第08話 あたし、仲間かな?

 風に、溶け消えそうな小さな声で、おうは言葉を発する。


「悪魔に魂だって……売ったるわ」


 そう呟いた瞬間、悪夢から覚めたかのように大きく目を見開いていた。


「あかん、あかん! あたし、今なにを思っとった……」


 応芽は、険しい顔になり、くっと呻き声を出すと、寄りかかっていた壁を、振り向きつつ殴り付けていた。


 壁に血が付いたことに気付くが、構わずその手で、今度は自分の頬を打った。


「せや。あたしは、ただっ、だれさんに状況を報告しただけや。ただそれだけや! おおとりせいをどうこうするつもりなんか、あたしにはあらへん」


 すっかり狼狽している表情に口調、呼吸も荒くなっている。


くものことは、別の方法を探すと決めたはずなんやから。だ、だってあたしは、あいつらの……そうや、あたしは……あたしはっ、天王台第三中学校二年、みちおうなんや!」

「いやあ知ってるよお」


 制服姿のりようどうさきが、見つめていた。

 応芽の言動に対してか、不思議そうな楽しそうなといった小さな笑みを浮かべながら。


「あ、あーっ、い、い、い、いつからっ!」


 びくり肩を震わせた応芽は、先ほど以上に狼狽えまくり、顔色を赤に青に変化させている。


「今だよ。あたしはミチガオウメやあっ、とかけたたましい声で叫んでいるから、ウメちゃん脇道にいたというのに気付いちゃった」

「けたたましい、ってそこまで大きな声は出してへんわ。……あきらたちは? 自分らいつも一緒やろ」

「うん。治奈ちゃんとカズミちゃんがね、ほしかわの曲がいいとか悪いとか争っててえ、わたしだけ先にきちゃった。仲裁しようとしたら、ド下手になにが分かるとかカズミちゃん怒るんだもん。そんなわたし歌が下手かなあ」


 えへへ、とアサキはアホ毛をいじりながら、かわいらしく笑った。


「あ、それでウメちゃんは、なんで自分の名前を叫んでたの?」

「せやから別に叫んではおらんて。……なあ、令堂、一つ尋ねたいんやけど」

「なあに?」


 なにをあらたまって、とアサキは小首を傾げた。


 しばらく、次の言葉を躊躇している応芽であったが、拳をぎゅっと握ると、震える声で質問の言葉を発した。


「あたし、みんなの仲間やろか」

「うん、もちろんだよ」


 返事まで、躊躇っていた時間の十分の一も掛からなかった。


 ほっ、と息を吐くと、応芽は、


「そっか。おおきにな」


 気の強そうな顔を少しやわらかくして、微笑んだ。


「気持ち悪いなあ」

「はあ、なんや、人のことつかまえて気持ち悪いって。失礼なやっちゃな」

「ごめん。……仲間だよ。ウメちゃんは。大好きな、大切な」


 微笑み返しをするアサキに、応芽はちょっと悪戯っぽい表情になって、


「あたしも令堂のこと好きやで。色々と抜け過ぎてて、ほっとけへんわ」

「えーっ、酷いなあ」


 アサキは、ぷっとほっぺたを膨らませた。


「まあ、他の奴らのこともやけどな」


 ふふっ、と笑う応芽に、つられてアサキも声に出して笑った。


 応芽は言葉を続ける。


「あたしもな、いつの間にか心の居場所がここになっとるんやな。あのアホどもにはこっ恥ずかしゅうて、ぜーったいにいえへんけど、なんでやろなあ、令堂にならいえるわ」

「突然どうしたの? まさかウメちゃんが、そんなしめっぽいこというなんて」


 応芽はそれに答えず、言葉を被せ気味に、


「令堂、お願いがあるんやけど」

「なあに?」


 と微笑みながら、言葉を返すアサキであるが、


「あ、あの、あのな、えっと、なんや」


 肝心の応芽が、自分から振っておきながら顔を真っ赤にして照れてしまっている。


「あ、あのなっ、令堂がっ、嫌やなかったらなっ」

「嫌やなかったら?」

「も、もういっぺん、ゆうてくれへんかな。……その、仲間やって」

「え……」


 アサキの顔に浮かんだのは、小さな驚きの表情、それはすぐに、またいつもの柔らかな笑みへと変化していた。


「分かった。……ウメちゃんは、わたしたちの大切な仲間だよ。……って、なんだろう、自分でいってて、嬉しいのに悲しい気持ちになっちゃったよお」


 泣きそうな顔で、いや実際に涙がじわっと滲み出ており、こぼれ落ちる前に人差し指で拭った。

 いつものアサキならば、ここから本泣きに繋がってもおかしくないところであるが、そうはならなかった。

 何故ならば……


「あ、あかん、あかんわ、なんやろな、なんで涙が出てくるんやろ。おかしいな。なんでこんな泣けて……」


 応芽の方こそが、涙をボロボロこぼして、こらえるように空を見上げて、泣いていたのである。

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