第09話 ヨロズさんちのノブコさん

「はい、では気弾ラリーは終了! 次は、フォーメーション練習!」


 ぐろ先生が、手を叩いて叫んだ。


 魔法使いたちは、バジバジッと放電に似た音を発して青白く光っている気弾を受け止めると、自分の両手の中でエネルギーを吸い取って消滅させていく。


 一人、アサキだけは、それが出来ないどころか、そもそも受け止めそこなってしまって、またまた体育館の壁を破壊してしまうのだった。


「あたしよか、お前の方がよっぽどクラッシャーだな」


 カズミが声を出して笑った。


「好きでやってるわけじゃ……。初めてのことなんだから、しょうがないじゃないかあ。ああっ、でもっ、見てっ、さっきのが直ってる!」


 最初に破壊してしまった時計の横の壁、大穴を開けてしまったはずだが、それがすっかり塞がって元通りになっている。


「ああ、げんかいそうだな」

「さっきもいってたけど、なあにそれ?」

「教えてなかったっけ。あのな」


 アサキに問われ、カズミは簡単に説明をした。


 異空は、半分魂の世界。

 ほぼ物質界である現界を、怨念の絵の具でコピーしたような世界であり、あくまでオリジナルは現界だ。

 そのため、例え異空の中で破壊活動を行ったとしても、しばらくするとあらたに現界からコピーされて復元される。

 これが、現界位相と呼ばれる現象である。


「へえ、面白いなあ」


 なお、ヴァイスタが異空内で物質的な破壊活動を行わない理由としては、いま説明したような理由により破壊に意味がないからという説と、怨念に満ちた完成された世界である異空を破壊する必要などない、もしくは自分の巣であるから、という三つの説が有力らしい。


 異空には獲物たる少女がいないのだから当然かも知れないが、現界で魔法使いと戦闘した場合と比較して、確率は明らかに違いがあるとのことだ。


「じゃあ、第二中は二年生と一年生から選んだ六人と、それと第三中の六人。で、三人組を作って、まずは、それでやりましょう」


 須黒先生の指示に従って、なるせいはる、それと第二中のあまあきあまやすもとむらろくが、床の白ラインを挟んで、向き合った。


 遅れて、アサキ、おう、カズミ、と、第二中のまさとくのうえいのぶもときようが向き合う。


 これからなにをするのかというと、お互いをヴァイスタと見立てての模擬戦である。


 三人組同士が横に並び、同じように並んだ相手と向かい合い、お互いに相手をヴァイスタと見なして戦うのだ。


 三人組の、真ん中がヴァイスタの胴体と頭、一歩下がって左右に立つ者が手足である。


「はじめ!」


 須黒先生が開始を合図するのと、ほとんど同時に、


「散開!」


 カズミが声を張り上げた。


 しかし……

 ささっと散開しようとしたはいいが、カズミが、真ん中の応芽にどんと当たってしまい、押された応芽が、アサキを突き飛ばして転ばせてしまい、その足が応芽に絡まって、とごちゃごちゃ身動きが取れなくなってしまっているところへと、容赦なく第二中の三人組が襲い掛かった。


「ちょ、ちょっとタンマ!」


 右腕が転んで欠けているヴァイスタへと、カズミのタンマも虚しく、第二中学校ヴァイスタの左右の触手が振り下ろされたのである。


「はい、昇天。うちらの勝ちい」


 喜ぶ第二中ののぶもときよう

 彼女たちにとっては、自分たちは編隊を組んだ魔法使いで、カズミたちこそがヴァイスタなのである。


「くそ、くやしいいいい! もう、アサキがボケっとしてっからだよ! 散開っていったら基本は横方向だろ! 動けよ!」


 まだ倒れているアサキを、カズミはイライラつま先でつついた。


「だ、だから横に動こうとしたら、そっちからも押してくるからぶつかったんじゃないか!」


 起き上がりながら、アサキも不満顔だ。


「頭脳が空っぽなのか! そっちの横だと散開じゃなくて密集だろ。味方である、治奈たち三人組と、ぶつかるだろ! 外側に行くんだよ!」

「ああ、そうだね」


 ようやく気が付いたようで、アサキはぽんと自分の手のひらを叩いた。


「ったくお前はよお」

「ごめんねカズミちゃん。でもさ、治奈ちゃんたち勝ったみたいだから、まだ同点だよ」


 アサキたちの視線に気付いた成葉と治奈が、にっと笑みながら二人でブイサインを返した。


「いや、でもこっちは納得いかねえ……」


 カズミは自分の拳をぎゅっと握って、悔しさ堪えている。


「ほらあ、昭刃さん! すぐそうやって勝ち負けにこだわる! そういう訓練じゃないんだからね」

「はあい」


 先生に注意され、ちぇ、と小さく吐き出した。


「じゃあ、メンバー交代。第三中は少ないからそのままで。第二中は、今度は三年と二年からの六人で。それと、混ぜましょう。ひろなかみなさん、ほうらいこよみさん、へいさん、とで一組。りようどうさん、あきらさん、のうさんでしょ。それと、みちさん、あきさん、よろずさん。それと……」

「なんでこいつとなんだよ!」


 カズミが、よろずのぶを指差し声を荒らげるが、その声は、


「文句いうな!」


 ピシャッドーン!と、体育館が揺れるほどのカミナリに掻き消された。

 ふん、とカズミは鼻を鳴らしながら乱暴に床を踏むと、不貞腐れた顔で、渋々と隊列についた。


 応芽とカズミと万延子の三人組。

 応芽と、カズミと延子、の、三人組。

 となれば必然的に、真ん中が応芽で、両脇がカズミと万延子である。


 カズミは少し身を乗り出して、飛び掛かる寸前の犬のように唸りながら、バチバチ火花を散らして、応芽の向こうにいる万延子を睨み付けているが、受けている方はどこ吹く風で、平然としたものだ。

 その平然が、ますます火花を助長する悪循環。


「ぐおおおお」


 火花ばちばちメラメラである。


「あー、左側くそあっちいわあ」


 応芽が、左の頬を袖で拭って、手のひら振ってぱたぱた扇いでいる。


「よろしくねえ、ミッチー」


 万延子が、応芽を見つめながら猫なで声でニコリ微笑んだ。


「せやから、ミッチーいうなハゲ!」


 猫なで声にぞわっとして、一歩身を引いたら今度は背中が熱さにじゅわっ。

 左に炎、右に氷の、明日風邪ひきそうな応芽である。


「準備出来た? そろそろやるわよ!」


 須黒先生の指示の声。


 今度の模擬戦は、お互いをヴァイスタと見なすのではなく、役割をしっかり決める。カズミたちはヴァイスタ役で、アサキたちは魔法使い役だ。


 二組、六人が向かい合う、

 一体のヴァイスタであるカズミ、応芽、万延子と、

 魔法使いの三人編隊である治奈、アサキ、嘉納永子。


「アサキ、こっちの右腕を狙え右腕。ぶった斬れ。または巨大パンチで床に叩き付けて潰せ。お礼に、心身身軽スッキリのこっちが、お前らをぶっ倒すから」


 カズミが、物騒かつ自分勝手なことをいっている。いつものことではあるが。


 なお右腕とは、万延子のことである。

 対する魔法使い側の、マッチアップするであろう左翼にいるのがアサキなので、こうして頼んでいるわけだ。


「右腕だぞ右腕。分かるか? そっちじゃなくて、こっちにとっての右だぞ。間違えるなよ。背中向けた状態から、ぐるーっと回ってみると、ほら、左手に見えて実は右手だろ」

「わたし、そこまでバカじゃないよお」


 脳味噌ボロクソいわれたと思ったか、アサキがちょっと泣きそうな顔になっている。


 などとやっている間に、準備も整って、


「はじめ!」


 須黒先生の、スタートの合図。

 と同時に、


「うおおおお! 大将の首は、どこでござるううう!」


 雄叫び張り上げて、カズミという名のヴァイスタ左腕が走り出した。

 紐で繋がっているわけではないが、設定上、他の二人もカズミの勢いにぐいぐいっと引っ張られざるを得ず、


 アサキたちクソへっぽこ泣き虫ヘタレ魔法使いどもへ、攻撃だあ! カズミは、そういわんばかりの勢いで前進突撃、猪突猛進!


「と見せ掛けてっ」


 ヴァイスタの左腕(カズミ)は、真横にいる自分の胴体部分つまり慶賀応芽へ、ガツンと思い切り体当たりを食らわせた。


「うわっ」


 不意に味方である自分の左腕に突き飛ばされた応芽は、ぐらついて反対側の右腕、万延子を激しく押してしまう。

 先ほど、へっぽこ泣き虫ヘタレが、身を持って教えてくれた、味方に玉突き大作戦である。


 しかし、

 応芽の突き飛ばされる先に、どかんと押されたと思われた万延子の姿は、なかった。


 読んでいたのか野生の勘か、カズミから応芽、とくる玉突きを、紙一重でかわしていたのである。

 かわしただけではなく、万延子は、おっととっとよろける応芽の腰と足を持ってかかえ上げると、勢いを借りてその身体をぶーんと振り回し、


 ガチッ!


「あたあっ!」


 カズミの側頭部へと、必殺おウメキックを食らわせたのである。


「ミッチー、か弱いわたしを庇ってくれてありがとう」


 万延子は、応芽の身体を床に下ろすと、乙女の祈りみたくぎゅっと両手を組んだ。


「誰も庇っとらへんわ! あたしの身体を勝手に使うな!」

「そうだよ。味方の身体を使って攻撃するなんて、最低な性格だな、お前!」


 カズミが痛そうに頭を押さえながら、残る手で万延子を指さし悪行を責めたてた。


「どの口がいっとるんやあ!」


 怒鳴る応芽。

 万延子にも腹立つが、カズミのこの台詞に突っ込まないわけにもいかずといったところか。

 いずれにせよ、カズミには全然聞こえていないようだが。


「くっそお、ひと泡ふかせられなくて面白くねえなあ」


 カズミは、万延子を睨みながら、ぶつぶつぶつぶつ。


 と、いきなり左腕のリストフォンが、ぶーーーーーーーっと振動した。


「ほらあ、なんも出来ねえうちから、もう三十分タイマー鳴っちゃったじゃんかよお」

「なんもっちゅうか、まったく私怨を果たせてないってだけやろ。どうでもええけど、あたしに迷惑掛けるな!」


 という応芽の突っ込みに、周囲から笑いが起きた。


 しかし、彼女たちの笑みはすぐに、緊迫した表情へと塗り替わっていた。


 ぶーーーーーーー

 ぶーーーーーーー


 振動しているのは、カズミのリストフォンだけではなかったのである。


「アホか昭刃! なにがタイマーや!」


 応芽は、左腕を上げて、自分のリストフォンを確認する。


 黒い画面に、緊急警報を表す赤い文字が表示されている。


 emergencyエマージエンシー

 近くに、ヴァイスタが出現したことを、知らせる警告であった。

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