第02話 女子プロレスラーではないんだけど

 居間のソファに横になりながら、お腹の上に、二匹の猫を乗せている。


 人差し指でアゴの下を撫でてやると、ごろごろ喉を鳴らしているのが分かる。


 喧嘩しているわけではないのだが、中学生女子のお腹の上に、二匹では狭いようで、時折ずるんと落ちそうになる。

 まだ柔らかな爪を立てて、必死に這い登ってくるのだが、ちょっとだけ痛いけど、でもちょっと気持ちいい。


 公園で拾い、飼ってくれそうな人を探していたのだが、結局、いつまでも貰い手が現れず、りようどう家で飼うことになったものだ。

 毛の黒いのがヘイゾー、白いのがバイミャンである。


「それでね、学校でね、合宿をやるって話になっちゃってさあ」


 人差し指の腹に受ける、ネコ喉ごろごろ感を楽しみながら、りようどうさきは、キッチンにいる義母、すぐへと今日のことを報告している。


「ふーん。はるちゃんとか、あの女子プロレスラーの子とかと一緒に?」


 直美は、まな板に包丁とんとん大根を切っている。

 現在、夕飯の味噌汁を作っているところだ。


「うん」

「あれえ、そもそもアサキちゃんたち部活なんか入ってたっけ? こないだのは、ただの福島旅行だよね。……あ、そういや駅でどの子だか、合宿とかいってた気もするな」

「え……ああ、あのっ、いや、その」


 アサキは、予期せぬことをいわれて狼狽、猫の頭の長い毛をくしゅくしゅと掻き回し始めた。

 平静を取り繕おうと、強張りながらも笑みを浮かべつつ、でも頭の中ではすっかり困ってしまって頭を抱えている。


 ああああ、なにかそれっぽい理由を考えとくべきだったあ!

 直美さん、勘が鋭いんだからなあ。

 というよりも、わたしが直美さんに対していつも考えなしにものをいっちゃうだけか。

 それはともかく、なんていおう。

 この場をどうごまかそう。

 あ、そ、そうだっ。


「こ、こないだのはっ、旅行。ここ今回は、お、お泊り勉強会、みたいな。ほら、わたしたちみんな成績悪いからあ。くろ先生が教えてくださるんだって。……さあて、そろそろヘイゾーとバイミャンにご飯をやるかあ」


 ソファから立ち上がったアサキは、スエットのお腹に二匹が爪を立てぶら下がっている状態のまま、食器棚のところまでいき、ウェットフードを準備し始める。

 しかし……


「えー、アサキちゃん成績悪くないじゃん。結構勉強してるでしょお」


 義母様、追撃の手を緩めるつもりは毛頭ないようである。

 おそらくは本人にそういうつもりはなく、ただ普通に会話をしているというだけなのだろうが、結果的に。


「あ、ええと、その、学校のみんなが優秀だから相対的にわたしがバカっていうか……」

「そうなの? でも、あのせいちゃんっていう優等生そうな子なんか、学年首位ってオーラを放っていたけどなあ。あの子も実はよくないの?」

「う、うん。そうなのだ」


 と頷いた瞬間、激しい後悔に襲われた。


 頭がいいから先生と一緒にわたしたちの勉強を見てくれるんだよお、とかいっとけば済む話だったのに。

 だというのに、無駄に彼女のこと貶めてしまった。

 でも、でも、これ以上墓穴を掘りたくないから訂正はしないでおこう。

 もうこの話は終わりっ。


「へーっ、彼女勉強出来そうなのになあ」


 だだ、だからもう正香ちゃんの成績の話はやめてえええ!


「ははは。実はわたしより酷いんだあ」


 ごめん、正香ちゃん……

 本当にごめん。

 あなたは、発するオーラだけでなく、現実文句なしの学年主席です。

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