第10話 合同戦闘
しゅんっ、と空気を突き刺し伸びる、白くぬるぬるした触手の鋭い一撃を、剣で跳ね上げると、
「えやあっ!」
返す刃を、引きつつ叩き付け、残る一本を切り落としていた。
両手に掴んだ剣を下げて、一息をつくアサキの足元で、落とされたヴァイスタの粘液にまみれた白い腕が、一瞬で干からびて砂になり、風に溶けて消えた。
ヴァイスタ本体の左腕断面からは、白い粘液がぬるりだらりと垂れて、それが腕の形状を取り固まりつつある。
切断されたばかりだというのに、もう目に見えて再生が進んでいるのだ。
「残念! ぶった切ったと同時に、さらに一歩踏み込めてたら完璧だったのになあ」
そういいながら、アサキの肩をぽんと叩くのは、
そのすぐ隣には、彼女の妹である
二人とも、スカートタイプの魔道着。第二中は、それで統一しているのだ。
現在、ヴァイスタと交戦中なのであるが、どうせならばという
「ったく、なんなんだよこのご都合主義は!」
アサキ同様に、第二中の魔法使い二人と組んでいるカズミが、左右の手に持ったナイフでヴァイスタの触手を弾き切り裂きながら、イライラをぶちまけている。
「ご都合って、なにがあ?」
カズミと組んでいる一人、第二中のサブリーダー
「だから、この数がだよ!」
ヴァイスタの数だ。
確かに多すぎではあるだろう。
通常は二体か三体、多くても五、六体。
それがなんと……二十体もいるのだから。
「うちらにとっちゃ、都合の反対じゃけえね。ちっとも楽にならん」
別の組に混じって戦っている
まあ、愚痴が出るのも仕方ないだろう。
せっかく今回は、助っ人が大勢いるというのに、なのにそれでも、怪物の方が、遥かに多いのだから。
本来は第二中はいなかった、とを考えると幸運ともいえるわけだが、悪い方に考えてしまうのが人間というものである。
「そんじゃあ、強化訓練に招いて下さった第三中の方々のためにも、少し楽にしてやっかあ。保子、やるぞお!」
第二中の天野明子は、人差し指で鼻の頭を掻くと、にやりと笑った。
「オーライだ、明子お姉ちゃん!」
「遅れるなあ」
姉の天野明子は、緊張感のまるでない楽しげ顔で、一体のヴァイスタへとダッシュ。風を突き抜けて襲いくる二本の触手を、ジグザグに駆け抜けながらかわすと、大きく跳んでいた。
頭上でトンボを切ったところを、また触手が狙うが、明子は、予期していたとしか思えない動きを見せた。空中でそれを蹴って、さらに高く高く舞ったのである。
と、同時に地上では、妹の天野保子が、身を低くしながら飛び込んでいた。
左足を軸に、身体を回転させながら足を高く蹴り上げると、ヴァイスタの腹から胸にかけてが、斜めに深々と切り裂かれていた。
足先に仕込んである、ナイフの威力だ。
だが致命傷は受けていない。
ヴァイスタは、標的を空中にいる姉から地面の妹へと変更し、無言のままゆっくり腕を振り上げた。
そのヴァイスタへと、さっと目にも止まらぬ速さで影が落ちた。
明子である。
両手それぞれに握ったナイフを、白くぬるぬるした身体へと突き立てて、落下の勢いを利用して背中側を肩から膝裏まで深々と引き裂いていた。
それきり、ヴァイスタはぴくりとも動かなくなった。
「凄い……」
姉妹の流れる無駄なき連係技に、アサキが呆気にとられていると、ぽんと背中を叩かれた。
「ほおら、昇天昇天」
笑いながらそういうのは、姉の明子である。
「あ、は、はい、了解ですっ」
同学年に敬語である必要もないのかも知れないが、最初はあまりのチャラっぽさからの衝撃に押されて、そして現在は戦闘の迫力に押されて、第二中学校の魔法使いに対してずっと敬語のアサキである。
「イヒベルク……」
失敗出来ない、と声に出しての通常詠唱で、ヴァイスタを確実に昇天させると、あらためて天野姉妹へと向き直った。
「明子さん、保子さん、見事な連係ですね。さすが、噂に聞いていた通りだ」
天野姉妹は、第二中のエースなのである。
家庭の事情で、二人が関東を離れなければならない用事が出来た際に、戦力減も甚だしいから、ならばいっそ全員で休暇を取ってしまおう。
などと、そんなこともあったくらいだ。
おかげで、第三中学校がザーヴェラーと死闘を繰り広げることになったり、カズミがビックリ箱からアッパーカットを食らって地面に頭を強打して悶絶することになったり、したのであるが。
「いやいやいやあ、令堂ちゃんもお、なかなかナイスだよう」
妹の保子が、芸人のギャグだか、ナイスナイス連呼しながら二つの拳を小さく何度もカタカタカタカタ突き出している。
「そうね。戦いの序盤で見せていた、でっかい魔法障壁も凄かったよなあ。……こないだザーヴェラー倒した、そのこともさ、こっちですっごい噂になってたんだよ。とんでもねえ新人が現れたあって」
「いやいやいやいや、まぐれです! スミマセンまぐれですっ!」
手をぱたぱた振って後ずさりしながら、明子の言葉を、必死に否定謙遜するアサキ。アホ毛もふりふり揺れて、なんだか変なダンスを踊っているようにしか見えない。
「まぐれじゃないって。もひとつ噂になってる非詠唱能力で、アクションの先手を踏めたことや、そりゃ運もかなりあったかも知れないけどさ。でも間違いなく実力だし、鍛えればもっともっとよくなるよ」
「そうだあ! カズミちゃんファイトおっ! ファイトおっ!」
保子は、腰を小さく落としながら、自らの両手を逆手でぎゅっと握ってきた。
第二中のエース姉妹から、手放しで褒められたアサキは、
「頑張ります」
と、ちょっと俯き加減に顔を赤らめた。
「それと、わたしアサキです……」
「あーー、ごめんちゃい、ちゃいっ、あらためてためてアサキちゃんファイトおおお! おーーっ!」
と、保子が自分の叫び声にハイになって、自分で腕を突き上げて応じた瞬間、
どんっ!
第二中の
「あ、あ、ごめんね保子ちゃんっ! にょろにょろよけて跳んだら、ぶつかっちゃったあ」
「気にしない気にしな……うわっ、やばあああーーーっ!」
緊張感に欠ける保子の叫びであるが、反して絶体絶命の状況だ。
倒れている二人へと、ヴァイスタが、上半身覆いかぶさるようにしながら二つの拳を振り下ろしたのである。
巨大な豪腕に、拳に、二人はぶちゅりと潰されゲームオーバー。
……とは、ならなかった。
咄嗟に飛び込んだアサキが、瞬時にして作り上げた巨大な魔法障壁を頭上にかかげて、二人を庇い、訪れていたはずの悲劇を阻止したのである。
それだけではない。
ヴァイスタの体勢バランスが崩れて、隙ありと判断するやアサキは、自分の作り出した巨大な魔法障壁を、まるでぺらぺらの紙を丸めるかのごとく、いや本当に丸めてバット持ちすると、うわああああっと叫びながら、ぶうん、全力で振ったのである。
風が唸りを上げ、そして、ヴァイスタの首から上が完全になくなっていた。
「大丈夫ですか、二人ともっ」
はあはあ息を切らせながら、二人へ向き直るアサキ
「……き、規格外のことやるね、アサキちゃんって」
天野保子が、すっかり飲まれた唖然とした顔で、小さく拍手をした。
「さあっすが、ザーヴェラーを一人で倒した子だ。凄いもん見たあ」
元村禄夢は楽しげな顔でそういうと、ぴょんぴょん跳ねて自分の持ち場へと戻っていった。
まだ、はあはあ息を切らせているアサキ。
二人の態度の余裕っぷりから考えて、おそらく、この助けは不要だったのだろう。
そうかどうかなんて聞かなきゃ分かんないし、助けようとしたことに後悔はないけれど、余計な体力を使っちゃったなあ。
「だろ? そいつバカでドジでヘタレでアホ毛で音痴で泣き虫でオシッコ漏らしたことあるけど、魔力の器だけは、信じられないくらいにでっけえから、たまにとんでもねえ真似すっぞ」
カズミが戦いの最中、天野保子の方を見て、アサキの規格外についての説明をした。
「え、そなの? アサキちゃん」
「はあ……魔力が、とか器が、とかよく分からないんですけど、セオリー通りにスマートに戦いたいとは思っているんですが、経験がまだまだなので、すぐ我流になっちゃうんです」
アサキは鼻の頭を掻いて、照れたように笑った。
「
元村禄夢が去ったら、今度は
「普段着がオシャレなら、絶対うちにスカウトするのになあ」
「まだゆうとるけえね」
遠くで見ている治奈が、その言葉を聞いて呆れ顔でぼそっ。
「リーダー! 他校の子がオシャレとかダサいとかどうでもいいからあ、早くこっち戻って下さいよお!」
万延子と同じ組で戦っている、一年生の
「いやあ、ごめんごめん」
おどけた笑顔で、頭を掻きながら戻っていく万延子であるが、その、人をバカにしたようにも見えるほんわかした笑顔が、一瞬にして険しい表情になっていた。
彼女らがにょろにょろと呼ぶ、触手状の白く長い腕、それが不意に万延子を襲ったのである。
笑いながら一人小走りしている彼女の姿を見て、チャンスと思ったのか、一体が群れから抜け出たのだ。
だが、その攻撃は通じなかった。
歩みを止めた万延子が、立てた右腕を横に振るって、伸びる触手へと手の甲を叩き付けて防いだのだ。
返す刀ならぬ、返す拳で腹部を強く打撃すると、反対の手に握っている木刀を、両手に持って上段に振り上げる。
「やおっ!」
独特な気合の叫びを発しながら、魔力で青く輝く木刀を、拳ダメージにまだ動きの止まっているヴァイスタへと、打ち下ろしていた。
「イヒベルデベシュテレン」
致命傷を与えたか確認するまでもなく、即、そっと伸ばした手のひらをヴァイスタの腹部に当て、昇天魔法の呪文詠唱を始めた。
白い怪物が、金色に光るさらさらの粉になり、風に消えると、第二中のリーダーは、また捉えどころのない笑顔へと戻って、正江徳江たちの元へと歩き出した。
「一匹、出てきてくれたから倒しちゃったあ」
飄々とした態度で戻るその背中を見ながら、アサキはごくり唾を飲み、低く呟いていた。
「こっちも、凄いや……」
天野姉妹は抜群の連係で敵を倒すが、万延子は個人としての戦闘能力が格段に高い。
あんな紙一重で見切るようなやり方、経験や自身の能力への信頼がなければ、とても出来るものではない。
鍛えれば、ああいう戦い方が出来るのかな。
それとも、わたしには無理なのだろうか。
でも、関係ないか。
いまはまだ。
わたしに出来ることをやるだけだ。
ぎゅ、とアサキは拳を握った。
さて、まだ十数体と残っているヴァイスタであるが、この後、この戦闘はあっという間に収束することになる。
きっかけとなる状況の変化を伝えたのは、
「なんか向こうの様子が変ですね」
第二中学校サブリーダー、
なにが変?
などと考える余裕は、アサキにはなかった。
いや、他の誰にも。
このままでは、釣り出されて各個撃破の的になるだけ、という分の悪さを本能で認識したのか、ヴァイスタの、集団としての動きに変化が見られた。
輪になって、周囲から一斉に包囲を狭め、襲ってきたのである。
「うええーーっ!」
さすがに驚きを隠せない様子の万延子であったが、一歩後ずさったところで同じように驚き身を引いたカズミと背中がぶつかって、
「こりゃ失敬」
と、笑顔を作り直すと、
「みんな落ち着いて! 密集して円陣作るんだ!」
叫んだ。
百戦錬磨の万延子ですら、少し慌ててしまったくらいである。
他の者たちも、顔にこそはっきり出てはいないが、やはり狼狽が感じられた。
ヴァイスタがこのような連係に出たことなど、話に聞いたこともなく、仕方ないというものではあろろうが。
第二中、第三中の魔法使いは、万延子の指示に従おうとするが、横に乱れ広がりすぎている者たちの戻りが間に合いそうもない。
つい数秒前まで、それが正しいポジショニングだったのだから、乱れというのは酷かも知れないが。
いずれにせよ、ヴァイスタに侵入されてしまったら密集も円陣もない。万延子は舌打ちすると、一人で局面打開をしようと思ったか、得物である木刀をを両手にぎゅっと握り腰を落とした。
だが、同時に、
「ここはわたしがあ!」
万延子とともに中央に立っていたアサキが、大きな声で叫んだ。
片膝を着いて屈むと、青く輝く右手の手のひらを、地に押し当てていた。
天空から、映写機で投影されているかのように、アサキの手に、青い魔法陣の輝きが重なっていた。
お皿程度の大きさであったその魔法陣は、一瞬にして大きく広がった。敵味方含め、ここにいる全員を楽々囲めて遥かに余る、直径三十メートルは優に超えるであろう、とてつもない大きさへと。
その常識外れな規模の魔法陣に、魔法使いたちはただ驚いただけであったが、ヴァイスタはバジッと感電した音と共に動けなくなっていた。
この規格外の魔法陣に、どれほどの魔力を消費したのか……
「ぐ」
呻き声を上げると、アサキの身体は、そのまま横へ傾いて、地に崩れた。
そのすぐ横に立つ万延子は、ごくり唾を飲むと、周囲をざっと見回した。
ヴァイスタたちが動けなくなっていることを、あらためて認識すると、
「
木刀を構えながら、一体へと飛び掛かっていた。
リーダーのその行動を見た、第二中の魔法使いたちが、
続いて、カズミたち第三中の魔法使いたちが、
それぞれの武器を手に、動けないヴァイスタへと切り掛かった。
致命傷を与えなければ倒せないヴァイスタであるが、動かないのであれば造作もない。
全てのヴァイスタに致命傷を与えて昇天をさせるまで、それから十秒も掛からなかった。
異空の、空。
青空の補色である、オレンジ色の空。
足元、石灰みたいな色の、地面。
先ほどまでうごめいていた、無数の白い巨人、その姿はどこにもなく、立つのは十六人の少女たち。
完全に気を失って倒れているアサキを中心に、みなそれぞれの得物をだらりと下げて、ぜいはあと肩で大きく呼吸している。
「単なる強化合宿が、思いもしねえ実戦演習になっちまった」
はあはあ、苦しそうに息を切らせながら、カズミが疲れ切った表情で呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます