雲音の肉体を見て、半ば無意識に身体が動いてしまったのだ。
祥子が、またなんだか難しい顔をしているのに、応芽は気付いた。
「なんや」
大柄な友人の顔を、見上げながら尋ねた。
「間違っていると思うな。雲音がリスクなく蘇るならいいけど、そのために誰かをヴァイスタにしてしまうのは」
「別に、わざわざヴァイスタにしようというわけやない!」
「ほら、所長といってることが同じじゃないか」
「そ、それのなにが悪いんや。……もう、お前には相談せえへんわ!」
応芽はぴくり頬を引きつらせると、俯いたまま全力で走り出していた。
分かっていた。
飄々とした態度ながらも、根どころか先まで真っ直ぐな祥子が、認めるはずないことを。
だいたい、祥子なんかに理解出来るはずがないのだ。
遠い親戚と暮らしており、近い肉親は誰もいないのだから。
それも気の毒は思うが、それはそれ。妹が突然いなくなった悲しみなんか、理解出来るはずがないのだ。
でも、そんな祥子だからこそ、わざわざ相談したのかも知れない。
自分の気持ちにふんぎりをつけるために。
初めてこの件を所長に聞かされた時、あまりにも非人間的な内容に吐き気がする思いだった。
でも、自宅に帰って、妹のいるはずだった空間で時を過ごすうちに、だんだんと考えが変わっていった。
ヴァイスタの研究が進めば、あの、昇天で朽ちる際に身体の傷が逆回し映像的に戻っていく感じに、魂も戻るのではないか。
または、自分の砕いた雲音の魂は、実は砕かれてなどおらず、絶対世界に行けば取り戻せるのではないか。
ここが不思議のない世界ならば、期待はしなかったかも知れない。
しかし現実として、ヴァイスタはいるし、自分は魔法使いだ。
なにかをすれば、なにかが起こる。
そんな世界に、自分はいるのだ。
ならば、さらに上位に存在するとされる、絶対世界ならば、自分の希望を叶えることなど、雑作もないことなのではないか。
願い、叶うのならば、
例えどれだけの犠牲が出ようとも。
そんな思いを理解し、後押ししてくれる者など、いるはずがない。
当たり前だ。
だからこそ、否定をして欲しくて、祥子に相談したのではないだろうか。
分からない。
自分のことながら。
冷静に考えれば分かったかも知れないけれど、冷静でなかったから。
理解してくれないことに、本気で腹を立て、頭に血が上ってしまっていたから。
それから応芽は、翔子と口をきくことがなくなった。
仕事ならば、最低限の会話はしたかも知れない。
だが、チームが二人きりになってしまったため、再編成が決まるまでは、ヴァイスタ討伐任務は他チームに任せることになり、結果、いかなる時も、祥子とは、まったく口をきくことがなくなった。
こうして応芽は、一人きりになった。
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