第01話 一枚の、写真

 煎餅を片手に、りようどうさきが、


「ええっ、また合宿うう?」


 なんとも素っ頓狂な声を上げた。


「うん。今度はの、学校でやるんじゃて」


 あきらはるは、そういいながら手を伸ばし、自分もお盆の煎餅を一枚摘んだ。


「ウメにゃんが加入したことだし、あらためてチーム作りを、ってことかにゃあ? ああくそ、やられたあ! ボンバーユニットなのに攻撃弱い!」


 へいなるが、リストフォンのゲームに夢中になりながらも、合間に言葉を返した。


「あんな輪を乱す性格が、合宿くらいでマトモになるわけねえのにな。あいつだけ、寺に修行に出せばいいんだよ。頭ツルッパゲにしてさあ」


 ははっ、とあきかずの乾いた笑い。


「そうやって、人の中身を決め付けるのは、よくありませんよ」

「はーい」


 おおとりせいに注意されて、カズミはつまらなそうに煎餅を齧った。


「そうだよおカズにゃん、いっくら事実その通りだからってさあ」


 負けてゲームを終えた成葉が、天井くらいの高さにまで放り投げた二粒のピーナッツを、器用に口で受けた。


「……おう、このボケカスども、他人の家に強引に上がり込んでおいて、なにを好き勝手なこと抜かしとるんや」


 ふすまのところに立っているみちおうが、青ざめた顔で全身をぷるぷる震わせ、必死に爆発を堪えている。


 ここは、彼女が一人暮らしをしているアパートだ。


 1DK。

 一人で住むには適当な広さなのだろうが、さすがに六人もいると窮屈なものである。


「お菓子自前だし、性格クソ悪いボッチ女のとこに、わざわざ遊びにきてやってんだから、好き勝手抜かすくらい別にいいじゃねえかよ。あ、間違った、別にええやんかあ」

「せやから、関西を下に見る態度やめろ! 殴るでほんまに」


 ぐぐっと握った拳を、カズミへと突き出した。

 心の中では、既にボコボコ殴り始めているのかも知れない。


「関西だけを下に見ているわけではなあい。上に、遥か上に、万物のテッペン頂点に、このカズミ様が存在しているのだあ! 天井点眼えっとあとなんだ、マイケル・ジャクソンッ!」


 テーブルの前であぐらをかいたまま、カズミは、どどーんと右腕を天井へと突き上げた。


「天上天下唯我独尊も知らんアホのくせに、恥ずかしげもなく自分に様なんぞ付けとんやないで。おのれごときが様ならな、ほならこっちは応芽様様、いや応芽様様様や!」

「ならばこっちは、カズミ様様様様だ!」

「オウメ様様様様様や!」

「カズミ様様様様様様や! って、関西が伝染っちゃったじゃんかよ!」

「知るかボケが! 帰れえ!」


 だすっ、と応芽は激しく足を踏み鳴らした。カズミのアパートと違って、この程度で床は抜けないようである。


「ったく、狭い部屋ででっけえ声を出すなよ、もお」


 カズミは、割り箸を片手に、カップ麺の汁をずずっとすすった。


「お前もや! アホなこと叫んでたやろ! つうかカップ麺勝手に作って食うなああああ! ……うああ、残り少ない備蓄があ……」

「あ、ごめんね。そんな貴重だったのか。いや、煎餅だけじゃ腹が減ってさあ。代わりにこれやっから、なにかの足しにしてくれ」


 カズミは、カップ麺と箸をテーブルに置くと、バッグがさごそ小さな紙切れを取り出して、応芽へと差し出した。


「なんや、金や商品券なら倍はないと割に合わ……お前の写真やないか!」

「カズミちゃんブロマイドだよ。いつか価値が跳ね上がるぞお。よっ、わらしべ長者!」

「いらんわあ!」


 怒気満面、写真を突き返した。

 はあはあはあはあ、すっかり息荒くなっている応芽。の、背後で楽しそうな声、


「うわあっ、小学生のウメちゃんかわいーーっ」

「ほんとだあ。でもウメにゃん、今と変わらず目がきついし、見た目はかわいいけど、性格はこの頃から悪そうだにゃあ」


 アサキと成葉が、なんか本を見ながら楽しんでいたのである。


「写真を勝手に見るなああああああああああああああああああ!」


 応芽、狭い部屋を俊足超速ダッシュ全開、学習机の前で楽しそうにしているアサキと成葉から、アルバムブックを奪い取った。

 また取られぬよう、両手で頭上に持ったまま、息を切らせながら二人を睨み付けた。


「あ、ご、ごめん。置いてあったからあ」


 両手をひらひら、笑ってごまかすアサキ。


 と、応芽の頭上に持ち上げられたアルバムから、ひらりはらりと一枚の写真が、机の上に落ちた。


 小学高学年か、中学一年生か、とにかく現在とさほど変わらなくはあるが、少しあどけない顔の、応芽の写真だ。

 仲間たちと、楽しそうに笑っている。

 カメラ慣れをしていないためか、少し硬いが、邪気のない笑顔である。


「あ、あれ……」


 アサキの目が、疑問と驚きとに少しだけ見開かれた。

 片隅に、応芽と同じような、いや、そっくりな顔をしている女の子が写っていることに気付いたのだ。


 気が付かれたことに、気が付いたのか、


「双子の、妹や……」


 応芽は、あまり語りたくないといった空気を、ぼそり小さな声に乗せた。

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