第06話 本日のスペシャルゲスト
さて、再び場所は体育館である。
がらんと静かな館内の片隅に、白シャツと青いショートパンツという体操服姿のアサキたちと、紺色ジャージを来た
これから、ゲストを招き加えて、大人数にした上で、集団戦闘の訓練を実施するのだ。
みな、ちょっと楽しそうに、ぼそぼそ小声で会話している中、
須黒先生は、ちらり後ろの出入り口を確認し、えへっ、という感じにそこにいるであろう人たちに愛想笑いしながら小さく頷くと、アサキたちへと向き直った。
「それではお待たせしました。本日の特別ゲストは、なんとなんとメンシュヴェルトの
駆け足やっつけ気味にごまかすかのような、須黒先生のこの態度。
ゲスト誰だかお楽しみ、などといい放っておいて、最初からバレバレだったものだから、なんとも気まずいのであろう。
「どーもー」
「しくろよーッス」
「ハーイ」
他校の制服であるセーラー服姿の、なんだか揃いも揃ってチャラチャラした感じの女子たちが、出入り口から館内へと入ってきた。
服装は、別段だらしなく着崩しているわけでもなく、髪も染めておらず、黒髪だというのに、口調や仕草だけで充分過ぎるほどに伝わるこのチャラチャラ感はどうだ。
待っている間ずっと、ストレス抱えた凶悪犯のようなムスッとした顔をしていたカズミであったが、その万延子の顔を見た瞬間に忍耐限界、激高し、吠えた。
「うおおおおおお!」
どどーん、とオーラみたいなものがチリチリうねる背景の中でサイキッカーが能力発動させるシーンのように、髪の毛をぶうわーっバサバサーっと逆立たせ、吠えながら床を蹴っていた。
風を超える速さが作り出す残像の先頭で、カズミは、万延子を蹴り飛ばし、空中で、さらに膝に乗り上げながら腰をぶんと回して、さらなる絶叫そしてパワーを解き放つ。
「シャイニングイナズマ!」
グガッ!
空中で、万延子の顎にレッグラリアットがクリティカルヒット。
予期せぬ暴風にどうしてたまろうか、万延子の身体はあっけなく吹っ飛ばされて壁に背中を打ち付けた。
シャイニングイナズマ。
いわゆるプロレス技である。
シャイニング式、つまり片膝立ちの相手を踏み台にしてのレッグラリアットだ。それを空中でやってしまうところから、カズミ式と呼ぶ方がふさわしいかも知れないが。
「おいっつう!」
奇妙な悲鳴を上げつつ、壁に打ち付けられた、チャラチャラ団のリーダーは、悲鳴こそ剽軽だが結構ダメージを受けたようで、そのままずるずると床に崩れた。
と、その上に、すかさず飛び掛かったカズミがまたがっていた。マウントポジション、格闘において絶対優位な状態である。
「びっくり箱の恨みいいいいい、わあすれえてええねえぞおおおおおお!」
ぎゅぎゅぎゅーっと容赦なく、ぎりぎりーっと容赦なく、両手で万延子の首を締め上げる。もげそうなくらいに力を込めて。
命懸けの仕事を代わってあげて死にかけたのに、貰ったお土産がパンチ飛び出すびっくり箱で、すっかり食べ物と思って意表突かれてパンチ食らって、倒れて頭を打って気絶した、積年の恨み、晴らすは今!
「が、やめろお! がのあとっ、ぢゃんとしたお菓子を買って持っていったじゃないがあ!」
「記憶にねええええええええええ!」
ぎりぎりぎりぎりーっ!
と、ここでいったん首締めを解除したカズミは、
余談であるが、あらためて貰った、そのちゃんとしたお菓子は、カズミが一人で食べてしまった。
ひったくるように受け取るや否や、硬い紙箱をばりばりびりびり歯で食い破って、訳の分からないことを大声で怒鳴り叫びながら、チョコ菓子を一人で、全部。
そんな記憶が、あるのかないのか分からないが、とにかくカズミはぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅーっとマウントポジションで、万延子の首を締め続けている。
「いい加減にしろお、チャラくても怒るぞお」
自分でチャラいとかなんとかいってる万延子。
本当に怒っているのかは分からないが、だんっ、と足と腹筋の力とで、自分にまたがっているカズミの身体を、大きく跳ね上げていた。
そのまま彼女は、スカートの中が丸見えになるのも気にせずぐいんと腰を勢いよく上げて、オーパーヘッドキックみたいな動きで、伸ばした両足の先端を、カズミの首に絡めた。
「で、でめえ、やり返すなあああ!」
怒気満面雄叫び張り上げるカズミであるが、首に絡められた万延子の足に上体を引っ張られて、のけぞらされて、後頭部を床にゴッチン!
「んがっ! ……いって畜生! 離せてめえ!」
「いやあ、離したらそのまま殺される気がするからあ」
「当たり前だろ! 気がするじゃなくて確実に訪れる未来だよ!」
本来優位なマウントポジションなのに、強引な足技で床に押さえ付けられて、形勢完全不利のカズミ、必死にもがいて抜け出そうとするが、足の締め付けが強烈でままならない。
いくところまでいかねば、両者の死闘は終わらないのでは、と思われたが、ここで助け舟というかとにかくストップが入った。
「二人とも、もう仲直りは出来たのかしら?」
床に絡み合ってどたばた争う二人のそばに、須黒先生が立って(他校の生徒がいるためであろうが)かわいらしく首を傾げたのである。
万延子は、その言葉にすっかり戦意喪失、「えーーーーっ?」と不満げな声を上げると、首締め解除して立ち上がり、スカートの乱れを直し汚れを払いながら、須黒先生へと不満げな顔を寄せた。
「仲直りもなにも、そもそも自分とこの教え子が、他校の生徒にプロレス技を仕掛けておいて、掛ける言葉がそれですかあ?」
チャラ子だって納得いかないものはいかないんだぞお、といった表情の彼女であるが、いいたいこと全然伝わっていないようで、
「えっ、だってお互いに仕掛け合っていたから……なんだ、てっきり友情を確かめ合っているのかと思ってたあ」
ほほほっ、と須黒先生は上品さとかわいらしさを混ぜた、ちょっと演技めいた感じに笑った。
足で散々に首を締められて、げほごほやっていたカズミであるが、万延子が理不尽さに唇を尖らせているのに気が付くと、身体を寄せ肩を当てながら、耳元に口を近付けてぼそり。
「おい、ヨロズ、なにをいっても徒労に終わるぞ。こいつは、あたし以上のプロレス好きでな、ドロップキックは呼吸、ジャーマンは挨拶、シャイニングイナズマは口喧嘩でパイルドライ……」
「こいつって誰のことかなあ?」
カズミの身体が、背後から手足をねじ込まれて、がっちりと押さえられていた。
風のごとき速度で回り込んだ、須黒先生によって。
須黒先生は、カズミの足に自分の足を絡めると、さらに腕の下に自分の腕を通し、首に巻き付け、背筋をぴいんと伸ばすことにより締め上げた。
「あだだだだだだだだっ!」
カズミの悲鳴。
顔が醜く引きつっている。
先生が、絡めた手足で胴体を締め上げたのである。
コブラツイスト。
いわゆるプロレス技である。
和名、アバラ折。
日本では、遥か遥か昔の偉大なプロレスラーであるアントニオ猪木が、フィニッシュホールドとして使い、一気に有名になった技である。
その進化形である
「いてててて、ギブ、ギブッ! 腰っ、腰があ。アバラもっ、砕け折れるう! 先生ごめんほんとごめんっ!」
「いまさら遅いっ!」
身体や腕を揺らしながら、須黒先生はさらにぎちぎちと、カズミを締め上げていく。
蛇が、捉えた小動物を仕留めに掛かるように、ゆっくりと、確実に。
「ぐはあああああ! 折れるう! 死ぬう!」
「骨の一本や二本じゃ死なない!」
「おおおおお!」
わざわざ隣の中学まできて、こんな場面を見せられて、第二中の生徒たちが、すっかり引いてしまっている。
顔に、げんなりタテスジが入りまくりだ。
「あ、あの、お取り込み中のところ失礼しますが……」
ドン引きげんなりの第二中の女子たちの中から、一人が前に出た。
見れば女子ではなく男子、いや男性であった。
紺色スーツを着て、黒縁眼鏡を掛けた、なんだかひょろっと貧弱そうな外見の。
第二中の生徒たちと一緒に、最初からいたはずだが、あまりの影の薄さに、誰も気が付かなかったのだろう。
「ああスギちゃんいたんだあ」
などと、自分のところの生徒にもいわれてるし。
「あ、あ、どうもすみません、
獲物をばらばらにする寸前だったコブラは、もぞもぞ慌てた仕草で手足を引き抜いて技を解除すると、獲物を突き飛ばして、かわいらしく照れ笑いをした。
「お恥ずかしいところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした。わたくしは、第三中の魔法使いを見ている須黒です。今日はわざわざお越しいただいて、ありがとうございます。どうか、よろしくお願い致します」
軽く頭を下げると、治奈たちへと向き直る。
「では、明木さんたちに、あらためて紹介します。こちらは天王台第二中学校所属の魔法使いのみなさんと、教師でありメンシュヴェルトの一員である
「分かりました」
須黒先生に促されて、弱々しそうな男性教師は、フレーム摘んで眼鏡の位置を調整すると、おもむろに口を開いた。
「どうも、天二中の魔法使いをマネジメントしている、杉崎といいます。普段学校では英語担当、それと魔法史研究部の顧問も務めています」
「魔法史、研究部?」
明木治奈が、不思議そうな顔で首を傾げた。
「彼女たちが所属している部活のことです。ほら、対ヴァイスタのためには、普通の部活道に所属することってどうしても無理で、帰宅部にならざるを得ないですよね?」
「はい。うちらも実際帰宅部ですし」
治奈が応える。
「普通そうですよね。でも帰宅部がいつもつるんでいるのって、他の生徒からは印象が悪く目立ってしまう。だから我が校では前々から、魔法史研究部という名で正式な部活にしてしまっているんです。建て前上の活動意義としては、魔女たちの華やかな歴史や暗黒の歴史を知り、時代時代の庶民の感覚を知り、現在の生活に生かす、ということで。ちょっと強引ではありますが」
そういうと、黒縁眼鏡の男性教師は、恥ずかしそうに笑った。
「ああっ、それはよいアイディアですね」
ぽん、と須黒先生が手を叩いた。
「うちも、増えたらやろうかしら。現在は人数が少ないから、みんなが帰宅部でも特に文句は出てないですけど」
「はは。うちも部活と称しても、実際のところは単なる帰宅部なんですけどね」
帰宅部でーっす、などと後ろで第二中の女子たちが、チャラチャラふざけている。
「まあ、魔法使いは自宅待機にパトロール、ヴァイスタ出たら戦うけえね。もし毎日部活が出来る余裕があるくらいなら、そもそも普通の部活でもええじゃろね」
治奈が腕を組んで頷いた。
「そうですね。だからほんと建て前上ってだけで。でも、せっかく所属している部活だし、暇を作っては魔法史の講義や研究をやりたいのだけど、困ったことに彼女たち、声を掛けても面倒臭がって、さっさと帰ってしまうんですよね。……でも、ヴァイスタと戦う時には、獅子奮迅の大活躍をしてくれるので、いいんですけどね。普段はだらけているけど、やる時はやる、頼もしい子たちなんで」
「ヴァイスタといわず、こないだザーヴェラーが出た時に、チャラチャラしながらやることやってくれればよかったんですけどねー。まーどーせ何人か死人出たでしょうけどねー」
カズミがどこからどう見ても不貞腐れた態度で、ごろんごろんと床に転がっている。
「交換休はお互い様なんだから、男のくせにいつまでもぐじぐじいってんじゃない!」
「ぶぎゃ」
須黒先生の踵に、脇腹を踏まれたカズミは、潰された子豚みたいな悲鳴を上げた。
脇腹を押さえ、よろよろ立ち上がりながら、
「いってええ……つうか先生、いまなんか聞き捨てならないこといいませんでしたかあ?」
「いってません」
「えーっ」
憮然とした表情のカズミを無視して、須黒先生は、その他大勢の方を向いた。
「では、お互い簡単な自己紹介を済ませてから、異空に入りましょうか。わざわざきていただいて、時間を無駄に出来ませんからね」
雄叫び張り上げ、教え子にコブラツイストを掛ける時間は、あったわけだが。
「ねえねえ、
ぼそっ、と万延子がカズミへと耳打ちした。
「とんでもない先生過ぎるよ。上品ぶってるけど、すぐキレんだから。あたしも、乱暴とか横暴とかいわれるけど、あれにくらべれば、いかに自分がおとなしいか思い知らされる。いっそ交換しようぜ」
「えーっ、嫌だよお。せっかく、うちは緩くて楽なんだからあ」
「ちぇ。お前らはむしろ、将来のためにも厳しくしてもらった方がいいぞお。つうか、なに馴れ馴れしく話し掛けてんだよ! ぶっ飛ばすぞてめえ!」
「昭刃! 人が話してるんだ! そこの青ラインでシャトルラン往復で三十回! ヨロズも一緒に!」
ピシャドーン、須黒先生の雷が落ちた。
「えーーっ!」
「わたしもお?」
「さっさとやる!」
「はーい」
ため息吐くと、渋々シャトルランを始める二人であるが、肩がぶつかったことでまたもや揉め始めて、またもや須黒先生の雷が落ちるのだった。
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