第07話 シクヨローっす

「一年生のお、もとむらろくっでええっす。そんなわけでーえ、よっろしくお願いしゃあああっす!」


 なにがそんなわけなのかはともかく、髪の毛が細くふんわりしている女子生徒が、元気な笑顔で、そんなわけで軽く頭を下げた。


「うーん、ロクは態度が硬いなあ」


 苦笑浮かべてぼやくのは、よろずのぶだ。


 受ける印象はそれぞれということか。

 おんなじような人間ばかりが周囲に集まっていれば、当然というべきなのか。

 そもそも一体、なんのためのダメ出しなのかが、意味不明であるが。


「硬くねえやい。充分存分にチャれえやい。お前らの、普段の生活態度が、しっかり滲み出てるよ」


 腕を組みながら、げんなり顔でツッコミの言葉を入れるのは、あきかずである。

 

「いやいや、なにをおっしゃる昭刃ちゃん。普段も今も、彼女はものすごおく真面目なんだよお」

「第二中の魔法使いに、真面目な奴なんか一人もいねえだろ! あれで真面目だってんなら、あたしらなんか超優等生だよ。こいつ以外はさあ」


 そういいながらカズミは、へいなるの小さな背中をばんばん叩いた。


「ナルハ別にチャラくないよっ!」


 ぷううっ、成葉の頬がまるでフグみたいに膨らんだ。


「前から不思議だったけど、なにが入ってんだよ、そのほっぺ」


 膨らんだほっぺたを、カズミが興味深々な表情浮かべ、指でつっついた。ぱあん!とはならなかったが。


「あのお、挨拶を続けていいかなあ? まあ、続けるといっても、これでみんな終了だけど。二名がヴァイスタに備えて留守番待機しているから、全員じゃあないけど、これが天王台第二中学校の魔法使いだよ。シクヨローっス」


 万延子は、ラッパーみたいな指使いにしたチェケラッチョな手をひゅひゅっと左右に振った。


「お前さ、そのシクヨロってのやめろよ。いつもいつも。舐めてんのかあ。売るなら買うぞ」


 カズミがぎろりん睨みながら、胸の前で組んだ両手の指を、ばきばき鳴らした。


「えー、じゃあなんていえばいいのさ?」


 どこまでもとぼけたような、万延子の態度である。


「あっ、リーダー、そんなことよりもお、まだリーダーだけ挨拶してないよお」


 サブリーダーであるぶんぜんひさが、万延子以上にのんびりした口調で指摘をした。


「えー、そうだっけえ?」

「そおですよお」

「別にいらねえよ! こいつの挨拶なんて聞きたくもねえや。虫唾が走らあ」


 不快満面に言葉を吐き捨てるカズミ。

 ここが路上ならば、容赦なくツバを吐き捨てていたかも知れない。


 先日の、びっくり箱の件のみならず、先ほども両足で首をぐいぐい締められ意識遠のくという屈辱を味あわされたし、そういう態度になるのも仕方がないのだろう。


「それでえはあ最後にい、我らが天二中のお、魔法使いリーダーの挨拶でええす」


 腰を落として片膝を着いた文前久子が、両手をひらひらひらひら振った。


「そのリーダーとかいうの、そろそろやめようよお。わたし、率いるとかあ、そういう柄じゃないよ。……ええと、じゃあなにをいおうかなあ……まあ細々したことはどうでもいいか。よろずでえす。三年生でえす。シクヨローっス」


 また、フレミングの法則みたいな手をひゅいっと振った。


「さ、三年生っ?」


 びっくり仰天、アサキがアホ毛をぴいんと跳ね上げながら、肩をびくびくびくーっと激しく震わせた。


「カズミちゃん! さ、三年生に、あんな態度をとってたのお? ふぁああああっ、たた、大変な失礼を致しましたあ! カズミちゃん、いやあきに代わって失礼を謝りますう!!」


 万延子へと、何度も何度も深く頭を下げているアサキ。


 ここにいる魔法使いの中で、ただ一人、アサキだけが普通の部に所属した経験がある。

 以前の学校であるが、バスケットボールの強豪校ということもあり、先輩後輩の関係は絶対であるという感覚が、骨まで染み付いているのだ。


「いやあ、失礼だなんてそんな。りようどう、ちゃん? いい子だねえ、キミは」


 万延子は、ははっと笑いながら、上げた手のひらを、苦しゅうない的にふるふると振った。


「はあ? くっだらね! 学年なんざ気にするこたねえんだよ、こいつたあ学校が違うんだから!」


 カズミは、腕を組んだまま、万延子を睨み付けた。

 少し顔を上げて、見下ろす感じに。

 実際の身長は、万延子の方が高いため、あくまで表情の作り方というだけであるが。


「じゃあ、そっちに転校してあげようか?」


 万延子は、悪戯な表情を作って、ふふっと笑った。


「くんじゃねえよバカ! バーカ!」


 拳を振り上げ、殴る仕草。


「カズミちゃん! だから、上級生にそういう態度は駄目でしょお!」

「うるせえな! だったらアサキが、びっくり箱のパンチを顔面に食らえばよかったじゃねえかよ!」

「えーーーーっ」


 無茶をいわれて、弱った顔のアサキである。


「ほらそこ! 昭刃さん、令堂さん、ふざけてるんじゃない!」


 ぴしゃりどどーん、またぐろ先生の雷が落ちた。


「わたしは、ふざけてないんですが……」


 確かに、ただ上級生への態度を注意しただけだ。


「あ、ごめんね。……それじゃあ、みんな挨拶も終えたことだし、異空に入りましょうか」


 須黒先生は、スーツの外ポケットから、化粧道具のコンパクトに似た、円形の物を取り出した。

 主流であるリストフォン型ではないが、これもクラフト、つまり魔力制御装置なのである。


「あれえ、先生も異空に行けるんですかあ?」


 アサキが、ちょっと驚いた感じの笑顔で尋ねた。


「行くだけなら、ね。戦えないから、変身はしないけど」

「そうなんだあ」

「魔力が弱いくせに、つい戦いたくなってしまわないように、変身機能のないタイプのクラフトを持っているのよ。といっても、ほとんど使う機会もないけどね」

「へえ。……でも先生が魔道着に変身した姿、一度でいいから見てみたかったなあ。かわいらしくて、かっこいいんだろうなあ」


 ぽわわわわ、と脳内に思い浮かべてみるアサキ。

 かわいらしくかっこよく、ではあるものの、どうしてもムキムキの女子レスラー姿が浮かんでしまう。普段が普段、是非もなし。


「あらあ、でもお世辞いっても成績は上がらないわよお」


 といいつつ、まんざらでもなさそうな先生の笑顔だ。

 女子レスラーを想像されているとはつゆ知らず。


「えーっ、べ、べ、別にそんなつもりでいったんじゃないですよう!」


 えへへえ、変な想像してしまったことを、そんな笑い声でごまかしながら、アサキはぱたぱた手を振った。


 そんな彼女らのすぐ横では、第二中学校のすぎさきしんいち先生が、


「それでは、行ってきて下さい。たまには真面目に、実力を鍛えて下さいね。あとで、レポートも書いてもらいますから」

「はあい」

「ういっす」

「行ってきまあす」


 自分の生徒たち一人一人と、ハイタッチをかわしている。


「ああっ、なるほどなあ」


 なんのためのやりとり? そんな表情で見ていた治奈が、はっとした表情で、ぽんと手を打った。


「男の人は魔力が弱いけえ、ほじゃから異空へは行けんので、お見送りということか」

「そうね。絶対に行かれない、ってわけじゃないけど、強引なことしても事故が起こりやすくなるだけだから」


 という須黒先生の説明に、治奈は黙って頷いた。


 ついでに講釈を、と先生は続ける。


「女性なら、空間接点強度が薄いところを見付けさえすれば、クラフトがなくとも行き来が出来なくもないけれどね。……でもまあ、それも、若くて魔力があれば、ですけどお」


 最後の方は、自虐なのかなんなのか。


 その説明を聞いていたアサキが、なんだか大袈裟に感心しちゃった表情で、隣のカズミへ、


「へえええっ、カズミちゃん聞いたあ? 女性のパワーって、凄いんだねえええ。神秘だねえ。女性って、羨ましいねええ」


 からかうように顔を近寄せた瞬間、伸びた片手に首をがっと掴まれていた。


「そうですなあ、胸が洗濯板より平らな令堂アサキさん」


 ぎりぎりぎりぎり、静かな言葉と裏腹に、アサキの首に万力のごとく掛かる圧力の凄まじさよ。


「ぎゃーーーーーーー、ごめんなさああああああああい! ぐ、ぐるじ、やあべでええええ!」


 アサキの顔が、見る見るうちに、土気色になっていく。

 果たしてあと何秒で、骨の砕ける音が聞こえてくるのだろうか。


「こんなもんで勘弁してやっか」


 カズミは舌打ちすると、アサキの首から手を離し、バッチイもん触ったとばかりジャージのズボンで手を拭った。


「ありがどおおおお」


 床に崩れたアサキは、両手を付いて、頚椎複雑骨折による病院送りをまぬがれたことに、泣きながら感謝し頭を下げた。


 ……しかし、カズミの扱い方を学ばないアサキである。


「あなたたち、ほんとバカなことばかりやってないで。……さ、そろそろ行きましょうか。整列っ!」


 須黒先生の声に、第三中学校が一列、第二中学校が二列の、三列縦隊が作られた。


 喉を押さえてげほごほしながら、アサキもその中に加わった。

 あまりにげほごほげほごほうるさいので、カズミにブン殴られている。ああ理不尽、世の無常。


「準備!」


 号令の声に、全員、リストフォンを着けている左腕を立てた。

 全員といっても、アサキを抜かした全員だ。


 アサキも、周囲をきょろきょろしながら、少し遅れて真似して左腕を立てた。


「そっか、正式というのか、こういう合同なんかの、ちゃんとした練習をする時には、こうやって異空へ行くんだ。なるほど」


 アサキは、ばつの悪さを心の中だけでもごまかそうと、声に出さず口だけ動かした。


「それでは、行ってきます!」


 須黒先生が、コンパクト型のリストフォンを握りしめながら、杉崎先生へと軽く頭を下げた。

 前を向き直り、一歩、前へ。


 残る女子生徒たちも、全員、一歩、前へ。


 第三中学校の体育館は、杉崎先生一人を残して、誰もいなくなった。

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