第09話 時は解決をしてくれるか

 ここは天王台第三中学校、第一校舎の三階にある、二年三組の教室だ。


 みちおうが、身体を後ろにちょっとそらせながら、両手を頭の後ろで組んで、流し目でなにかをじーっと見ている。


 視線の先にいるのは、おおとりせいである。


 頭を抱えている。

 すっかりふさぎ込んでいるように見える。


 それも当然だろう。

 時折夢に見てしまう、家族が殺された時のこと。それを最近また見てしまうということなのだから。


 父が、母と姉をハンマーで殴り殺し、父本人は自殺。

 そんな夢を見てしまうだけでも、ふさぎ込むに充分だというのに、さらには、今回はその件で、親友であるへいなると初めて激しく喧嘩してしまったのだから。


 ふさぎ込む気持ちも理解は出来るが、さりとていつまでもこうしているわけにもいかない。

 応芽は、登校中に平家成葉から悩みを聞いてしまった手前、なにか出来ることがないかを考えていたのである。


 でも、本人の悩む姿を横目でじーっと見ていても、それでなにが思い浮かぶわけでもなかった。


「やっぱり、時が解決するの待つしかないんやろか」


 ため息を吐きながら、軽く目を閉じたその瞬間、驚きに、閉じ掛けていた目が再び、そして大きく見開かれていた。


 なにかが見えた、というよりは、なにかを感じたのである。

 視覚と重なって、なにかに見えたのである。


 もう一度、目を閉じたり開いたり、しばしば強くまばたきしてみるが、もうそれは見えず、もうそれは感じず。


 なんやろか。以前に、感じたことあるわ、この感覚。

 あ……


「まさか……」


 ごくり唾を飲むと、あくせく慌て、左腕のリストフォンを操作し、アプリを起動させた。


 軽く腕を上げると、周囲を素早く見回し、こっそりと、カメラレンズを正香へと向けた。


 リストフォンの画面内に、正香の後ろ姿を捉えた映像が表示されるが、それが不意に真っ暗になった。


「ウメちゃん、人に許可なくリストフォンのカメラを向けるのは駄目なんだよ。あと学校内での撮影は禁止」


 席の横に、りようどうさきが立っており、手でカメラレンズを塞いだのである。


「学級委員かよお前」


 その隣にいるあきかずが、漫才の突っ込みみたいに冗談ぽく、腕でアサキの胸を叩いた。


 応芽は、面食らったようにバチバチまばたきすると、


「あ、ああ、こいつが壊れておらんか、ただ表示させてただけや」


 嘘を付いた。

 リストフォンをなでながら、ごまかし笑いをした。


「でもカメラを向けられるだけでも、不快に思う人だっているかも知れないんだから」

「せやな。令堂のいう通りやな。もうせんわ」


 笑みを浮かべたまま、リストフォンを外して机の上に置いた。


「許可ありゃ向けていいってんなら、あたしが許可するから、アサキ、なんかエロポーズやってみな」


 カズミは左腕を持ち上げて、カメラレンズをアサキへと向けた。


「いやいや、撮る方じゃなくて撮られる側の許可でしょお?」


 などといいながら、ネタを振られたアサキもちょっと悪ノリして、腰を少し屈めながら片手を後ろ頭に片手を腰に当てて、唇をすぼめて、お色気ポーズだ。


「こんな感じ?」

「うわっ気持ちわり。レンズ割れる!」


 げっそりげんなりといった表情で、カズミはそっとリストフォンを下ろした。


「やらせといて気持ち悪いとか酷いよお!」

「うるせえ! 文句いう前にその不気味なポーズを解除しろよ!」

「あ、わ、忘れてたっ」


 慌て、手足をばたばたさせるアサキ。


「なあ自分ら、あの二人を見とって、なんも思わへんか?」


 応芽が顔を上げて、くいっとアゴの先で人を差す。

 中央前目の席である大鳥正香と、廊下側の中列である平家成葉の二人を。


 二人とも、どんより真っ黒な雲の中にでもいるかのように、憔悴しきった顔で、ただ俯いている。


「どうしたんだろう……」


 アサキは小首を傾げた。


「今日は成葉までもかよ。正香だけが落ち込んでいることは、たまにあったけどさあ」

「そうそう、正香ちゃんのことは、わたしも前々からおかしいなって思ってて、いつも気を付けていたんだけど」

「いつもって、気付いてなかったやないか。なにがエロポーズや」


 突っ込む応芽。


「だ、だって、だって、これまでこんなあからさまに落ち込んだ感じじゃあなかったから、逆に気付かなくて。……ね、ウメちゃん、二人になにかあったの?」


 アサキは不安げな顔を、応芽の顔へと寄せた。


「まあな。今日のこの状況は、まず大鳥の身に十年前になにが起きたのかから説明せなあかん。昭刃たちは、とおっくに知っとったことらしいから、こいつに話を聞いた方が早いやろな」


 応芽は、カズミの顔へ、ちらりと視線を向けた。


「そんな冷ややかな目で見るなって。隠してるってつもりはなかったけど、わざわざ話すことじゃないと思って、いわなかっただけだ。……ウメは、誰からこのことを聞いた?」

「ついさっき、登校中にな。平家本人が話してくれたわ」

「そうか。じゃあ、アサキにはあたしから話すよ。アサキ、業間休みの時に屋上でな」

「分かった」


 真顔で、アサキは頷いた。



 こうしてアサキも、十年前に大鳥家を襲った惨劇を知るところとなったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る