第11話 夕食準備はカズミとの戦い

「えー、アサにゃんホントに覚えてないのお?」

「うん。ごめんね」


 りようどうさきは、包丁を使う手を休めると、ちょっとだけ申し訳なさそうに笑みを浮かべた。


「別に謝ることじゃないんだけどさあ。おかげでナルハたちも助かったんだしさあ」


 なんの話をしているのかというと、先ほど異空で、ヴァイスタの群れが一斉に襲って来た時のことだ。


 アサキが、幾つかの補助魔法がブレンドされた巨大な魔法陣を作り上げて、一時的にヴァイスタの動きを止めた。

 そのチャンスを、他の魔法使いたちは逃さずに一人一殺、大量のヴァイスタを一挙殲滅。


 と、そのようなことがあったのだが、アサキは魔力を使い果たして気を失ってしまい、まったく覚えていないというのだ。


 よろずのぶが、群れから飛び出た一体のヴァイスタを、たった一人であっという間に倒してしまい、凄いなあと驚いていたら、続いてぶんぜんひさの訝しむような声が異変を訴えて、


 と、記憶はそこで飛んでいる。


 目を開けたらもうヴァイスタの姿はどこにもなく、そこは現界で、中学校の体育館で、ぐろ先生を含む第二中第三中のみんなに心配そうに囲まれていた。


「わたしビビリだから、多分ヴァイスタがどどーって迫ってくるのが怖くて、わけが分からなくなって、分からないまま全力で魔法を使っちゃったんだろうな」


 アサキはそう自己分析しながら、包丁トントンを再開した。


 なお、強化合宿のゲストである第二中学校の魔法使いたちは、アサキが目覚めたことに安心するとみな帰っていった。


 訓練途中にヴァイスタが出現したり、色々と中途半端になってしまったため、先生同士の話し合いにより、このまま両校合同合宿も検討されたのだが、第二中の女生徒たちは、やりたいことが色々あるから、と辞退。それに、自分の守るべき持ち場を、いつまでも離れているわけにもいかないから、と。


 そんなわけこんなわけで、現在、ガランとして広くなった学校内に残っているのは、第三中の魔法使いたちと須黒美里先生の七人だけである。


 包丁トントンなにをしているのかというと、学校の家庭科室で夕飯を作っているところである。


 アサキ、なるはるはカレーとご飯を担当で、

 せいおう、須黒先生はその他サイドメニューだ。


「でも今日は残念じゃったね。特訓のウォーミングアップも終わって、いざ本番よってところで本物のヴァイスタが出てしまってなあ」


 特に愚痴をこぼしているようでも、さりとて楽しげでもなく、淡々と、あきらはるがフライパンをガツンガツン振って、ニンニクを炒めている。


「でも、こっちたまたまラッキー大人数だったから助かったよお」


 隣で成葉が、ジャガイモの皮を剥いている。

 皮剥き器でなく包丁で、するするさりさりと、器用なものである。

 身長足らず、流しの上に腕を伸ばす姿勢は、非常に苦しそうであるが。


「そうだわね。助かったというだけでなく、色々と学ぶところもあったんじゃない?」


 さらに隣では、須黒先生がサラダ用のトマトをカットしている。


「わたしは戦えないから安全圏にいて、あまりよく見ることは出来なかったけど、第二中の子たち凄かったでしょ? それにほら、またりようどうさんの、なんかとてつもないところとか、見ること出来たんでしょう?」

「ほうですね。あれは凄かったのう」


 治奈が、思い浮かべて視線を天井に向けた。

 超巨大魔法陣とか。

 魔法陣を丸めてバットにして、ヴァイスタをぶん殴ったりとか。


「とと、とてつもないだなんて、とんでもない! わた、わたしなんか、まだまだですよう」


 アサキは人参を切る手を休め、照れ笑いを先生の方へ向けながら、包丁を持っていない方の手をぱたぱた振った。


「こんなとこにまな板があああああああっ!」


 あきかずが、いきなり背後から両手を回して、アサキの胸をぎゅーっと掴んだ。


「わああああああああああああああああ!」


 びっくりして、身体をぴいんと硬直させたまま、マンドラゴラさながらの凄まじい絶叫を放つアサキ。


「す、すげえ声……」


 耳がキーンとなっているのか、くしゃっとした顔で頭を押さえているカズミへと、アサキはくるり振り返ると、涙目になった顔を掴み掛からんばかりの勢いで寄せた。


「カズミちゃん! 刃物を使っている時に、変なことしないでよおおおおお! 怪我したらどうすんのお! スパッと切れちゃうよ! 出てきたカレーに指が入ってたらどうすんの! ゴクドーじゃないんだから!」

「ご、ごめん。……もうしません」


 マシンガンのような攻撃を受けて、カズミもすっかりたじたじである。


「分かればよろしい。……それと、まな板より、す、少しはあるんだからね」

「それ、なんて返せばいいんだ……」

「いいよ、なんとなくいってみただけ。……カズミちゃん、やることないの?」

「お前らが、食後の皿洗い担当に決めたんだろが」

「ああ……」


 そうだった。

 料理させるのはナントカに刃物で危ないし、まともな料理が出来上がるかもバクチだし。などという理由で。


「どうでもええんやけどな、こっちの邪魔はすんなよ。はっ倒すで」


 みちおうが別テーブルで、とんとんとんとんリズミカルにキャベツ切りをしている。


「よし、ならば邪魔をしよう」


 ついー、っと何故か知らぬがムーンウォークで応芽のところへと向かうお邪魔隊いやお邪魔人。


「だから、くんなや! 暇なら床でもベロで舐めて掃除しとけ!」


 半分げんなり顔の半分怒り顔で、声荒らげる応芽であるが、


 カズミ全然聞いておらず、楽しげに覗き込んだ。


「おい関西人、キャベツ切ってるからって無意識にお好み焼きにすんなよお。たこ焼きとかさあ」

「せんわ! つうか大阪はたこ焼きにキャベツ入れへん!」

「あ、そうなんだ。間違った、そがいなっとんじゃのう、あ、これじゃ治奈か、そうなんやあ。……ごっちゃになっちゃうよな、極道みたいな喋り方をする奴が二人もいるとさあ」

「まったくちゃうやろ! つうか喋り方の真似せんでええ!」

「ま、マネー千円とは?」

「地方の言葉に食い付くより、日本語の根本からやり直せ! もうええわ」


「はいっ、ありがとうございましたー」


 応芽とカズミの二人は、声を合わせながら、誰にともなく頭を下げた。


「昭刃さん、漫才やってないでいいから、そろそろお皿とか器の準備をして貰える?」

「お、やっと仕事だ。ブ・ラジャー!」


 カズミ、真顔でピシッと先生へ敬礼だ。


「はい。昭刃さんは、今度のテスト全教科マイナス十点、と」

「取り消すっ! 『ブ』は取り消す!」

「どっちにしても、先生にラジャーとか失礼でしょお。いいから、マイナスにはしないから、ほら、早くお皿」

「ありがとうございますううう」


 ふかーく頭を下げながら、ムーンウォークでついーーっと後ろへ。


「その気持ち悪い歩き方やめなさい!」

「アイアイサー! じゃなくてラジャ、じゃなくて、分かりましたあ!」


 ウイーン、といいながら、ロボット的な動きで腰を持ち上げて、気を付けピシッ、の姿勢になったカズミであるが、


「ん?」


 お皿より先に、テーブルに置かれているしゃもじに目がいき、目がいった瞬間にはもう掴み取っていた。


「♪ はじめて手を取り合って歩く渚 ♪」


 しゃもじを掴んじゃったらもう当然これでしょ、とばかりマイク代わりにして歌い始めるのだった。


「♪ 果てなく広がる星空の…… ♪」


 マイク両手に握り締めて、普段のガラの悪い態度はどこへやら、可愛らしい声で歌うカズミ。


 後ろを通ろうとしているアサキが、冗談ぽくマイクいやしゃもじに顔を寄せて歌声を足した。


「♪ はてなあくひろがるしぞらのおおお ♪」


 アサキ本人は、綺麗なハーモニーのつもりのようであるが、主旋からズレまくりで無茶苦茶である。


「ぐおおお、殺人音波あああああああ!」


 至近距離で直撃を受けてしまったカズミが、苦悶の表情で頭を抱えながら、がくり膝を着いた。


「さ、さ、さっきのお返しだよおだ」


 まさか、しっかりまともに歌えているつもりだったのだろうか……

 令堂和咲、十三歳、顔を赤らめながら、ごまかすようにそういって、足早に立ち去るのだった。

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