第07話 悪魔に魂だって……

「それからずっとね、ゴエにゃんはきっと自分を責め続けているんだ」


 いつもの溢れる元気をどこに置いてきたか、という表情と声で、なるはそういうと、ふうっとため息にも似た息を吐いた。


「どうして自分を責めるん?」


 そういうものでもあるんだろうな、と理解を示しつつも、おうは尋ねる。


「子供がもっとしっかり両親を喜ばせて、絆を結びつけておけば、そもそもこんなことは起きなかったんだ、って」

「はあ? 酷やろ、その理屈は」


 なんで子供が、そないに完璧でおらなあかん。

 仮に子供側に問題があろうとも、ならばなおのことしっかりせなあかんのが親やろ。両親というものやろ。

 逆やん。

 不倫だかなんだか、大人の事情で、身勝手に殺し合って。


「あとね、これは何年も前に本人から聞いたことなんだけど。お父さんがハンマーを手にした時に、怖くて頭が真っ白になっちゃって、なんにも出来なくて、お母さんとお姉ちゃんを助けることが出来なかった、それも悔やんでるって」

「せやから! それも、酷やろ! だって……だって、まだ四歳か五歳やん」


 そこまで過去を無駄に背負おうとしているのかと思うと、感心感激よりも腹が立って、つい応芽は声を荒らげた。


「ナルハもそれよくいうよ。ゴエにゃんは悪くないって。でもね、それでもゴエにゃんは自分を責めちゃうんだ」

「まあ、まったく分からん感情でもないけどなあ」


 悪い悪くないのことではなく、少しでも違うことをしていればそもそ運命が変わっていたのではないかと、過去の自分の微々たる行動を悔やむ気持ちに関しては。


「いまも、大鳥はそこで暮らしとるん?」

「うん。その時から一緒に暮らしていた、叔父さん夫婦とお婆ちゃんと、現在も一緒に」

「せやから忘れられんのとちゃうか」

「だよね。だから叔父さんたちは引っ越しを提案するんだけど、ゴエにゃんは嫌なんだって」

「それに関しては、あたしにはなんもいえんわ」


 乗り越えたいからなのか、単に母と姉と暮らしてきた家から離れたくないからか、理由は分からないが、どちらにしても。


「叔父さんたちとは、ナルハも会ったことあるんだけど、みんな優しい人ばかりで、ゴエにゃんを本当の子供のように愛してくれているのが伝わってくる。そんな中で暮らしていても、それでもあの事件のことはたまに夢に見ちゃうし、一度見ちゃうと、しばらく心の状態がどうしようもなく不安定になっちゃうんだって」

「そら動揺もすれば夢も見るやろ。……自責の念が強すぎるから、思い出すたびに辛いってことか。忘れちゃあかんって気持ちもあって、悪循環に陥っとるんやな」

「これまではナルハずっと、見て見ぬふりをしていたんだけど。嫌な記憶も、いつかは薄れていく。それにゴエにゃんだって、いつまでも子供じゃない。成長して強くなるんだから、って思っていたから」

「それ以上に、責任感や後悔が大きく膨れ上がってしもたんかな」

「多分ね。でも、ここ一年くらいは、その夢を見ることもなく、落ち着いていたらしいんだけど、また最近、見るようになっちゃったみたいで」

「そら辛いわなあ」


 応芽は、難しそうな顔で、腕を組んだ。

 腹にガツガツ、持ってるカバンが当たるので、すぐに腕組みを解いた。


「……これまでなら、また見て見ぬふりだったけど、でもね、ナルハ考えたんだ。もうゴエにゃんは、魔法使いの活動なんかもしてて充分に強いんだから、そろそろピシッというべきだって。抱え込まず、少しはズルくなって、現実から目をそむけることも覚えて欲しかったから。多少は喧嘩になってもいい、って思ってたんだけど、でもゴエにゃんと口喧嘩なんて生まれて初めてで……」

「自分を抑制出来なくなって、大鳥に対して必要以上に激しく当たってしまった」

「そう。……ナルハが悪いんだ。突然あんなに強くいうべきじゃなかったんだ。十年経っても強く自分だけを責めるくらい、怖い嫌な記憶だというのに……」


 成葉はきゅっと唇を噛んだ。


「大鳥って、いつも静かに微笑んでいるけど、そんな辛い過去があったんやなあ」

「その時からだよ。そうなったのは。ナルハたち、三歳の頃からの仲だけど、ゴエにゃんってかなり喜怒哀楽を出すタイプだったもん。変なこと叫んでくるくる回ってたりとか、イタズラも凄かったし」

「本人が自力で乗り越えなあかん、とまではあたしは思わへんけど、平家としては、親友のそうゆうとこを見とるのは辛いよなあ。……でもな、平家が投げたその厳しい言葉も、いつかは届く思うで。大鳥だってほんまはカラを破りたがっとるんやないか? 慣れあうだけが友情やないし、平家の態度は間違っとらん。自信を持って、どーんと構えとけばええんや」


 応芽は、自分の左胸を右手でどんと叩いた。


「でも、それで色々といい過ぎて、喧嘩になっちゃったんだよ」

「雨降ってなんとやらや。とりあえずは、いい過ぎた思うたんなら過ぎた分を謝っとけばええわ、後で会うた時にでも」

「他人事だと思って……」

「自分かて、他人事やからって宣言して、大鳥にきついこと仰山ゆうたんやろ。ま、大丈夫や、さっきのその件やったら時が解決するやろ……」


 ぶーーーーー


 応芽の、左腕のリストフォンが振動した。


「なんやなんや、こんな朝っぱらから」


 気怠そうな顔で、左腕を持ち上げて画面を確認した瞬間、表情が変わった。


「ああ、悪い平家、大阪にいる親からや。……静かなところで話したいから、先に行っててくれへんか。ほなまたなっ」


 焦りの混じった笑顔でそういうと、ぽけっとした顔の成葉を一人残して、応芽は早足で脇道へと折れた。


 リストフォンを骨伝導の通話モードに切り替えると、側頭部へと押し当てた。


「すんません、遅れました。おうです。……はい。りようどうさきについては、特になにも変わったところはありません。……はい。注視するようにしますわ。分かりました。ほなら定期連絡で。……あ、あ、同じグループの大鳥正香のことですが、彼女は、『兆し』があるのかも知れません。……はい、こちらも、はい……状況に応じて、また……それじゃ」


 通話が終了した。通話時間が表示されて、数秒後で画面は真っ黒になった。


 しばらく無言で、リストフォンを耳に当てたままの応芽であったが、やがて、ずるりとその左腕が落ちる。

 両腕をだらんと下げたまま、しばらくそうしていたが、やがて、ぼそっと呟き声を発した。


「利用出来るもんなら……なんでもええわ」


 俯いて、顔を前髪に隠しながら、にやりと笑みを浮かべていた。

 唇が微かに動いているだけにも見える風に、溶け消えそうな小さな声で、なおも言葉を発する。


「悪魔に魂だって……売ったるわ」

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